第94話 実家へ
オレたちは商人護衛の任務で、馬車に乗りビストリア国境へと向かっていた。
「ほう、国内でサボテン料理ですかな?」
「ああ、肉厚で植物とは思えないほどだった。ボリュームたっぷりでおすすめだ」
「仕事が終わったら調べてみるとしましょう。……ではフリード様、北の方で取れる、蜜柑を主食とする鳥の肉は食べたことはおありですかな? 味をつけなくてもほんのりと柑橘系の香りがして実に上品な味がしますぞ」
「なんだと? まだそんな食べ物がハレミアに……!」
オレはすっかり商人オーティスと意気投合していた。どうやら彼も美食家であるらしく、各地の名物料理の話で盛り上がっている。
「新しい情報はちゃんと記録しておかないと。ビストリアで使おうと思っていたメモ帳がここで役に立つとはな」
「御主人様、わざわざメモまで準備していたのですか……?」
国内の料理の情報を鉛筆でメモしていく。これは仕事が終わって帰った後も退屈はしなさそうだ。
「オーティス様、そろそろ目的地です」
「おお、もうそんな時間か。話していると時間を忘れてしまうな」
馬車を操っていた別の商人がオーティスへ声をかけている。どうやらどこかに近付いた。
「……? まだ出発して数時間だぞ。太陽もまだ高いし休憩には早くないか?」
国境までは2日ほどかかるはずだ、あまり休憩している暇もないと思うが。
「失礼、伝えるのが遅れましたな。実は途中の村で取引の用事がありまして、少し寄り道をさせていただきたい」
「……なるほど。わかった、付き合うとしよう」
どうやら商談があるらしい。大したことはなさそうだが、護衛としてしっかり付き従うことにした。
「ちなみに、どんな取引なんだ?」
「メノイ村というところで、絹の取引の予定ですな」
「……!」
まさか、メノイ村だと? こんなタイミングで来ることになるとは。
「御主人様、どうしたんですか?」
「メノイ村は、私とお兄様の出身地です!」
エミリアの問いかけに、オレの代わりにステラが応える。
「出身!? では、ご両親がいるという事ですか?」
「……ああ、そうだな」
「それはよろしいですな。村を発つのは明日の朝にしようと思っていたところなので、家族と過ごしなさるといい」
商人からも促されてしまった。
「皆さん、私の両親を紹介します!」
「……はあ、仕方ないな」
こんな展開は予想していなかった。あんまり人に見せたくないが、腹をくくるとしよう。
馬車の窓から、懐かしい村の風景が見えてきた。
*
「ではフリード殿、明日の朝、ここで集合としましょう」
「わかった、それでは」
村に着くと、オーティスは早速商談に行くようだ。一旦別れ、明日再び出発することにする。
「御主人様の両親ってどんな方なんですか?」
「……もう15年も帰ってないからな、オレの記憶なんて当てにならない」
「お母様もお父様も、とっても優しいんです!」
ステラは冬に一度帰っているからオレよりは参考になるだろう。まあ、過保護なだけで変な親ではないと思うが。
「見えてきました、あそこが私たちの家です!」
村を外れまで歩いてきたところで、ステラが指差した。15年前と変わらない場所にあるが、やや小さく感じるのはオレが成長したからだろうか。
「村のはずれに家があるんですね」
「……仲間外れにされているわけじゃないぞ。親父が山で仕事してるだけだ」
まだ昼だから多分仕事に行っていると思うが、母親は家の中かもな。とりあえず、入ってみるとしよう。
「お母様! ステラです、今帰ってきました!」
ステラが玄関を開け、中に入っていく。
……どうやら、2人とも留守のようだ。田舎とは言え鍵は掛けた方がいいと思うが。
ステラは大して広くない家の中をキョロキョロと探している。
「不在みたいですね、どうしますか?」
「7人入るにはちょっと狭いが、他人でもないし中で待っておくか」
オレはそう言って中に入ろうとしたところで、後ろから声をかけられた。
「皆さん、何をしてるの? そこは私の家よ?」
……この記憶の奥をくすぐる声、やはり以前から全く変わっていないようだな。
「……え!? もしかして、その赤髪……!」
「あっ、お母様! ただいま帰りました!」
これが親の能力だろうか、約15年ぶりだというのにオレのことに気付いたようだ。ステラも玄関にいる親に気付き、母親の胸に飛び込んだ。
「母さん、その、久しぶり」
「ああ、フリードちゃん! 良く帰ってきたわ……!」
「……その呼び方はちょっと」
母親はそう言うと、オレの胸に縋りつく。ステラをサンドイッチしたような格好になった。
「えええええっ!?」
傍にいた他の者が驚きの声を上げる。まあ、そうだろうな。
「……? 皆さん、どうしたんですか?」
「だって、どう見ても子供じゃないですか!」
「正真正銘、オレの母親だ。『永遠の17歳』、それが母親の魔法だ」
ステラごとオレに抱き着く母親は、まるで少女のようであった。
*
とりあえず、話の続きは家の中ですることになった。4人掛けのテーブルに無理やり人を詰め込むが、何人かは立ち話になりそうだ。
「改めて自己紹介するわね。私はセレナ・ヴァレリー。フリードとステラの母よ」
「はあ……」
母親が自己紹介するが、他の者はまだ呆気に取られている。見た目はルイーズやフラウと同じぐらいなので、違和感がるのは仕方ない。実年齢は39歳なのだが。
「それにしても、本当にびっくりしたわ〜。まさか突然フリードちゃんが帰ってくるなんて。しかもギルドマスターになって、こんなに可愛い子たちまで連れてくるなんて〜。娘が増えたみたいで嬉しいわ」
母親は興奮冷めやまぬ感じで、言葉をまくしたてる。娘みたいな見た目で言われても、って感じだな。
「あっと、こんなことしてる場合じゃないわね、この大人数じゃ夕食が足りないわ」
「食事の支度なら私も付き合います!」
夕食の準備の為に、いまから買い物に行くようだ。エミリアが付き合ってくれるようだが、1人ではあれなのでステラも付き添いでついて行ってもらおう。
3人を見送ると、机に座っておとなしく待機しておくことにする。
「それにしても、可愛いお母さんだね!」
「母親を褒められても困るのだが」
「とても優しそうな方でしたわ」
「まあ、そうだな……」
よく考えれば、うちのギルドは両親が揃っている奴が少ないな。
あんまり親を見せつけるのはどうなんだろうか。かといって、反抗期みたいに親を突っぱねるのもな。
「おい、お前たち、人の家で何をやっている!」
「えっ、男の声? どこどこ?」
突然、どこからか男の声が聞こえる。皆が周りをキョロキョロするが、姿が見えていないようだ。
「皆、窓だ!」
デットは魔法でいち早く気付いたようで、窓の方を指差す。
「え……? カラス?」
声のする方には、小さなカラスがいた。開けっ放しだった窓枠に止まって、こっちを見ている。
カラスは家の中に入ってくると、姿を変え男に変身する。昔より髭も生えて少し老けているが、この魔法は間違いない。
「親父、久しぶりだな」
「何だ貴様! オレを親父と呼んでいいのは、今は亡き息子と王都に行っている娘だけだ! ……ん? その赤髪、まさか……!」
こっそり死んだことになっていた気がするが、やっとオレの正体に気付いたらしい。
「フリード、生きていたのか……! うおおー! 我が息子よーっ!」
「うおっ! ……髭をじょりじょりさせんな」
父親は突如号泣し、オレを力強く抱きしめて頬擦りしてきた。
鬱陶しいな、まったく。




