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人生賃貸借(妄想2)

作者: 田中太郎

 近くにあるコインパーキングに自動車を留めると、そこからその店は徒歩5分のところにあった。

「本日は、株式会社ライブズ和歌山支店へご来店いただき、誠にありがとうございます。番号札をお取りください」

 その自動ドアを開けると、店内に流れているその店のテーマソングが聞こえ、それとともに、入り口付近に置いてあるロボットが私を案内した。

「ただいまの待ち時間は、約15分です。お近くのソファに掛けて、もうしばらくお待ちください」

 このサービスも一時期はだいぶ流行ったものだが、このサービスが始まってから5年が経ち、だいぶ落ち着いてきたようだ。この和歌山でも、3年ほど前からサービスが始まっているが、現在は、この店の中もそれほど混んでいないようだ。私は、周りをキョロキョロ見渡して、この人たちは、何をしたくてここにきたのだろうと気になった。

「134番でお待ちの方、こちらへどうぞ」

 しばらくして、私が呼ばれた。窓口の人は、美人の若い女性である。ほかの3つの窓口は、おばさんばかりであったので、1/4の当たりを引いたと思った。が、よく考えたら、私は、初めてこのような店に来たので、おばさんの方がよかったかなとも思った。

「本日はどのようなご用件でしたでしょうか」

「人生を1人分借りたいのですが……」

 人生を1人分借りたいと言った瞬間、身体が震えた。今まで27年間生きてきて、人を、人生を物のように扱ったことがあっただろうか。

「どのような方がお好みですか」

「えーっとですね……」

 私は、あらかじめ条件を書いてきたメモ用紙を広げて、それを読み上げた。そして、そのまま窓口の女性に手渡した。

「分かりました。ちょっと検索してみますね。少々お待ちください」

 窓口の女性は、そう言ってパソコン画面に向かって文字を入力し始めてた。私は、待っていてくれと言われたものの、特にすることもないので、お姉さんの横顔を眺め、時々ふと気づかれそうになると、自分のメモ用紙を眺めていたフリをしながら、時間をつぶしていた。お姉さんは、ショートカットで、鼻のあたりに少し大きなホクロがある。制服の上から見ただけだが、胸も大きいように見え、こんな人だったら人生イージーモードなんだろうかと思った。

「候補の人が見つかりました。このような方は、どうでしょう」

 私の目の前には、A4の4枚の紙が並べられていた。名前と住所の部分は黒塗りされているが、顔写真が載っており、生年月日、学歴・職歴、その他本人の申告に基づく本人の情報が記載されている。目の前の4人は、どれも大学に入学したばかりの学生で、ごく普通の過程で育った子供たちであった。ちょうど人生賃貸借が法律上解禁されて、浮かれて登録したであろう子供たちであった。

「この人にしようかな」

「その方ですと、賃料は、月額600万円になりますがよろしいですか」

 インターネットで調べていたときには、賃料月額300万円が相場であると書いてあったので、わたしは面食らってしまった。しかし、やはり大学生という身分は価値が高いのだろう。私は、迷ったあげく、はいと答えてしまった

「期間はどうされますか」

「1年でお願いします」

「分かりました。では、こちらに必要事項を記入してください」


 私が必要事項をすべて記入している間に、窓口の女性は、別の書類を持ってきて私の目の前に差し出した。それは、契約書と重要事項説明書であった。

「今から、この重要事項説明書に沿って、人生賃貸借契約の説明をさせていただきます。まず、こちらが、賃貸人の情報です。名前は、山谷和樹さん、静岡県出身の方ですが、こちらにありますように、この春から、京都の大学に進学されまして、京都で独り暮らしをすることになっています。こちらが、お父様とお母様、ご兄弟のお名前です。また、こちらが、賃貸人より申告のあった友人らのお名前です」

「人生賃貸借契約上の注意事項について説明します。こちらにありますように、10個ほど禁止事項が挙がっていますが、特にこの10個目の事項にありますように、不合理な行為によって賃貸人に損害を与えないということに注意してください。また、自殺などをされますと、それは殺人の実行行為となりますし、自傷行為は、傷害の実行行為となりますので注意してください」

「この賃貸借契約によって知った賃貸人のすべての情報に関して、賃借人には守秘義務があります。この契約では、この条項は、契約終了後も賃貸人が死亡するまで効力を有しますので、ご注意ください」

 その他、様々な契約の説明を受けたが、私は、途中でうんざりしてしまい、ほとんど聞いていなかった。ページ数が明らかに多いのだ。重要事項説明書がパソコンの取扱説明書並みに厚い。法律で決まっているとはいえ、もう少し要点を絞ってほしかった。私は、熱心に、かつ、丁寧に説明をしてくれているお姉さんのきれいな顔を気づかれないようにずっと眺めていただけだった。


「では、本日はこれで終了です。契約開始日は、来月、5月1日からになります。ありがとうございました」

 契約書と重要事項説明書への署名押印が終わると、その控えを受取り、私は、ありがとうございますと言って、店をあとにした。意外とあっさり契約が終わったことに驚いてしまった。



 5月1日、契約開始の日、私は2人いた。1人は会社へ行き、1人は大学へ行く。

 私は、もう一度大学で勉強したかった。あの時間を使って本を読み、いろんなところに散歩をしに行きたかった。東を向けば東山が、西を向けば鴨川がある。三条や四条に行けば毎日たくさんの人が行き交っている。ほどよく都会で、ほどよく自然がある。歴史にあふれた街というだけではないのだ。そのゆったりとした空気のある京都は、学生として住むにはとても快適な場所だった。社会人になって京都に戻ってきたとき、愕然としたものだった。あの場所は、学生向きだと思った。だから私は、学生となって戻って来たのだ。


 しかし、契約開始から半年が経って、私は、気づいた。片方の自分がかつての自分ではなくなってきているということに。


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