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ここが国学の教室になると言われた場所にいたのは、仙人みたいに髭の長い……わけではないけれどお爺ちゃんだ。清潔感のあるお爺ちゃん。
「ローナとお呼び下さい。聖霊に選ばれた方々」
それぞれ自己紹介をする。ローナ先生にも、やっぱり和泉と呼んでもらうことにした。私が先に名乗ったからか、後の2人も名字を名乗った。別に下の名前で呼んでもらえばいいのに。
漢字のないここでは、コトリ、というのはキラキラネーム一歩手前のような気がして、少し恥ずかしいだけだから。別に嫌いではないけれど。
ここにも、高価そうな机と椅子が用意されている。前には黒板がある。思った以上に教室みたいな環境が整っていた。
後ろからガタゴト音がする。ローナ先生の視線も私たちの後ろに向いている。静かに交わされる声の中に、ここでいいですよ、というブライトの声。どうやら見学していくらしい。暇か。
物音がしなくなって、やっとローナ先生は口を開いた。
「それでは、国学を始めましょう。皆様は、この国の名前はご存知ですかな?」
知らない。と言いたいところなのだけれど、正確には記憶から抹消した。昨日王様にあったときになんとかにようこそとか言ってたよね。記憶から消し去ったけど。悪い思い出って消し去るに限るから。
中田くんが手を挙げて答える。はい、とローナ先生があてる。本当に授業だ。
「ラグーナだったと思います。」
「その通りです。そこにいらっしゃるブライト殿下の名前にもラグド、とラストネームにありますね。それも、このラグーナが語源です。」
へー。一応、貰った紙に日本語で書いていく。必要かどうかはわからないけど。
やっぱり授業は喋って、ポイントを自分で書き込んでいくスタイル。ゆっくり喋ってくれるのだけれど、雑学が好きそうなお爺様だから、ちょっと書きにくい。豆知識の吹き出しでノートが埋まってしまう。話すのがすごく上手だ。話すのが好きなんだろう。
年代とイベントを重点的に書き込んでいく。豆知識は出来るだけ端に寄せよう。やたら戦争が多い。あと出てくる人間に文化史の人間が少ない。まだだいぶ昔の話しかしてないからかな。
「さて、戦争の話ばかりしてまいりましたが、何故戦争が起こっているのか?大元はどこなのか?それは今はない国の、最初の王の時代にまで遡らなければなりません。」
ローナ先生はちょっと笑った。それから私を見た。
「これは、聖霊と共にいたとされる王の話なのです。」
なるほど、昨日ブライトが私に属性を説明するときに言っていた本の中の文章の聖霊のことだ。私のことを見たのなら、このお爺ちゃんはブライトからどんなことを話していたか聞いたのかもしれない。
「彼は歴史上初の王でした。彼が王になって王国は出来ました。聖霊は彼が王だから共にいたのではありません。聖霊が彼にあったのは、彼が王になるそのずっと前だったと記されています。」
私が呼んで貰ったあの文章を、私は最初単純なメリットデメリットだと思っただけじゃない。長所と短所を繰り返しているだけの文章だったかもしれない。けれどそれが結構抽象的だから、いや魔術的に言えばそれもはっきりしているのかもしれないけれど、私はそれが謎かけのように思えた。
はっきりとそれがそのままの意味だったとしたら、聖霊はその初めての王様の、先生のような人だったのだろうか。想像が膨らむ。
「最初の王の治世は素晴らしいものでした。王は子供を4人産みました。みんな素晴らしい王でした。海に近いその国は、たくさんの食べ物がありました。それで王の子供たちは交易を行いました。けれど、王子様方は王が持っていたとある物を手に入れることができなかったのです。なんだかわかりますか、イズミ様。」
王様にあって王子様にないもの。素晴らしいって言っていたから、多分王子様たちにあんまり問題はなかったんだろう。まあ、ダメ元で。
「聖霊とは仲良くなれなかった。」
「その通りです。」
王子様は素晴らしい人間だった。
王様も素晴らしい人間だった。
それなのに聖霊は、王子様のそばにはいなかった。
聖霊は、王の息子達を選ばなかった。
「王の側にいる聖霊は、王国の象徴でした。国民たちは思っていたのです。『彼ら2人がいる限り、王国は安泰でしょう。』けれど王の血を引く新たな王はいても、聖霊は側にはいなかった。2人いれば安泰だったのに、聖霊が欠けてしまった。彼らが定義した安泰は崩れてしまったのです。」
それから、どうなったんだろう。とても悪い流れだ。前提の戦争の始まりっていうところから、もうバッドエンド確定みたいなものなんだけど。
「息子の1人がいいました。どうして聖霊は父王にだけ側にいたのかと。彼らは話し合い、結論を出しました。彼らは父王と同じく、1人の王として立つことを決めたのです。彼らは生まれた国を離れ、彼らは各々の国を立てました。ですが聖霊は現れませんでした。彼らはまた話し合いました。彼らの中で固定されてしまった安寧を得るために。話は平行線をたどりました。ですが彼ら4人ともが全員同じ結論に達していたのです。」
一息切った。とても静かだ。
「1人になればいいんだ、と。
父王と同じく、1人になってパートナーになればいい。もうわかりますね。彼らは殺し合いを始めました。父王の治世の才能を受け継いだ彼らは国民からも愛されていたのです。単純な殺し合いではなく、国を巻き込んだ戦争になりました。愛する国王が殺された国民達は嘆き、苦しみ、恨み、復讐に走りました。そして、結局父王と共にいた聖霊も姿を表すことはありませんでした。彼らを愛した国民達の過激な行動が繰り返され、また、戦争が起こるようになったのです。」
あーあ、バッドエンド。やっぱり。おしまい、と言われて大きく息を吐いた。後味が悪すぎる。
「どうでしたか?」
どうもこうも。