第97話 美食の国
「――様、御主人様! やっと着きましたよ!」
「んー。ああ、おはよう、エミリア」
馬車に揺られ、どうやら寝てしまっていたようだ。エミリアに起こされると、いつの間にか街の中にいる。
「……!? ま、まさか、ここは……!」
自分がどこにいるか気付いた時、しっかりと目が覚めた。ここは、待ちに待ったビストリアの首都クレモンか!
「フリード殿、お疲れ様ですな。護衛していただきありがとうございました」
「結局、道中は平和だったがな。また力になれることがあれば言ってくれ」
商人オーティスとあいさつすると、報酬を受け取り別れることにした。
護衛の任務は場合によっては何もしなくても報酬が貰えるからありがたいな。
「はあ、疲れましたわ」
「なんだか肩が凝っちゃった」
「おいおい、元気がないぞ。よし、まずは泊まるところを探そう。大金を持ってぶらぶらするのも疲れるしな」
時刻は今はお昼過ぎ、2時から3時の間だろうか。夕食にはまだ早いな。
「御主人様、どこか泊まるところの当てはあるんですか?」
「まあ、折角だし高級ホテルにしようか」
「……またお金を使う気ですね」
まったく最近のメイドときたら、お金のことばかりだな。
「見えてきたぞ、あれがクレモンで一番の高級ホテルだ!」
「うわっ、すっごい大きい!」
観光地としても有名なだけあって、ホテルも規格外だな。本にも名前が載るほどのこのホテルは、客室60部屋、全5階建ての大型建築物だ。
中に入り、大理石の床を踏みしめて真っ直ぐ受付に向かう。きれいにお化粧した受付嬢に部屋の空きを確認する。
「御主人様、どうでしたか?」
「2部屋借りれたぞ。3人と4人に分かれるとしよう」
運よく眺めの良さそうな5階の部屋を借りることができた。やはりオレは持っているな。
「……ちなみに、お値段は?」
「2部屋合わせて一泊220万だとさ」
「……!」
エミリアは顔面蒼白になっている。少し申し訳ない気分になってしまった。
*
「うわ、凄い……!」
「これが、このホテルで最高の部屋、プレジデンシャルスイートルームか!」
220万の部屋は、とんでもない広さだった。
ギルドホーム並みの部屋の中には絨毯が敷き詰められ、馬鹿でも高級感が伝わる壁の絵画、無限に沈み込みそうな柔らかいソファー、これ以上の白さは存在しないと思わせるシーツが敷かれたベッドなどを、ガス灯が優しくライトアップしている。
「私、食事は安いのでいいです……」
「そういじいじするな。また稼げばいいじゃないか」
「だって、私は直接稼いでいませんし、申し訳ない気持ちにもなりますよ!」
「わっ、エミリアさんが逆切れした!」
エミリアは財布が心配のようで、折角の旅路だというのに憂鬱そうな顔をしている。
真面目だとこういう時に辛いな。他人事ではないが。
部屋割りは天才ジャンケンの結果、オレとエミリア、フラウが3人部屋になった。部屋の間取りは同じなので少し広く使えることになるな。
「夕食まで時間あるし、少しぶらぶらするか? おやつにちょうどいい時間だしな」
「行く行く! 僕、何か甘いもの食べたいな!」
「私、お金を数えておきますね。1枚、2枚、3枚……」
おいおい、エミリアがなんかお化けみたいになったぞ。バッグから金貨を取り出しぶつぶつと数え始めた。
「……仕方ない、2人で行くか。エミリアを元気付けるためにお菓子でも買ってきてやろう。高そうなやつをな」
「追い打ち掛けないであげてよ」
結局フラウと2人で散歩に行くことにした。
*
「それで、どこをぶらつく予定なの?」
「夕食もあるし、散歩メインにしようか。近くに公園があることを調べ済みだ。出店もいくつかあるらしい」
「流石、情報通!」
「はっは、もっと褒めたたえよ」
ホテルを出ると、道を歩き出す。
やはりは美食の町という事か、服屋やお土産屋のような普通の店も当然あるものの、やはりレストランが目立つ。
「……まだ3時ぐらいだよね? なんだかどのレストランもそこそこ客が入ってるように見えるよ」
「知らないのか? ビストリア国民の食事は1人5回が平均らしいぞ」
「嘘でしょ? 絶対太っちゃうよ!」
「……まあ本の知識だから真偽は不明だがな」
通りを話しながら歩いていると、公園が見えてきた。
中央に噴水、周囲に芝生といくつかの木がある、都会にありがちな公園だ。噂通り出店もちらほら見える。
どんな出店があるかまでは調べきれなかったので、直接何があるかを見て決めるとしよう。
「ねえ、あれ何かな? カラフルな半透明のものを食べてるけど」
「オレも見たことないな。あそこの出店で売っているようだが」
フラウの指差す先では、子供たちが赤や緑、紫などの小さな粒の入ったカップを持っており、それを口に運んでいる。
わからないことは聞いてみるのがポリシーだ。出店に近づき子供たちの後ろに並ぶと、注文の様子を見つつオレも買ってみることにする。
「いらっしゃい、お兄さん! どれにする?」
「……観光客で初めて食べるんだが、どれがおすすめなんだ?」
「へえ、グミを知らないってことは国外から来たのかい?」
どうやらこの食べ物はグミというらしい。かなり近づいているのに匂いがしないから味の想像ができないな。
「ああ、オレはハレミア出身で、こっちの可愛いのはフーリオール出身だ」
「ちょ、何言ってんの!」
「はっはっは、そうか、じゃあ可愛い彼女にサービスしてあげないとな! 全部の味が楽しめる"ミックス"がおすすめだ!」
「じゃあそれで頼む」
出店の男は手慣れた手つきで、いろんな種類のグミをカップに入れてくれた。サービスしてくれたかどうかはわからないが、カップの縁ギリギリまで入れてくれる。
「へい、お待たせ! お代は50ベルだ!」
「安っ! いや、値段までサービスしてくれなくていいぞ」
「はっはっは、何言ってんだ! 定価だよ、ほら!」
男は剥がれかけていた看板を指で押さえる。確かに50ベルで間違いないようだ。
安さに驚きつつも銀貨を払い、カップを受け取った。
「……驚いたね、かなり安いじゃん!」
「ああ、通りで子供たちが普通に並ぶわけだ」
話しながら、緑色の粒を一つ口に運んでみる。これはフルーツの味、恐らくマスカットか?
かなり弾力があるが、歯をたてるとプチンとちぎれる。自然な甘さでなかなか悪くない味だ。
「美味しいね、こっちはリンゴ味だ。んっ、こっちはレモンかな? 見た目も可愛いし気に入っちゃった!」
「手も汚れないし、悪くない。こんなに安いならエミリアも連れてくれば良かったな」
食べ歩きしながら、他の出店もリサーチだ。俺の知っている、ジェラートやドーナツのようなものもあれば、食べたことのないものもいくつかある。
だが驚くべきはやはり値段だ。グミがたまたま安いわけでなく、ジェラートもドーナツも100ベル以下だ。
「エミリアがあんな感じだから正直心配だったが、少なくとも飢え死にはしなさそうだな」
「あははっ、確かにそうだね!」
2人だけで食べつくすのも悪いので、ゆっくりと公園を一周すると、とりあえずはこの辺で帰ることにした。
「ん? 来るときは気付かなかったが、レストランも破格の安さだな」
「ホントだ! 1000ベルもあればお腹いっぱいになりそうだよ」
ホテルの帰り道にあるレストランもよく見ると非常に安い。肉料理や魚料理でも4桁を超える金額のものはないようだ。
レストランの部屋は普通の値段、むしろハレミアより高いぐらいであった。物価全体が安いわけでは無く、あくまで食事だけのようだ。
「うーむ」
「フリードさん、どうしたの?」
「いや、ちょっと考え事だ」
「さては、何を食べようか悩んでるんでしょ!」
「……ああ、そうだな」
……普通に考えておかしい。こんなんじゃ食事関係の仕事をしている人間は生活できなくないか?
美食の国、ビストリア。どうやら華やかなだけの国じゃなさそうだな。




