第95話 家族団欒
オレは父親とも合流し、狭い実家で皆と夕食を取ることにした。
……オレたち7人と両親を合わせた9人に実家はやや狭すぎるな。
「それにしても、酷いな。フリードが死んだなんて嘘をついていたなんて」
「うふふっ、その方が帰ってきたときびっくりすると思って♡」
母親は親父に詰問されるが、少女の姿で可愛く微笑む。まったく困った両親だ。
「おっと、自己紹介が遅れたな。オレは可愛い息子フリードと勇壮な娘ステラの父親、ブレンダンだ! 一部の人にはもう見せたが、カラスに変身する魔法『深山烏』を持っている」
子供の評価が逆な気がするが、親父の自己紹介も終わったところで騒がしく食事が始まった。
「フリード、酒は飲めるんだろ? オレと飲むぞ!」
「……わかった」
父親からサシ飲みの誘いを受ける。男2人で家の隅っこの方で酒を飲むことにした。
「……で、誰がお前の本命だ? 父親に教えてみろ!」
「うるさいな」
15年ぶりに会って聞くことがそれか?
「久々に会ったんだ、そう邪険にするな。誰だ、誰だ? メイドか、お嬢様っぽいのか? ……まさか、あの幼い角の生えた子か!」
「お前と一緒にするな、ロリコン」
永遠の17歳と結婚した人間に言われたくないものだ。
「んな、父親に向かってなんて口の利き方だ!」
「からかうからだろ。あの子たちはどちらかというと子供みたいな感覚だ、変な感情はない」
「……そうか、オレと同じでお前も母性に溢れているということか」
なんか遠い目をしているが、男2人に母性という言葉は最適なのだろうか。
「オレはこうやって酒を飲めるのを夢見てたんだ。ママはずっと未成年で酒が飲めないからな」
「……別に飲んで良くないか、実年齢は39歳なんだから」
「めったなことを言うな、さあオレの酒を飲め」
空いたオレのグラスにどんどん酒を注いでくる。オレも父親のグラスに酒を注いでやる。
話をしたいと言いながら、それ以降は口数が少なくなり、酒だけが減っていく。
「ちょっとパパ〜? 久しぶりに会ったんだから私もフリードちゃんとお話ししたいな〜」
「おっと、そうだな。よし、じゃあオレはステラと話でもするか」
どうやら役者交代のようで、父親が退いた席に今度は母親が座ってきた。
「はい、さっきからお酒ばっかりで全然食べてないみたいだったから、お皿に盛ってきたわ」
オレはお皿に山盛りのサラダを渡される。
……少しお腹も膨らませるとするか。
「ステラ、今日はパパと一緒にお風呂に入るか」
「嫌です! だっていっつもお髭じょりじょりしてくるもん!」
……何やってんだ、あの親父は。
何も聞こえなかったことにして、母親の話を聞くとしよう。
「それにしても安心したわ、元気そうで」
「年に1回は手紙を送っていただろ?」
「でも、やっぱり顔が見たいわよ。愛する息子だもの」
「……そうか」
「本当に立派になったわね、あんなに小さかったのに……。ご飯はちゃんと食べてそうね、病気とかはしてなかった?」
「ああ、大丈夫だ」
なんとも、久しぶり過ぎてどう相手をすればいいかわからないな。当たり障りのない返答しか出てこない。
「ああ、やっぱり心配だわ。たまには私も王都に行こうかしら? 好きだったわよね、私の作るパスタ。毎晩作ってあげるわ」
「15年前の話じゃないか、それは。心配はいらないって。オレは母さんの方が心配だ、親父がアレだからな」
「パパの一生のお願いだ、ステラ、一緒に風呂に入ろうよ〜」
「嫌です!」
オレは遠くで娘に媚びを売る父親を指差す。
「パパが甲斐性無しなのはいつものことだから気にしなくていいわ。こう見えて母親だから私の心配は不要よ!」
「そうか。……夕食、ご馳走様。少し夜風に当たってくる」
「わかったわ。……今夜はママとお風呂に入る?」
「いや、いい。あそこで騒いでる親父と入ってやりなよ」
似たもの夫婦か、全く。オレは酔いを醒ますために、少し家を出ることにした。
外に出ると、きれいな三日月が空に浮かんでいた。庭を囲む柵に肘をつくと、ぼーっと空を見上げる。
夜空はどこで見上げても同じ景色というが、実家から見る月の方が王都よりきれいに見えるな。
「御主人様、休憩ですか?」
「エミリアか。ちょっと酔い覚ましにな」
オレの家からエミリアも出てきて、オレの横に来ると柵に腰掛ける。
「素敵なご両親ですね、あんなに嬉しそうにして」
「久しぶりに帰ってきているから浮かれているだけだろう」
「家族に会えて嬉しそうにするのは当然ですよ!」
「……まあ、予期せぬ帰郷だったが嬉しいのは事実だがな」
いつかは帰ってこなければと思っていたが、つい延び延びになってしまっていた。半強制的に帰ってきたのは悪くなかったかもしれないな。
30分ぐらいぼーっと星空を眺める。エミリアの視線は感じるものの、それ以上は特に何も言ってこなかった。
「大分酔いも醒めた。家に戻ろう」
「はい!」
「ははーん、フリードよ、なるほどねえ……」
家の方を向くと、窓からクソ親父が覗いていた。窓をバタンと勢いよく閉じると、玄関から家の中に入る。
*
ささやかな食事会が終わり、皿の片付けもつつがなく終わる。
やや狭い場所で、ギルドメンバーがくつろいでいる。
「フリードちゃん、どうしましょう〜。こんなに人が多いと寝る場所がないわ」
「オレはソファーでいい。親父はカラスの姿で外で寝ればいいだろう」
「パパはともかく、愛する息子にそんなことはできないわ」
「ちょっと、ママ! オレもフリードと寝たいぞ!」
「なんでだよ、1人で寝ろ」
「ええ〜? じゃあステラ、パパと一緒に寝るか?」
「嫌です!」
「そんなぁ〜」
……漫才じゃないんだぞ。
他の者はオレたちのやり取りを見てくすくすと笑ってる。やり辛いな、まったく。
「そうだフリード、『錬金術』でベッドを出してくれ。その後オレがカラスに変身するから、羽毛を全て抜いて布団を作れ」
「一晩だけで体を張らなくていいから」
結局今夜は家族とその他に分かれて寝ることになり、オレたち4人は夫婦の部屋、残りのギルドメンバー5人は元子供部屋で夜を過ごすことになった。
両親に挟まれて、オレとステラが並んで寝る。もう22歳なんだがな、オレも。
「えへへ、こんな日が来るなんて嬉しいです!」
「私も嬉しいわ〜。ねえ、フリードちゃん?」
「ああ、そうだな」
「もう、何よ〜。嬉しいなら、もっと態度で示しなさいよ〜」
母親は、オレの腕に体をぎゅっと押し付けてくる。何故かステラも逆側から体を押し付けてきて実に息苦しい。
「2人とも、苦しいんだが」
「えへへ、ごめんなさい」
「えへへ〜」
笑って誤魔化される。なんなんだ一体。
「ちょっと、パパを放置しないでくれ。折角家族で寝てるんだから!」
「お父様、体を押し付けないでください!」
電気を消しているので見えないが、どうやらステラに押しのけられたようだ。おっさんのすすり泣きが聞こえてきた。
「パパ、ごめんね♡ 今日だけはフリードちゃん優先よ」
「うーん仕方ない! 今日は我慢だ!」
物分かりがいい親父だな。
「フリードちゃん、よく聞いて。ギルドマスターになったんだから、あの子たちを泣かせちゃだめよ」
「わかってる」
「絶対よ?」
暗がりの中、オレの掌を探し出すと、小指と小指で握手する。これはハレミアで子供同士がやる、約束を守るというおまじないだ。
「ああ、約束する」
珍しく親っぽいことを言っている気がするので、小指に力を入れると強く答える。17歳の母親の嬉しそうな息が聞こえてきた。
「パパとも約束だ! 女を泣かせるような奴は男の屑だぞ!」
さっきまで泣いていたおっさんも、ステラ越しに手をオレに回してきた。年相応にごつい手に触れ、父親とも約束を交わす。
「じゃあ、明日早いからオレは寝るぞ」
「は〜い♡」
親父の気色悪い返事が聞こえ、その後にすぐ寝息が聞こえてきた。
「お休み、フリードちゃん」
母親もステラも、すぐに寝てしまったようだ。
約束も交わしたことだし、オレも寝ることにしよう。




