「その夢が自分の生きがいだったと知るまで」
「三歳」
壁を指差し、「五歳」といい、障子の一角、箪笥の中、引き出しの裏。順番に年齢を言いながら最後にファイルに入っていた絵を指差した。
「十八歳」
叔父は悲しそうな顔で笑った。
「全部、お前が描いた絵だ」
私の手に、ファイルが渡される。叔父は再び煙を吐いた。
「小さい頃から絵を描くのが好きだった。いつも俺の真似をしてこの部屋で絵を描いていた」
私はファイルをめくる。すると様々な絵が出てきた。風景画、キャラクターの絵、動物、建物、この町の風景。スケッチブックから切り離されたそれらは酷く見覚えのあるものばかりだった。
「スケッチブック片手にあおいと遊びに行ってた。そこで描いた物を帰ってきてから俺に見せてくれた。仕事でこの部屋から出て来ない俺に」
ここは叔父の仕事部屋だった。ここに籠っていつも仕事をしていた。酷い時は一日出て来ない日もあった。それが嫌で、この部屋に無理矢理入っては隣で絵を描いた。叔父の描く絵を真似ながら、同じように自分も絵を描いた。
「十八歳の夏、その絵がコンクールで賞を取った。それがきっかけでお前は俺と同じ職業を目指すようになった」
煙草が灰皿に押し付けられて火が消えた。一筋の煙が揺れて窓の外に消えていく。
「思い出しただろ?」
その言葉は決定的で。私の忘れていた記憶を呼び覚ます鍵となった。鍵のかかった部屋が開いたように一瞬にして脳内を忘れていた記憶がフラッシュバックのように蘇る。
君と初めて会った日、私は神社を描いていた。人のいない静かなあの場所が心地良くて鉛筆が進んだからだ。そして君と色んな場所を探検した。私の絵を気に入った君が色んな場所を描いてほしいと望んだのだ。スケッチブックの中、時には地面に、私はこの町を描き続けた。やがてそれは小さな空想を生み出した。小さな子供の姿をした空想は、顔だけを塗り潰されて紙の上に宿った。私たちが探検した情景の中に溶け込んで新たな物語を作り出した。そして二十歳。その空想は世間に広く知れ渡る事になった。
ファイルの一番最後のページで、顔の塗り潰された少年が縁側に腰をかけてこちらを向いている。もう分かってしまった。思い出してしまった。どうして忘れたかったのか、どうして消し去りたかったのか。私にとって、これは最高の思い出で最悪な思い出を作り出した現況でもあったからだ。
「絵本作家」
声が震えた。言葉が自分の心の中にストンと音を立てて落ちる。失った物を取り戻した感覚だった。
「絵を描くのも、絵本作家を目指したのも。全部、叔父さんに憧れたから。それで良かったの」
私はファイルを閉じる。ただ一点だけを見つめて言葉を紡いだ。
「でも、私の空想は叔父さんの真似事だって言われ続けた。描き方も物語も、全て貴方の真似。好きで描いたのに、世間はそれを否定した」
ただ好きだから空想を描いた。好きな話をした。自分の中で考えた話を形にしただけ。誰かの真似でもない。きっかけは叔父に憧れたから。それだけだった。しかし、世間は私を否定した。
二十歳の夏、初めて描いた空想が本になった。世間に広く知れ渡った。帯には叔父の名が書かれて素晴らしい姪の作品だとコメントしていた。それが誇りだった。私にとっては大きな一歩で、叔父のような絵本作家になるための最初の一歩でもあった。
一瞬で注目を浴びたその本は飛ぶように売れた。あっという間に名が知れ渡り一躍有名になった。自分の描いた空想が遠くの誰かまで届いた事が嬉しかった。ただそれだけだった。
しかし、世間はそれを許さなかった。陽の当たる場所には必ず影が存在する。多くの人たちが称賛の言葉をくれる一方で否定的な意見が目に入り始めた。そしてその年の晩夏、叔父が死んでからそれは過熱し始めた。




