「いつかの約束を、心待ちにしている」
条件反射で定期入れを手に取り改札を抜けた君の後を続く。片手で定期入れを鞄にしまい電光掲示板を見た。次の電車の時間を確認し、繋がれた手が一度も離されていない事を紛らわせようとするが出来るわけがなかった。
「さっきの」
一連の流れの中で一言も話す事なく駅のホームに着いてしまったため、何を話すか迷ってしまう。しかし、私の脳は先程の言葉を聞き返す事しかさせてくれなかった。
「さっきの、本気?」
声が震えた。どんな返事が返ってきても、今日この後話す事は難しいだろう。
いつか。そうなればいいと思っていた。私が君を好きなように、君もどこかで私を好いていてくれるとは確信していた。そうでなければ七年間も休みなく電話をするなんて事をしなかっただろうし、電話をしているだけには飽き足らず連絡をする事もないだろう。年に三回の再会を楽しみにする事も、君の未来に私が存在する事もない。舌の名前を呼び捨てにしているのは私だけだった。手を繋ぐのも私だけだ。君の中で大切な存在である事は自覚していた。
けれど、いつかの話だと思っていた。いつかでいい。想いが通じ合えばいい。それがすぐではなくても構わない。他の人に取られる前にとは思っていたけれど、急いでいるわけではなかった。いくら恋愛ごとに興味があると言えど、私たちはまだ中学生だ。近所に住んでいるわけでもない。年に三回しか会えない。付き合ったら確実に別れてしまうだろうと思っていた。どれだけ想いがあろうとこの距離に耐えられる気がしなかった。
だから、いつか。私か君がどちらかの住む所に行けたら、その時は伝えてもいいだろうと考えていた。現実的に中々難しい事ではあったが大人になれば何とかなると思っていた。
けれど、伝えられた言葉は欲しかった言葉にも関わらず私を不安にさせた。もし、付き合う事になったらどうしよう。すぐ心変わりをしてしまうのではないか。愛想のない私より、君に似合う子は沢山いるはずだ。年に三回しか会えない恋人よりも近くにいる女の子の方が良いに決まっている。
考え込む私をよそに、君はもう考えを固めていた。震えた声を出した私とは対照的に凛とした声で言い放った。
「僕会った時からよるが好きだよ」
ひゅっと。自分の喉から息を飲む音が聞こえた。聞き間違いでも何でもなく。告げられた想いが真実であることを知る。
「いつ言おうか迷ってたんだ。僕ら近くに住んでるわけじゃないし、年に三回しか会えないし一緒にいれない時間の方が多い中で言っても迷惑なんじゃないかなって」
軽快なリズムがホームに鳴り響く。電光掲示板に通過という文字が浮かんでいた。
「でもさっき。よるが僕を信じてくれるって言ったから。今、言わなくちゃと思って」
電車が近づく音が聞こえる。唸り声のような音を上げ、私たちの目の前を横切った。
「不純だって言われるかもしれないけど、僕この話受けようと思う。母さんには迷惑かけちゃうかもしれないけど、もう決めた」
電車の起こした風が私たちの髪を攫っていく。真夏の熱風に目を細めた。
「僕はよるのいるこの場所に行きたい。だから僕が東京に来るまでその返事はしないで」
電車が通り去った。次の電車は三分後だ。君の顔を見ればその目は晴れやかでキラキラと輝いていた。そして、小さな炎を秘めていた。
「絶対叶えてやるから」
それ以上はもう、何も話す事はなかった。ただ電車を待ってそれに乗り、君が行きたいと言った場所を軽く歩き再び駅に向かいお互い帰路につくため別れた。
最寄り駅に着いて自宅まで足を早める。少しずつ早めて駆け足になり、歩道橋を駆け上がった。暮れる太陽に目も向けず無我夢中で走る。自宅マンションが見えた瞬間鍵を取り出して滑り込むように中に入り、エレベーターも使わず七階まで階段で駆け上がる。番号の振られた扉に鍵を差し込み勢いよく扉を開け、音を立てそれを閉めた。鍵を閉め乱暴に靴を脱ぐ。その時、珍しく父の靴が見えたがそんなのに構っている暇もなかった。リビングに駆け込めば父がいて、どうした?と言ってきたが手で制し自分の部屋に駆け込んだ。
ベッドに倒れこんで枕に顔を埋める。この際汗をかいているから汚いとかそういうのは無視だ。上がった息を整えながら君の言葉を一つ一つ噛みしめる。脳内で何度も繰り返して、分かっているくせにもう一度意味を確認した。
「ずるい」
ようやく出た声は君を責める言葉だった。ずるい、何がと言われれば何とも言えないだろう。別に君はずるいことをしたわけではないし、素直に気持ちを口にしただけだ。けれど、私はずるい以上の言葉を見つける事が出来なかった。
枕を持ってベッドの上で暴れ回る。足をばたつかせれば壁にぶつかって痛い思いをしたが、少し冷静になる事が出来た。
「ずるいー」
もしかして私はとんでもない人を好きになってしまったのではないだろうか。口角が上がっているのが分かる。文句を言いながらも、君の言葉に喜んでいる私がいるのは事実だ。
「ばかー」
また、好きにさせられた。君は叶わない約束をしないだろう。言ったら本当に実行する人間だ。そうでなければ、毎週水曜日に電話をするのを七年間もしないだろう。
いつかの約束になるかもしれない。もしかしたら十年後、二十年後になるかもしれない。待ち続けるかもしれない。けれど、それでもいいと思ってしまう私も私だ。これが十五歳であろうが、二十歳であろうが、何歳であろうが。君に言われたら頷いてしまうだろう。
顔を上げれば窓の外に太陽が沈んでいくのが見えた。白藍色の空にいつの間にか夜の帳が降りていて紺碧が顔を覗かせている。太陽は朱色から明るい黄色に色を変えて、ビルの隙間に消えていく。白く浮かんでいたはずの月が少しずつ光輝き、夜の訪れを教えてくれた。
私は確証のないいつかの約束を心待ちにしながらカーテンを閉め部屋を出た。




