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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
生きるとは、この世で一番稀なことだ。大抵の人は、ただ存在しているだけである。
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「君の変化を一番に知るのは、私だと自惚れていた」


「コンビニでアイスだ」


 月明かりに魅了されたのか。最低限の荷物だけを持って徒歩五分の場所にあるコンビニまで歩く事を決めた。空は高く月は変わらず私の頭上にいた。


 夜の独り歩きは危ないと君に散々言われてきたが、まだ午後九時だし辺りも明るい、人通りもある。アルバイトの帰り道の方がよっぽど危ないと思う。自分の身は自分で守らなければならないので、アルバイト帰りの深夜帯は自転車に乗り、家までの距離を爆走していた。おかげで歩く事も減り、このようにゆっくりとした時間を味わう事も少なくなっていった。


 歩きながら夏の夜を見渡して、何だかんだ自分は歩くのが好きなのだと実感する。歩いている時でしか分からない小さな変化を見つけることが出来るからだ。中央分離帯に植えられた花が咲いているとか、街灯が新しくなったとか、星の位置だとか。自転車に乗っている時には目もくれない場所に目を当てて歩き続ける。コンビニの看板は静かな夜には目が痛くなるくらいの光をまとっていた。


 軽やかな音楽が鳴り響くと同時に自動ドアが開いた。入口のすぐ傍に置かれたオレンジ色の買い物カゴを手に取り歩き始める。右を見れば新しい雑誌がラックに置かれていた。女性誌を手に取り、今年の流行を流しながら読む。流行りはすぐに変わるが、大学生の自分には必要なものであった。流行はある意味一種のブランドだ。それが気に入るか否かは別として。


 最後のページに掲載された占いを見てから雑誌を元の位置に戻す。特に目立って面白そうなページがなかったため買うのをやめる。そのまま目線を雑誌に向けながら歩いていれば、見知った名前が見えて足を止めてしまう。芸能雑誌を手に取り、表紙に書かれた名前をもう一度見てから目次を開く。名前の書かれたページ番号を見つけ急いでめくった。そこには君の写真が大きく掲載されていて、今話題の新人俳優という見出しと共に特集が組まれていた。


「あおいだ」


 黒い薄手のカーディガンに無地のTシャツ細身のスキニーパンツはいかにも芸能人の格好そのもので、私が知っている君の服装ではなかった。髪色もいつの間にか明るくなっていて君のはずなのに君ではない気がしてしまった。私が見ているのは俳優の月代あおいだった。


 インタビュー記事には君の出生地や家族構成、普段の生活や癖などが書かれていて嫌な気持ちになってしまったのは私だけなのかもしれない。有名になっていくにつれ私しか知らない君が世間に晒されていく。共有されてしまうのが嫌だった。ファンの女の子たちは君を知れたと喜ぶだろう。多くの人に愛される必要がある職業なのだから致し方ない。ただ、俳優になる前の君を知っていた私だけが寂しくなるだけだ。


 文字の羅列を目で追い続け次のページをめくる。大きな見出しに書かれていた事実に、雑誌を落としてしまいそうになる。


 そこには、『日曜朝のヒーロー役決定!』と大きな文字で書かれていた。子供なら誰もが憧れるであろうたった一人のヒーローだ。若手人気俳優の登竜門とも言われている。衝撃の事実に驚きが隠せないまま読み進める。


 最近変わった事は何ですか?という記者の問いかけに答えた内容にも驚いてしまって再び滑りそうになる手に必死で力を入れた。


『つい先週から東京で一人暮らしを始めた事ですかね』


「何それ」


 その先を読む気にはなれなくて雑誌を閉じる。足早に雑誌コーナーを過ぎてお目当てのアイスを見に行った。その中にあった半分で割るソーダアイスを手に取ろうとしたが、先程の記事を思い出し手を止め横にあったよく分からない味のカップアイスを手に取りカゴに放り込んだ。


 カップアイスしか入っていないカゴをレジに乱暴に置いて会計を済ましコンビニを出る。入る時と同じく軽快な音が鳴って自動ドアが開く。熱風が身体に当たり足を止めそうになるが歩き始めた。


「何それ」


 聞いていなかった。君が子供の頃憧れたヒーロー役に抜擢された事も、つい最近こちらで一人暮らしを始めた事も、何一つ私には知らされていなかった。それもそのはずだ。ここ一か月ほど、君とは連絡を取っていなかった。メッセージを送り合う事も、通話をする事もなく、私の携帯電話には君以外の人たちの連絡でいっぱいになっていた。


 君からの返信がないのは忙しいからだろうと勝手に決めつけていた。最後に送った言葉は何気ないものだった。しかし、私の知らない所で君は活躍の幅を広げ東京に住み始めていた。

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