「この疑問も雨と共に流れればいい」
思い出せない記憶に諦めを抱き始めたその時、ポツリポツリと小さな水滴の音が聞こえた。
「何?水漏れ?」
「よる馬鹿なんじゃない?水漏れする場所がないよ」
管制室の扉を開けて外に出る。脳天に落ちて来た水滴に思わず飛び上がって声を上げた。
先程まで太陽の光が差し込んでいた海は曇天だった。首を傾げたその時、バケツをひっくり返したかのような土砂降りの雨が私たちを襲う。一瞬にしてずぶ濡れになった姿を見て、お互いに唖然とした表情を浮かべたが君はすぐさま私の手を引っ張って階段に続く扉を開けた。そして滑り込むように中に入り螺旋階段の窓から外の様子を見る。土砂降りの雨に海面が歪んでいた。
まさかのタイミングで降り始めたゲリラ豪雨に水が滴る髪を搾る。着ていたワンピースの裾を搾れば階段に水溜まりを作った。
「最悪だ」
「びしょ濡れだよ。こんなに濡れるとは」
「タイミングが良すぎ。外に出た瞬間に降られるなんて」
君が頭を振って犬のように水を飛ばした。その水がこちらにも飛んできたので思わず頭を叩く。鞄に入れていたハンカチは小さく、この身体を拭くには吸水力が足りなさすぎる。仕方なくそれで髪を軽く拭き張り付いた洋服をはがすように裾を掴んでパタパタと仰ぐ。
「パンツ見えるよ」
「下に誰もいないから大丈夫」
「そういう問題じゃないって!」
君の手がその動作を制したので仕方なくその頭にハンカチを乗せてやった。ストレートヘアになったその髪の毛のせいでいつもよりも幼く見える。頭に乗せたハンカチがより、君を幼く見せた。何だか動物園で温泉を楽しむカピバラのようだ。その髪色もカピバラの毛の色にそっくりで思わず笑ってしまう。君は頬を膨らませて不満を訴えたが無視して階段を下りていく。
「どのくらいで止むと思う?」
カンカンと階段を降りる度音が鳴る。
「多分すぐ止むと思うよ。この手の雨は長続きしないし」
「雷とか鳴らなければいいな」
「怖いの?」
「怖くはないよ。ただ純粋にうるさいよね」
談笑しながら来た道を戻っていく。階段は上る時よりも下る時の方が楽だ。しかし、膝に負担がかかるのは下りらしい。不思議な事だ。
「線香花火やらなきゃ」
「あ、だから花火って言ったの?」
足を止めて振り返れば未だに頭の上にハンカチを乗せた君は頷いた。
「そうだよ。そこで思い出したら連れて行かなくてもいいかなって」
「ヒント出してくれてたんだ」
「ヒントって言うか答えだけどね」
再び螺旋階段を下りていく。何度も回る身体に恐怖を覚えながら手すりをしっかり握って手を滑らせていく。ようやく見えた階段の終わりに安堵して最後の二段を跳び下りた。
「危ない」
「さすがに三段目から跳び下りる真似はしないから」
開け放たれた窓から見えた外は雨が降っているも数分前よりもずっと落ち着いていた。傘を差すか差さないか迷うくらいの雨だ。
「どうする?待つ?」
問いかけた君の手をとって外に出る。
「これくらいならいいよ」
「風邪引くよ」
「風邪って概念ないんじゃない?大丈夫だよ多分」
「適当だな」
雨に当たりながら二人で走り始める。門を登って降りようとした時、不意に灯台の扉が閉まった。ストッパーで止められていたはずの扉が突然閉まって、私の身体に悪寒が走る。
「あ、閉まったね。風かな?」
「や、やっぱりいたんだ…!」
「いや、だからあれはただの噂だって」
「もう嫌、絶対行かない」
恐怖で震え上がった身体に鞭を打ち足早にその場を去った。振り向くことは出来そうにもなかった。




