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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
人生は複雑じゃない。私たちの方が複雑だ。人生はシンプルで、シンプルなことが正しいんだ。
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「くたびれた財布は、共に歩んだ時間を表しているようだった」


「暑い」


 白昼夢なら別に暑さなんか感じなくてもいいと思ったが、残念ながらそうはいかないようだ。五官が機能してしまっているなら、暑さも感じてしまうのが事実だ。悲しいけれど、嫌な事だけを感じなくさせる機能はこの世界に存在しないらしい。


「そこ、左だよ」


「分かってるよ」


 少し前を歩いていた私に後ろから君が指示を飛ばす。君には慣れ親しんだ地元であるから地理は頭に入っているだろうが、私にとっても慣れ親しんだ土地なのだ。こんなところで迷子になるはずがない。左に曲がったと同時に君が私の前に出た。背中には汗が滲んでいて染みを作っていた。


「汗染み出来てるよ」


「本当に?やっぱり暑いよね」


 私はその汗染みをなぞる。肩甲骨の間に出来たそれは鼻のようだった。


「汚いよ」


「汗っかきなのは治らないんだなと思って」


「そうだね。それで仕事の時苦労したよね」


「代謝がいいのは喜ばしいけどね」


 私の額にも汗が滲むが流れ出るようなものではなかった。持ってきた小さな肩掛け鞄に入れていたタオルを差し出す。


「ありがと」


 君はそれで額を拭って団扇のように何度も扇いでいるが、やってくるのは生温い風だけだった。見かねた私は君の背中に手を突っ込む。女の子みたいな悲鳴が上げ飛び退いた君が面白くてつい噴き出してしまった。


「冷た!!何!?よるの手!?」


「そうだよ」


「相変わらず冷え性だね!?この暑さでその冷たさはやばいよ」


 そんなことを言われても暑さは感じているのだ。額には汗が滲んでいるし、肌に風がまとわりつく感覚もする。しかし、指先に熱は届かないようで依然として冷たいままだった。例えるなら、日の当たらない場所にある金属くらいの冷たさだ。とてつもなく冷たいわけではないが、暑い夏の日にはそれがひんやりとして気持ちいいと言われるくらいの温度だろう。


「手繋ごうよ」


「冷たいのが気持ちいいから?」


「繋ぎたい気持ちが半分、気持ちいいからが半分」


「多分割合三対七くらいじゃない?」


「ばれた?」


 視線は前を向いたままだったけれど繋がれた手から振動が伝わったから多分笑っているのだろうと思い私の口角も上がった。


「冷たいー気持ちいいー」


 繋いだままの手を自分の頬に当てて私の手の温度を感じている君が何かの動物のようで面白かった。そういえば昔からこうしていたことを思い出す。体温が低い私と体温が高い君は、夏と冬、お互いを快適にさせていた。冬場の寒い時は温かい君の手にすり寄っていたし、夏の暑い日は今みたいに君が私の手にすり寄っていた。


「アイス食べたいな」


「冷凍庫に入ってたっけ」


「なかった。でも財布があったからとりあえず持ってきてみた」


 空いている方の手でお尻のポケットから財布を手に取った君は私の目の前でそれをちらつかせる。黒い革にワンポイントデザインがある財布は二十歳の誕生日に私が君に送ったものだった。死ぬまでの四年間使っていたそれは、長年連れ添った影響で所々糸が出てしまっている。


「私のなかった?」


「なかったよ。ていうかこれ朝起きた時に寝室の机の上に置かれてたんだよね」


「…誰かが置いた?」


「それはないんじゃない?ここには僕らしかいないし、多分昨日寝る前必要だなって思ったから出てきたのかも」


「いくら入ってる?」


「生活に困らないくらい?多分これ僕が死ぬ前に持ってた金額じゃないかな」


 君は長財布を開いて中身を見せてくる。お札が何十枚も入ってるのが分かった。現金派の彼はいつもお財布がパンパンに膨れ上がっていた。


「買い換えようって言ったのに」


 ボロボロの長財布は年季が入って味が出るようなタイプのものではなかった。二年後の誕生日に新しいものを渡そうと考えたが、君はこれがいいと言うので買い換えなかった。気に入ってくれたのは嬉しいが、そこまで執着するとは思わなかった。


「良いんだよ、これで」


 財布で私の頭を軽く小突いて先程まで入れていたポケットに戻した君は、それ以上何も言わなかった。


「ということで、帰りにアイスを買うのはどうでしょう?」


「どこで?コンビニは遠いし、スーパーとかも人がいないから機能してないよね?」


 昨晩君が言ったようにここには人がいない。人の気配も感じられず、すれ違う人もいない。この時間なら歩いている人がいても良さそうだが、人がいなければお店は機能しないだろう。


 人がいなければお金も使えないと考えた時、冷蔵庫の中身だけで何日持つだろうと考えた。いくら人がいないと言っても盗みを働く気は毛頭ない。君もそんな事は考えないだろう。


考えたって仕方がないので、これ以上気にしない事にした。多分、本当に困ったら君の財布のように出てくるだろうから、想像出来ない未来の事を考えて不安になるのはナンセンスだ。今繋がれているこの手が離れて消えてしまわないのなら、他はどうでもいいと思っているからなのかもしれない。


「あ」


「なに?」


「あるよ、アイス買える所」


「どこ?」


「それは帰りのお楽しみにしよう」


 君は私の手を引いて少しだけ足を早めた。太陽はまだ、私たちの頭上にいた。

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