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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
他人の悲劇は、常にうんざりするほど月並みである。
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「はじめまして、この先も一緒にいるとは思わなかったね」


 その男の子の名前は、月代(つきしろ)あおいというらしい。あおいという字はひらがなで、同じ小学校の子たちに男らしくないと言われ、ショックで走り出した所を転びここで泣いていたらしい。


 ぱっちりとした二重が何度も瞬きを繰り返して再び泣くのを堪えていた。隣に座った私はくだらないと思った。名前でからかうなんてナンセンスだ。あおいという名前は男女関係なくいるのに、からかった子たちがくだらない。隣で泣くのを堪えている君は確かに可愛らしくて、女の子のような外見をしていた。髪は短いし、服装もズボンだけれど、顔がとにかく可愛い。女である自分が情けなくなるくらいだ。


「別にあおいって名前男らしくなくないよ」


 名前は。とは言わなかった。君は疑い深そうに「本当に?」と問うてくる。


「顔が女の子みたいだから?」


「好きでこんな顔になったんじゃないよ」


「私は羨ましいよ、可愛い顔」


「何で?」


「だって私可愛い顔してないし、背も男子より高いからいっつも男みたいだって言われるもん」


 ないものねだりだ。決して可愛い顔とは言えないだろう。写真の中で見た母の顔がとても端正だったから、それに似てる私は不細工でもないだろうが、好かれるような顔ではないことは確かだ。身長も、周りの子たちより高いし、隣にいる君よりも頭一つ分高い。


「僕は背が高いの羨ましいよ。それに、えっと」


「なに?」


「ごめん。僕、名前聞くの忘れてたなって」


「よる。涼風(すずかぜ)よる」


「よるちゃん、は可愛いと思うよ」


 何て?聞き返そうと思ったが君が話を続けるせいで聞けなかった。


「美人さんだと思うよ」


 目をそらし照れながら真っ赤になっていう姿が印象的だった。そんなこと言われたのは初めてだったから、どう返せばいいのか迷ってしまう。悩んだ末に返した言葉は、有り触れた感謝だった。


「あ、ありがとう」


「うん」


 夏の太陽が照り付ける神社で知り合った男の子は、小さくて可愛くて照れ屋で素直な男の子だった。


 それから様々な話をした。君は地元の小学校に通う同い年の男の子で、母親と二人暮らし。私の家庭も片親であったから、より親近感が湧いた。


 幼い頃に病弱だった母が死んだ我が家は父と二人暮らしであったが、仕事に忙しい父に代わり、叔父夫婦がよく面倒を見てくれた。叔父夫婦は子供に恵まれず、私のことを実の子のように可愛がってくれた。長期休みの間はいつも叔父夫婦の家があるこの港町で時間を過ごしていた。


 好きな食べ物は何かという問いかけから始まり、好きな本、普段何をして遊んでいるのか、休みの間はどう過ごしているなど、太陽が傾くまで話をした。日影がなくなって、影が伸びてきた時、五時を知らせる音楽が町に響いた。その音に立ち上がって、二人で神社の鳥居をくぐり長い階段を駆け下りた。


「よるちゃんの叔父さんのお家はどっち?」


「こっちだよ、あおいくんは?」


「僕もそっち」


 指をさした方向を二人で歩いていく。夏の日暮れは晩夏といえどまだ暑い。止まない蝉時雨の中、君は町の紹介をしてくれた。ここの家の子は友達で、向かいの公園でよく遊ぶ。路地裏にある駄菓子屋さんのおばちゃんが優しい。今日いた神社は豊饒の神様をまつっている。灯台は夜になるととても綺麗。一時間に一本しか来ない海の前のバス停。あの丘の上は月が綺麗に見えるとか、そんな話をしてくれた。


 私は叔父夫婦の家に来てもあまり外に出ず、家の中で遊ぶことを好んだからこの町のことは詳しくなかった。知らない魅力を沢山教えてくれて、楽しくて話に夢中になっていると、いつの間にか叔父夫婦の家の前についていた。


「ここだよ」


「そうなんだ、じゃあばいばいだね」


「うん」


 手を振って玄関の引き戸を開けた。中からおかえりなさいと叔母さんの声が聞こえ返事をしようと靴を脱ぎかけた時、さよならをしたはずの君が後ろから声を上げた。


「明日、暇?」


「暇だよ」


「じゃあ遊びに行かない?」


私は頷いて何時からにする?と言った。君は嬉しそうに一時!と答えたから私はもう一度頷いて去っていく君に手を振った。姿が見えなくなって家に入ろうと振り向いた時、真後ろに叔母さんが立っていてニヤニヤと笑っていた。


「あれ誰?よるちゃんー」


 靴を脱いで端に揃えて嬉しそうな叔母さんの肩を叩く。


「友達だよ、今日知り合ったの」


「随分可愛らしい子ね。女の子?」


「ううん、男の子」


「あらー、男の子なの?可愛い子ね」


 廊下を歩きながら私の背中を叩く叔母は今度お家に連れておいでと優しく言った。そのうちと口にして、洗面所に向かい手を洗う。うがいをしてタオルで拭いた時、鏡に映る自分の顔が存外まんざらでもない顔で思わず両頬を抑えた。


 何だ、何て顔をしてるんだ私は。少し仲良くなっただけじゃないか。頬を何度か動かしていた時、ご飯だよーという声が家の中に響いた。返事を返して今日の晩御飯はなんだろうと歩き始める。少しだけ明日が楽しみになった。

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