「いつだってこの気持ちは不透明だ」
涙を拭うことも止め頬に流し続けた。真っ暗な部屋に月明かりが差し込んで君の顔を照らし影を作る。君の息を吸う音が聞こえ、私は目を閉じた。
思い返せば随分と長い間君と一緒にいた。出会ってから十年、好きになり始めたのはいつからか分からないが、人生の半分以上の時間を君と共有していた。それが今日、終わりを告げてしまうのだろうか。
腹を決め、目をぎゅっと瞑った私に聞こえた言葉は想像していた結末とは違っていた。
「…まずごめん。言うのが遅くなった事、一番に言えなかった事」
思っていたのと違う。少しずつ目を開けばまた涙が流れたが、次は視界に君を捉える事が出来た。
「忙しかったのは勿論だけど、連絡取るのを躊躇ってたのは認める」
やっぱりそうだったのかと思い目を伏せた。私も同じことをしていたので責める権利はない。
「僕さ、進学しなかったでしょ?」
「うん?」
予想をしていなかった問いに思わず首を傾けた。なぜいきなりそんな事を言い出したのか、流れが全く読めないのは私だけだろうか。
「だから大学生になったよるを見て、ちょっと羨ましいと思ったんだよね。仕事が忙しくなってきたから、構わないと思ってたんだけど。よるとキャンパスライフ送るのが僕の中の一つの夢でもあったから」
「ごめん全然分かんないんだけど」
「よるが忙しかったように僕も忙しかった。でも連絡取る時間だってあったはずなのに連絡しなかったのは、新しい環境でよるが離れていってしまう気がして怖かったからだ」
いつの間にか視界を歪ませていた涙が止まっている。君は床に座り込んだ。ラグの上で片足を立てその上に腕を乗せている。力の抜けた格好を見て、怒りが消えている事に気付く。
「新しい環境で、新しい人に出会って。さっきよるが言ったのと同じ事を僕も思ってた。僕以上に素敵な人なんて腐るほどいる。だから綺麗になって友達が増えたよるに言い寄ってくるやつは絶対いるだろうし、よるがそいつらを選んだら、選んでいたらどうしようと思って連絡するのを躊躇ってた」
「彼氏いないって言ったじゃん」
「でも気になってる人はいるかもしれないじゃん。三年前に言った約束通り東京に住む事が出来たけど、よるが憶えてなかったらどうしようとか、返事しないでとか言ったくせに断られたらどうしようとか思って言えなかった」
格好悪いと顔を隠した君を見て、私は固まってしまう。
これはもしかして、ただすれ違っていただけなのではないだろうか。お互い新しい環境に馴染み始めたが故に起きた現象なのではないか。
「ちなみにこの雑誌今日発売だから。ついでにインタビュー受けたの一週間前だから東京に住み始めたのは二週間前くらい。だからそんなに経ってない」
テーブルに置かれたビニール袋から取り出されたのは先程コンビニで読んだ雑誌だった。
「よるに見て欲しかったから持ってきて言おうとしたんだけど完全に裏目に出た。先に言えば良かった」
ごめんね、と言われた瞬間安堵と喜びと怒りが織り交じって本日三回目の涙が流れる。慌て始めた君の胸に泣きながら飛び込む。後ろに倒れそうになりながらも私を受け止めた君が背に手を回してきたので、私も首に両手を回す。
「馬鹿ー!!」
「今回は本当に悪かったと思ってる」
「私もごめん!」
「うん」
「でも一番に言ってよぉー」
「本当にごめん、次からは絶対に一番に言う」
想像していた終わりが来なかった事に酷く安堵して君の首に顔を埋めながら泣きじゃくる。最初からこうすれば良かったのだ。変に意地を張らず、素直に君への気持ちを言葉にすれば良かった。分かりやすく体現すれば良かった。君が不安がるのも無理はなかった。




