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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
生きるとは、この世で一番稀なことだ。大抵の人は、ただ存在しているだけである。
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「会いたくなかった。嘘だ、会いたかった」


 嘘つきだ。どれだけ遠くなっても、約束だけは守ってくれると思っていた。待っていてと言われたから待っていた。それなのにこの仕打ちはなんだ。いつかの約束は君の手ではなく君を介した媒体で告げられてしまった。


 ああ、終わりとはこういうものか。空を仰ぐ余裕などないまま足早に帰路につく。こめかみから溢れる汗も胸を締め付ける息苦しさも全てが嫌になった。


 どれだけ忙しくなっても、お互いに離れてしまっても、いつかの約束は君の手で終わらせて欲しかった。ずっと好きでいてくれるなんて淡い幻想を抱くほど子供でも無い。変わっていく環境の中で、私よりも優れた人間は腐るほどいる。私以上に可愛い人たちに囲まれて迫られて心変わりをする日が来てしまうだろうと思っていた。自分に自信があるわけではない、君の隣で歩けるような容姿を持っているわけでもない。自分自身の価値なんて私が一番知っている。けれど心のどこかで、あの約束を心待ちにしている少女の姿をした私が立っていた。スクランブル交差点の真ん中で君の約束を待つ私がいたのだ。


 いつか、あの交差点から見える景色が君色で染まればいいと思った。ポスターは君で、流れる映像も君で、看板も電光掲示板も君がいればいい。それくらい有名になればいい。そして、その様子を君と二人で眺めたいと思っていた。俳優の月代あおいが有名になるのは願っても適わない事だった。君が世界に飛び立つ瞬間を隣で見られるのが私の特権だと思っていた。


 しかし現実はどうだろう。君は私の知らない所で歩き始めていた。助走をつけて羽ばたく準備をしていた。そして飛び立った。何も知らない私はただ巣で帰るはずもない君を待っているだけになった。何て愚かな事か。君が有名になる事を心待ちにしていたはずなのに、何も言われないまま置いて行かれてしまった。


 せめて一言でも教えて欲しかった。あの日の約束をやめようと言って欲しかった。そうすれば私は仕方がないと言って君から離れただろう。これを子供の他愛ない約束事だと言って、歩き出せたはずだ。


 こんな事になるなら、先週断った告白を受ければ良かった。大学生活が始まってからというもの、既に三人の男性から告白をされていた。全て断ったけれど、それは君がいたからだ。いつかの約束が叶う瞬間を待ち望んでいたからだ。しかし、こんなにも悲しい気持ちになるくらいなら、軽い気持ちでもいいからその告白を受けるべきだったと後悔する。


 抑えきれない怒りと込み上げた悲しみが涙となって頬を伝う。視界が歪んで嗚咽が止まらない。くだらないと頭では冷静に考えていても、心臓は脈を打ち喉まで迫り上げてきそうだった。行きよりもずっと早く家路につく。目の前にアパートが見えてポケットの中から鍵を取り出し階段を駆け上がった。一段一段にどこにも吐き出せない感情を込めて力強く踏み音を鳴らしていく。一階の住人に文句を言われそうなほど揺らし角の部屋を目指して突き進む。しかし、私の部屋の目の前に人影が見えて足を止めた。


 視界が歪んでいるのと夜の暗さで分からないが、間違いなく人影だ。何故か私の部屋の前に立っている。


 あれは、不審者じゃないのか。止まらない涙を拭いながら今日はとことんついていない日だと舌打ちをする。あんな場所に居られたら家に入るにも入れない。コンビニまで戻って通報するのが一番安全ではないだろうか。幸運な事に向こうはこちらに気付いていない。本来なら踵を返し来た道を静かに戻って通報するのが一番だったが、今の私にはそんな気力もなかった。どうにでもなってしまえと思い、拳を握りしめる。腕っぷしには自信があった。とりあえず一発殴らせてほしい。どこにも吐き出せない感情を不審者にぶつけても構わないだろう。その後どうなるかなんて分からないが、どうにでもなれと思った。


 後なんてどうでもいい。自暴自棄になり足に力を込めて確実に人影の鳩尾を狙い走り出す。人影は動き慌てた声を出したがもう遅い。フルスイングで振りかぶった拳は、人影の鳩尾に綺麗に入った。人影は鈍い声を出しその場に膝をつける。私は目の前に仁王立ちして携帯電話を取り出した。通報しようと画面を明るくした時、おびただしい数の着信が来ていたことに驚き声を上げてしまう。


「痛い…信じられない、どこでこんなパンチを覚えたの」


 人影はよろめきながらも壁に手をつき立ち上がる。月明かりが反射してその人物の顔を映し出す。それは間違いなくおびただしい数の電話をかけた人物だった。


「あおい?」


 月代あおいは項垂れながら頭を盾に動かす。何て事だ。まさか渦中の人物が目の前に現れるとは思わなかった。そして、その人物の鳩尾に拳を入れるとも思わなかった。


「よるが電話に出ないから家の前で待ってたら、まさか攻撃を受けるなんて」


 出来る事なら今は会いたくなかった。涙はまだ勝手に流れ続けている。君の顔を見るのも声を聞くのも嫌だった。


「って何で泣いてるの?まさか殴った手が痛かった?」


 殴った私の手を掴んで怪我がないか確かめる君に、そこは謝れとか言うんじゃないんだといつものように返そうとしたが声が出なかった。君の声を聞く度、君の顔を見る度、逃げてしまいたくなる。

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