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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
人生は複雑じゃない。私たちの方が複雑だ。人生はシンプルで、シンプルなことが正しいんだ。
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「何度でも繰り返すことになる水曜日の約束だ」


 確かに、私もこの手紙をもらって真っ先に電話をかけるくらいには、君の声が聴きたかった。多分、本当は寂しかったのだ。君と過ごした夏は存外楽しかったから。


『よるちゃん、学校はどう?東京ってどんな所?』


「学校は別にいつも通りだよ。東京ってどんな所って、何て返せばいいの?」


『東京はびっくりするくらい人が多いんでしょ?外国の人が沢山いたりとか、テレビも沢山映るって聞いたよ!』


「ええー…普通だよ。普通」


『分かってないな、よるちゃん。よるちゃんにとっては普通でも、僕にとっては普通じゃないんだよ。すっごいキラキラした世界だよ東京は』


 キラキラした世界という言葉が思わず面白くて噴き出してしまう。受話器越しの君は馬鹿にしないでと怒っていたが、面白くてたまらなかった。君の目には東京がどう見えているのだろうか。キラキラ輝く都に見えているのだろうか。


 東京なんて別にいい所はない。騒がしくて眩しくて、行き交う人々は皆生き急いでいる。一週間に一回はどこかの電車で見知らぬ誰かが死ぬし、夜中まで電車の音は止まずパトカーのサイレンが鳴り響いていることも多々ある。君にはキラキラした都に見えるのかもしれないが、私には冷たく人の心を失った街にしか見えなかった。


『あとあそこ!凄い大きい交差点!』


「スクランブル交差点のこと?」


『そう、あそこ凄いよね。この前テレビで見たんだけど、映像も流れてるし写真も沢山貼られてるし。皆歩いてるけどぶつからないのも凄いよ』


「たまにぶつかるよ」


『僕あの交差点を渡る人皆忍者だと思ってる』


 真剣な声音でそんなことを言うから、一度引いた笑いが再び込み上げてきた。なるほど、地方の人から見れば東京の人はそんな風に見えるのか。面白い発見をしたと思った。


『いつか行ってみたいと思うよね』


「私はあおいくんが住んでる町の方がよっぽど好きだけどね」


『そう?何もないよ?』


「何もないからいいんだよ。うるさくないし、眩しくないし、住民の人は優しい人ばっかりだし」


 この前君と遊んだ時に色々な住人の人と知り合った。皆お年寄りが多く、若い人は少なかったがとても優しい人ばかりだった。


『そうかなあ』


「今度おいでよ、東京」


 でも、君と歩くのなら東京も悪くないのかもしれないと思った。都会の喧騒に慣れていない人を突然スクランブル交差点の中に放り込んだらどうなるんだろうと想像したらとても面白かったので、いつかの機会にやってみてもいいかもしれない。


『行きたい!でも中学生になってからかなあ』


「そうだね」


 まだ子供の私たちがどこかへ遠出をするのは難しい。だから、君をスクランブル交差点の中に放り込むのはずっと先になるだろう。


 叶うのなら、私だってずっとあの港町にいたい。しかし、それは叶わない事を重々承知していた。


『よるちゃん次いつこっちに来るの?』


「うーん、多分冬休みには行けるかなあ?」


 電話をしながら叔母の顔をチラリと見れば、親指を立ててグッドサインを出していた。


『そっか、あと三か月も先だね』


「そうだね。でもしょうがないよ」


 仕方ないのだ。そう言い聞かせて時計を見ればいつの間にか三十分も時間が経っていた。そろそろお開きにしようと口を開いた瞬間だった。


『よるちゃん、お父さんの帰りが遅いって言ってたよね』


「それがどうしたの?」


『今日は水曜日。…うん、決めた』


「何が?」


 私の問いかけなど聞きもせず、君は一人で決めたと呟いた。


『毎週水曜日、電話しない?』


「え?」


『僕もお母さんが帰ってくるまで暇だし。夜はお外もいけないでしょ?だから毎週水曜日、八時くらいから三十分、電話するのはどうだろう?』


 驚いて声が出なかった。突然出された提案が意外過ぎたからだ。てっきり、また電話すると言ってもう一度出会うまで連絡をしないんだろうと思っていた。私は電話をかけるのがあまり好きではないし、電話をかけた所で迷惑だと思われたらどうしようと考えていた。しかし、君はそんな考えを一蹴した。


『毎週電話していれば、会うまでの楽しみが増えるかなって。それに、今日何があったとかそういう話も出来るし。どうかな?』


 どうかなと言われても。答えに詰まってしまう。いいのだろうか。迷惑ではないのだろうか。そんな考えが頭を巡る。しかし、私の考えを読んでいたかのように君は言葉を続けた。


『あ、全然迷惑じゃないし、逆に僕が迷惑なこと言ってるって自覚はあるんだけど。でも、よるちゃんと話したいなと思ったんだ』


 見透かされた脳内に驚きながらも、断る理由が一つも見つからなかった事に苦笑した。何だかんだで私も寂しくて口には出せなかったけれど、真っ暗な夜に一人、家にいる恐怖と不安を紛らわせたかったのだと思う。同じ環境の人が近くにいればどれほどいいのかと思っていた。それが今、叶えられようとしている。


 私は深呼吸をしてうつ伏せになっていた身体を起こした。返事をしようと開いた口の端が上がっていたのは気のせいではなかった。


「うん。しよう電話」


『本当に?』


「でも三十分ね、お父さんにばれたら怒られちゃうかもしれないし」


『そしたら僕が謝るよ!ごめんなさいって』


「あおいくんのお母さんは?怒らない?」


『大丈夫だよ、よるちゃんに迷惑にならないようにって言われたけど』


 私は立ち上がってペンを手に取りカレンダーを見つめた。今月の水曜日の欄に丸を付ける。


『ありがとう。じゃあ、もう遅いから切るね』


「うん、ばいばい」


『ばいばい!また水曜日!』


 受話器からツーツーという音が聞こえて完全に切れた事を確認し元の場所に戻す。カレンダーをめくって次の月も水曜日だけ丸を付けた。楽しみで仕方がなかった。そんな様子を見た叔母はこう言った。


「私にもちゃんと連絡してね」


「はーい」


 手を挙げて着替えを取りに部屋に向かう。パジャマを手に取り脱衣所に走った。次の水曜日が、待ち遠しくなった。

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