「開けなくてはいけない。どうしても」
線香花火の火花が燃え上がり、パチパチと最後の息を吐いて煌々と光を照らし地に落ちた。球体は一瞬にして光を失う。地面に落ちた火は灰と化し失くした思い出を徐々に思い出させた。思い出なんて灰と同じだったらしい。いつかは消える、燃え尽きた愛の残り滓だ。
止んだ雨、雲間から月が覗いていた。雲の隙間から現れる月は妖しさを孕んでいた。真っ直ぐに我々の道を照らしてくれるような光ではない。どちらかと言えば惑わせる月だ。帰り道を迷わせるような、そんな光だった。
夜に浮かんだ月と燃え尽きた線香花火の火花を交互に見てため息をついた。縁側に腰掛けて燃え尽きた残骸を水の入ったバケツに放る。そしてまた、新しい花火を手に取った。
緩やかな時間だった。一生続いていくような優しい時間。しかし、こんなにも優しい時間が一瞬で終わるのを私は知っている。私は一体、何を忘れているのだろうか。それすらも分からなかった。思い出す事で君との別れが決定するのなら思い出したくないという意思が働いている。ここに来てから三日経っても、考えていることは変わらないのだ。私の一番は間違いなく君であり、君と一緒にいない選択肢を取るくらいならここで死んでも構わないと思っている。しかし、君は私に死んでほしくないと言うから、思い出して欲しいと言うから平行線だ。
忘れている事が大切な事であったのは、もうずっと前から気づいていた。しかし、忘れたかったから忘れたのだ。これ以上はもう何もない。私と君の未来は終わってしまったのだから無理して思い出すこともないだろう。そう言い聞かせて目を背けてきたが、忘れていた事に気付く度恐怖を抱き始めた。
戻った記憶が酷いものであったならどうしよう。大切な選択であったならどうしよう。君が死ぬきっかけであったのならどうしよう。不安と恐怖が頭を巡って、手元の火花が落ちていく。
「分かんないよ」
何がと言われれば、全てがと答えよう。私の記憶と戻らなくちゃいけない意味、君のエゴ、全てが全て分からなかった。考えを放棄して、ずっとこの夏に留まっていたい。廃番になったアイスを分け合っていたい。夏を背に溶けていきたい。バスは一生来ないままでいい。花火は空に上がらないまま夏休みが永遠に続けばいいと子供の頃のような幻想を抱いている。
風呂に入っている君をよそに、勝手に始めた花火を消化させ飽きてきた所で立ち上がった。廊下を歩いて向かう先はあの鍵のかかった部屋。
ドアノブに手を回しても鍵はかかったままだった。ここに来てからというもの、この部屋に惹かれて仕方ない私がいる。気づいた時には部屋の前に立ってドアノブに手をかけている。開くはずもないと分かっているのに、何故かここに来てしまうのだ。無意識のうちに、この部屋を求めていた。
さて、どうしたものだろうか。今、君が目を離している隙に無理矢理開けてみても構わないだろうか。ポケットの中に入っているヘアピンを開いて力ずくで一本の棒にする。鍵穴に突っ込んで適当にガチャガチャと刺していくが開く気配はない。それはそうだろう。ピッキングなんてやった事もないし、見た事もない。ピンを抜いて今度は力いっぱい扉を押す。ドアノブを回しながら全体重を扉に乗せても開きはしない。
どうしてこんなにも必死になっているのか分からなかったが、私は多分この部屋に入った事がある。それも一度ではなくて、何度も。中がどうなっているのかは分からない。記憶から消えてしまっている。しかし、ここは間違いなく入らなくてはいけない場所なのだと身体が叫んでいた。
格闘すること十分。開く気配もない扉の前で息を上げて扉を背に座り込んだ。廊下は冷たくて熱くなっている身体に丁度よかった。
「どこにあるんだろう」
鍵は未だに見つからなかった。この家の中をある程度回ってみたが、鍵らしい物は一つも見つからなかった。元々なかったのか、それとも専用の置き場があったのか。予想をしながら目を閉じる。今の所後者のような気がした。




