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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
人生は複雑じゃない。私たちの方が複雑だ。人生はシンプルで、シンプルなことが正しいんだ。
24/65

「聞くまでもない。その表情を私は知っている」


 分からなくなってしまったのだ。目の前に映し出される人物が、世間が作り上げた偶像が、私の知っている君とはかけ離れていたから。君があの時思っていたこ事も、交わした数々の言葉も、溢れかえるくらい注いでくれた愛も、全部が全部見知らぬ誰かの手によって汚されていくと共に私の記憶が間違いなのではないかと思い始めた。一緒に住んでいたのは嘘、好きであったのも嘘で、死んだのも嘘。


 しかし、テレビを消せば部屋中に君のいた痕跡があった。セミダブルのベッドには枕が二つ置かれていて、君の好きなキャラクターのぬいぐるみが転がっている。洗面台には使った事もないワックスが置かれていて、ブランド物の香水は水色で魅力的な匂いがした。一つ一つ拾い集めて君がいる証を一心不乱に探し続けた。


 テレビに映っている誰かがコンテンツにした君ではなくて、私が知っていた月代あおいを探した。君は間違いなくここにいて、ここで生きていて、ここから外に出て死んだのだと、何百回も確かめた。そうでないと、私の知っている君がコンテンツにされた君に飲み込まれてしまいそうだったから。


 君が死んで心に大きな穴が空いた私は何をすればいいのか分からなくなった。この部屋は解約すべきなのか、君の持ち物は捨てるべきなのか。その全てが出来なくて事故に遭う瞬間まで部屋の中には君のものが溢れかえっていた。


 元よりやりたい事があるような人間ではなかった。大きな夢があるわけでもなかったし、ただ普通に仕事をして君の隣にいられればいいやと思っていたからだ。


 それを伝えれば、君は困った顔で笑いながら私の肩を抱いた。至近距離に近づいた顔を見上げれば口の端に西瓜のカスがついていた。


「よるにはやりたい事あったよ」


「本当に?」


「本当。僕がずっと近くで見てきた。君は夢があってそのために努力してた。僕はその姿が眩しくて仕方がなくて、自分も頑張ろうと思って仕事に向き合ってた」


 君の目はここでは遠いどこかを見ていた。いや、君の記憶にある私を見ていた。今の私が忘れてしまっているであろう、何かに打ち込んで努力をしている私を見ている。


「でも人生ってそう上手くはいかないじゃん?僕が頑張って結果を出せたとしても、よるは出せなかった時もあった。そのせいで喧嘩になった事は何度かあったね」


「喧嘩した事は憶えてるよ。理由は忘れたけど」


「くだらない喧嘩だったら良かったんだけど、僕らお互い若かったから余裕がなかったんだよね。僕はよるにきつく当たってよるは僕のせいで傷ついた。しかも理由が理由だったからね」


「どんな理由だった?」


「うーん、どっちも悪くないのにお互いを責め合った。どうしようもない話だよ」


 君の肩に頭を預け空を見上げる。月は変わらず真上にあって私たちを照らしていた。


「それを思い出させようとするあおいは性格悪いね」


「喧嘩の記憶は忘れてもいいんだけど、僕はよるが夢のために努力している姿が大好きだったから思い出してほしかった」


 ぶつかり合った記憶が良い思い出かと言えばそうではないだろう。お互いに酷い言葉を言い合って傷つけあった記憶は決して優しいものではない。けれどその原因を忘れているのなら、無意味に君を傷つけた事だけが残る。それは私にとって都合が良過ぎないだろうか。傷つけたのも傷つけられたのも、全てにおいて理由がある。それを忘れたままでいいのだろうか。良くないはずだ。痛みは分け合うべきものだからだ。


「私そんなに頑張ってた?」


 今は忘れている自分を知っている君に問いかける。答えなんて聞くまでもない。


「うん。凄い綺麗で格好良くて憧れた」


 君の目がキラキラ輝いて嬉しそうに微笑むから、君の頑張りを見てきたあの頃の私も同じ表情をしていたと思った。

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