「君の死が、ただの有り触れたコンテンツとして誰かに扱われるのが嫌だった」
変わらない現実がそこにあって、変わらない想いだけがここに残った。
月明かりのような人生を歩んだ人だと、正午過ぎの白藍に浮かぶ月を見て思った。スクランブル交差点の上空は雲一つもない晴天で、それがあまりにも眩しくて、人生は理不尽の連続で世界は不条理で溢れかえっていることを再認識する。どこかの誰かが作った有り触れた歌が街に流れている。恋人の愛しい所を歌ったその歌が流れなくなる日はそう遠くないだろう。久しぶりに出た外は暑くて、アスファルトの向こう側に蜃気楼を作っていた。
溢れかえった人の言語は一つではなく、聞き覚えのない言葉ばかりが耳に入る。空から視線を少し下げた先、若者に人気のファッションビルに貼られた大きなポスターに君が写っていた。視線を横にそらせば電光掲示板の中で動く君がいる。三年前の姿のままで時間は永遠に止まっている。
ああ、もうそんなに経ってしまったのか。通りで思い出せなくなるはずだと一人納得してした。自分が知っている君とは別物だった。目の前にいる君は太陽のようだった。染められた茶髪はよく似合っていて、笑うたびに花が咲いているようだった。まるで太陽に向かって咲いている向日葵のようで。作られた君が、そこで笑っていた。
すれ違う若い女の子たちの声が耳に入る。甲高い声に、片手には流行りのドリンクを持っていた。一体あのドリンクは後何年流行だと言われるだろうか。少なくとも三年前はあそこまで注目されていなかったはずだ。流行はファッションと同じで移り変わりが激しい。
「え、もう三年前なの?」
「信じられない」
「あんな人いたっけ」
「あのアイドルに似てない?ていうか、もう死んだ人なんだから別にどうでもいいか」
前を見ずに仲間内だけで話す彼女たちの肩が私の身体にぶつかり前によろけた。彼女たちは冷たい目でこちらを見た後、「ぶつかってんじゃねぇよ」と口にした。ドリンクがかからなくて良かったなんて思った後、いやいや、ぶつかったのは貴女ですって。私じゃありませんって。前を見て歩こうよなんて思った。けれど口に出せないまま、信号が変わるまで液晶に映るその笑顔を見続けた。
コメンテーターは言う。彼の人生は太陽のようだった。明るくて常に笑っていて人を呼び寄せて誰からも好かれるような、そんな人だった。一番売れている時に若くして亡くなった、もったいない。君のことをよく知りもしない人間たちが君に対して議論する。
確かに液晶の中で動く君は太陽のようだった。太陽のような人生を歩んだ人と言われても過言ではないだろう。
けれど私だけは違う。何度だって言うだろう。君の人生は月明かりのようだった。真っ暗な暗闇の中で一筋だけ光を灯す、そんな人生だった。眩しいだけじゃない。好かれ続けたわけじゃない。それでも努力し続けて、そこまで至った。私にとって君は、果てのない夜を照らしてくれた月だった。
君のことを知らない人はあの時とても嘆いていた。けれどただ嘆いただけで、三年も経てば君を忘れてしまった。そんなのあんまりだ。
世間は君を美談だと扱う。若くして命を落とした人。綺麗なまま、人気の絶頂で亡くなった人。それが気持ち悪くて吐き気がする。一日限り、ビルにはポスターを貼って、一日限り、ワイドショーでは君の映像を流す。君はコンテンツにされてしまった。悲しみましょう、追悼しましょう、思い出しましょう。有り触れた言葉がテロップで流れ続ける。
嘘だ。だって今、信号を待っている人たちは特に君を見るわけでもない。手元のスマートフォンを眺めているだけだ。液晶を見ても、「ああ、そんな人もいた」くらいの言葉しか聞こえない。「三年前の話をいつまでしてるんだろうね」という言葉が聞こえた時、目眩がしてしゃがみ込みたくなった。だから外に出たくなかったのだ。君を過去の美談として扱う連中の中で生きていたくはなかった。
早く帰ろう。ここはまだ息苦しくて私の居場所とは程遠い。青色に変わった信号にいち早く反応して飛び出す。交差点の真ん中あたりに差し掛かった所で、誰かの叫び声が聞こえた。
「危ない!!」
「え…」
声の聞こえた方に振り返れば、サラリーマンであろうスーツを着た男性がバッグを落としている。その隣にいる女性は私を見て両手を口に当て驚愕の表情を浮かべていた。
「何が…」
そこからはスローモーションだった。クラクションの音に赤いランプ。突如として視界に入ってきた車にぶつかり身体が宙を浮いた。その時の私は酷く冷静で、ああ、ここで死ぬのかとか、まあ生きていてもやりたいことなんてないしと思っていた。ただ、浮かんだ空の中で、真っ白な月が目に入ったから、不意に君の声を思い出した。
「ああ、でもこれで一緒の場所に行ける」
くだらない戯言を口にし、三年前、君が死んだ理由と同じ理由でこの世からさようならをした。