「ドラマチックで非現実的。その言葉を受け入れられない自分がいる」
叔父夫婦の家の前は大きな坂道だった。道幅も広く住宅が密集している。密集しているといっても都心に比べたら微々たるものだし、道幅が広いといっても一車線だ。白線の区切りなんてものは存在しない。そんなものがあるとするならば、下ったところにある大通りのみだろう。大通りにはバスが走っていて隣町とも隣接しているからちゃんとした道路として機能しているが、それにしたって信号は少なかったはずだ。
目の前の坂道を上っていく。しんどい事この上ないが、目指している場所がこっちなので仕方がない。
白藍色の空は雲一つなくて、白い月は太陽の眩しさにより見えなくなっていた。耳をつんざく蝉時雨は坂道をこの先の林から聞こえるのか、それとも横切った電柱から聞こえるのかは分からないくらいうるさかった。坂道の先には蜃気楼が見えてその先の道路をゆがませている。手を伸ばせば届くかもしれないと勘違いしてしまうほどの蜃気楼だった。
後ろから聞こえる足音に少しだけ安心しながら、そもそもなぜこうなったのかを思い出す。
***
「もう一度、あの夏の日々を繰り返そう」
「は?」
朝食を食べ終え縁側から庭先に出た君が発した言葉に思わず眉を吊り上げてしまう。
「は?って…」
「いや、は?だよ。何、夏の日々を繰り返そうって。どこかの台本にでも書いてあったの?」
非現実的な言葉だった。大方、生きていた時にでも読んだ台本の中に書かれていたのだろう。そんな詩的表現を君が使えるとも思っていなかった。
「僕の言葉だよ。今考えた」
「うそぉ」
「嘘じゃないって」
君は私の横を通り過ぎて居間に置いてあった服を一式手に取った。起きた時にでも部屋から着替えを取ってきていたのだろう。服を手に取った君は、じゃあと言った。
「出かけよう」
「嘘だあ」
嫌だと抗議の意味も込めて大胆に肩を落とし語尾を伸ばした。しかし、君は私の返事を読んでいたのか何食わぬ顔をしていた。
「嘘じゃないって。僕着替えてお皿洗っとくから、よるも準備してね」
台所に向かおうとした君は、その前に向日葵に水あげなきゃなんて主婦みたいな事を言って庭先にあるホースを手に取った。どうやら私の意見は聞く気もないらしい。
昔からそういうところがあると思った。基本優しくて物腰も柔らかいくせに、負けず嫌いで完璧主義で、ついでに言うと頑固。世間は見かけと人柄に騙されがちだが、この男中々に面倒なやつである。自分も人の事は言えないが、君がそういう風に見られないのは有無を言わせないまま誘導するのが上手いからだ。
私は諦めて動き始めた。多分、何を言っても外に出るのは決定だろう。人のいない町を歩くのは心霊的な意味で少し怖いのだが、そもそも目の前にいる君が幽霊みたいなものだし、この場にいる私が生霊みたいなものだから意味がないのかと思ってしまった。その時、固定電話が目に入ってもし今これが鳴ったらどうしよう。どこかに繋がったらどうしようと恐れた。
それがここに至るまでの経緯である。