表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
生きるとは、この世で一番稀なことだ。大抵の人は、ただ存在しているだけである。
27/65

「浮かれている。君も私もこの街も」


「ここが…東京…」


「ラスボスに挑む時の台詞みたいだね」


 目の前の光景に目を奪われ固まる君の姿がとても間抜けで、私は思わず噴き出してしまった。しかし君は初めて目の当たりにする東京の景色に気を取られていて、私の笑いには気づいていなかった。


 月代あおいとの交流は随分と長く続いた。初めて会った日から七年の月日が流れた。お互い携帯電話を手にしてから固定電話は鳴る事を止め、電話は無料のアプリケーションで取るようになった。当初はいつまで続くか分からなかった水曜日の約束は、七年間一度も破られることなく存在し続けた。風邪を引いていようが時間が遅れてしまおうが、水曜日の夜、三十分間だけは私たちの時間だった。夏休みと冬休み、学期末の少しの休み、数えて年に三回。私は叔父夫婦の家に遊びに行っていた。中学生になった年、泊まりに行く必要性も少ないのではないかと父と話したが、叔父夫婦の歓迎により今でも泊まりに行っていた。


 理由は二つあった。一つは先も述べたように叔父夫婦の歓迎である。子供がいない叔父夫婦にとって、私は子供のような存在であったためいつでも来てくれと声をかけてくれた。私としても、父と二人実家にいるよりはずっと気分が晴れやかだったため、その言葉に甘えた。あの町で過ごす時間は精神的に穏やかになれた。帰る場所があそこであればよかったのにと思うくらいだ。


 そしてもう一つの理由は君だった。毎週水曜日の電話は続き、大型の休みが近づくと君はいつも何日から来る?と聞いてきた。私に行かないという選択肢があったらどうするのだという聞き方だった。日にちを伝えれば嬉しそうな声が聞こえるから、その声が聞きたかっただけという単純な理由だ。


 変わらない電話をする習慣の中で、今度はメッセージを送り合う行為が増えた。二、三日に一回、今日あった他愛もない話を送り合った。次の水曜日までの時間が待ち遠しくて耐えきれなかったと言わんばかりに送られてくるメッセージはとてもくだらないものであった。今日テストがあった、プールが始まった、友達と遊んだ、学校生活の話が主であったがたまに天気の話などもした。こっちでは雨が降っているけれど、そっちでは降っていないと言ったくだらない会話だ。しかし、同じ国にいながら、同じ空にいながらも距離があった私たちにとってくだらない会話はお互いを身近に感じる手段でもあった。


 初めて会った日から君は随分と背が伸びた。いつの間にか私の身長を越し、可愛らしい顔立ちは端正な顔立ちになった。いつの間にか、君は男性に近づいていた。前回、あの町に行った時君と二人で歩いていたら多くの女の子に声をかけられた。君は水泳部のエースで同じ学校や隣町の学校の子たち皆が知っている存在だと彼女たちは黄色い声を上げていた。泣き虫で女の子みたいな君はどこかに消えていた。


 それが悲しくもあるが嬉しくもある。彼女たちの多くはあの頃の君を知らないだろう。泣きながら膝を抱えていた君を。小さいながらも一生懸命前を歩いて案内をしてくれた君を。近所の犬に吠えられて震えていた君を。全部、私しか知らない君だ。


 しかし、離れている時間の中で今度は私の知らない君が現れてしまった。毎週電話をしていても連絡を取り合っていても、会うたび成長して格好良くなっていく君に寂しさを感じたのも事実だ。知らぬ間に大人になっていく君も同じ気持ちだったらしく、会う度によると一緒の学校が良かったと嘆いていた。そういえばいつからお互い名前で呼び合うようになったのだろうか。どれだけ君の知り合いに会おうとも君の事を名前で呼び捨てにしているのは私しか知らなかった。


 思春期の男の子の成長はめまぐるしい。少年が青年に変わるのは一瞬だ。青年になりつつある君に心を惹かれている私がいたのも事実だった。


 そして十五歳の夏。私たちは東京にいた。君は母親の仕事の都合で、東京に一週間ほど滞在することになったのだ。東京に行くことが決まった日、君が電話の向こう側で酷く興奮していたのを憶えている。


 七年前、行きたいと言っていた場所にようやく足を運ぶ事が出来た君は完全に浮かれていた。背負った鞄のチャックは開いているし靴紐は片方解けている。緊張して眠ることが出来なかったのか、目の下には隈が出来ていた。待ち合わせ場所にたどり着いた時、隣にいた君の母親に浮かれているからよろしくねと念を押されたのは間違いではなかった。


「鞄チャック開いてる」


「え、本当!?」


「靴紐解けてる」


「本当だ!!」


 急いで靴紐を結びなおした君の背後に回って鞄のチャックを閉めてあげた。立ち上がった君は髪の毛を直し気合を入れていた。


「何で気合入れた?」


「いや、今からこの中を歩くんだよ?気合入れなきゃ」


「確かに人は多いけど、今日は少ない方だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ