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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
他人の悲劇は、常にうんざりするほど月並みである。
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「幻でも何でもいい。ただ君がいてくれたらよかった」


 初めて会った日の事はよく憶えている。内気で大人しい子だと思った。親戚の家に遊びに行った夏休み、その子は神社の境内の裏でうずくまっていた。声をかけた時の事をよく憶えている。膝から血を流してぐずっている男の子は、顔は整っていたものの酷く弱そうな見た目だった。眉毛は八の字に下がっていて、自分よりも細くて白い身体に、一瞬性別を見間違えるかと思った。


「転んだの?」


 手を差し伸べて立たせようとした。けれど男の子はその手を取ろうとはせず泣き始めた。何だこいつは、私は眉をひそめた。その怪我を何とかしようと手を差し伸べたのに、それを無視して泣き始めるとは。男の子の様子に腹が立った私は、どんどん大きくなっていく泣き声と蝉時雨が重なって耳障りになり、ぶちんっと切れた。


「うるさい!!!!」


 声を荒げた瞬間、男の子は肩を震わせて泣くのを止めた。


「ピーピーピーピーうるさい!怪我してんでしょ、早く立って洗いに行かないと意味ないでしょ!!」


 矢継ぎ早に言葉を紡いだ私を見て、男の子は驚いた顔をしていた。その手を引っ張り立ち上がらせて水場へ向かう。ハンカチを出してその傷を洗い応急処置をした私を見て、男の子は初めて顔を綻ばせたのだ。


「ありがとう」


***


 声が聞こえた。遠くから、私の名前を呼ぶ声が聞こえるが反応したくなかった。こんなに気持ちよく眠っているのに、起こさないでほしい。これほど良質な睡眠がとれたのは随分と久しかったので邪魔されたくないし、出来ることならどこかに消えてほしい。


「……!」


 うるさい。うるさい。起きない。私は起きない、起きたくないと思いながらふと、なぜ寝ているのかと考えてしまった。私は先程まで何をしていただろう。確か久しぶりに外に出たはずだ。とても暑かった、スクランブル交差点でコンテンツになった君を見た、女の子たちにぶつかられて冷たい言葉をかけられた、車にはねられそうになった。


 いや、違う。車にはねられた。間違いなく、この身は宙に浮いた。じゃあこれは何だ。なぜ私は寝ているのだ。確かに死んだと思っていたのに。


 もしかしたら病院かもしれない。残念なことに助かってしまって、怪我だらけの中病院のベッドで声をかけられているのかもしれない。それだったら嫌だなと思っていると肩を揺すられた。しかしどこも痛い所はなかった。


「起きて」


 聞いたことがある声だった。ずっと昔に、忘れてしまった声だった。そして、最後に聞いた声だった。一瞬にして意識が覚醒し目を開けて身体ごと起き上がる。うわっという声が横から聞こえて、辺りを見渡した。


 どこかの部屋のようだ。畳になぜかベッド。和室は暗く、窓の外から見える街灯が夜だと教えてくれた。


「起きてとは言ったけど、飛び起きるとは思わなかった」


 身体を起こしたその人物は暗闇の中私に近づいてくる。その手が頬に触れた時、自然と涙が流れた。


 嘘だ。だって、こんなことがあるだろうか。こんな幸せがあるだろうか。ずっと会いたくて堪らなかった。大好きだった。けれど君は死んだじゃないか。私を勝手に置いて行って、その命を終わらせたじゃないか。それなのに、どうして頬に触れる手は温かいのだろう。どうして、眉を下げて笑うのだろう。


 映像で見た茶髪は、脳天から見たら黒い地毛が見えるのを私だけは知っている。左の睫毛に一本だけ、白髪が混じっているのも知っている。目じりの皴が四本だとか、そんなくだらない情報が頭を走って、勝手に目の前にいる人物と整合性を測り始める。本物だとは認めたくなかった。しかし私の脳は、どう考えても本物だということを認識してしまった。


「おはよう、よる」


 死んだはずの君が目の前にいた。

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