第92話 次の刺客
オレは、ウォルターとジルジルの葬式の場へときていた。
コロナ教の教会へと入ると、同ギルドのメンバーが既に集まっているようだ。当然、ほとんど知った顔は居ない。
一瞬だけハルピアと目が合ったため、無言で頭を下げておいた。
聖歌と祈りの時間が終わると、献花の時間となった。部外者のオレは最後の方に前に出ると、白い花を捧げる。
棺の傍には、恐らくギルドマスターであろう男が立っている。オレはその男の傍によると、持ってきていた小さい包みを渡す。
「……? これは?」
「ウォルターの形見だ」
袋の中身は、小さなハンマーだ。男はオレに深々と頭を下げた。
*
部外者が長く居座ってもしょうがないだろう。用事が終わると、こっそりと教会を抜け出す。
だが、ギルドホームへ歩いているところで後ろから声をかけられた。
「まって〜!」
「……ハルピア。どうした?」
「わざわざ来てくれてありがとう」
「オレはお礼を言われるようなことは事は出来ていない」
「でも、ありがとうだよ」
「……そうか」
短い言葉を交わすと、再びギルドホームへ歩き始める。
ありがとう、か。結局何もできていないのにな。仲間は助けられず、肝心の少女は取り逃がす。
まだまだオレも研鑽が必要だな。
「ちょっと待て、この馬泥棒!」
……やれやれ、このオレが年に数回あるか無いかのセンチメンタルな雰囲気を醸し出しているというのに、空気を読まずに声をかけてくるものがいるようだ。
声がした方を振り返ると、第1ギルドのコスプレ部隊、シャオフーとシェレミーがいた。
「第1ギルドとあろうものが嘘を大声で叫ぶのはいかがなものかと。馬はちゃんと昨日返したが?」
王都へ帰宅するときに服ギルドマスターから借りた馬は、丁寧にブラッシングし、腹いっぱい人参を食わせ、蹄鉄の錆落としと金メッキまでして返したのだ。今更いろいろ言われる筋合いはない。
「あっ、そいつは失礼したニャ……っておい! 返したで済めば第1ギルドは要らないニャ!」
「要らないならなんだ、解散するのか?」
「するわけないだろ!」
シャオフーはどうやら済んだことを蒸し返したいらしい。まったく困ったものだな。
「ちゃんとお土産まで渡して直接セシリアに詫びたんだから、部下が口を出す必要はないだろう」
オレは詫びとして、王都で最も人気のあるスイーツ、『十種果実のラグジュアリーフルーツタルト』を5時間並んで買っていった。
このスイーツは味を安定させるためにどの季節でもわざわざ温室で獲れたフルーツを使い、その為に値段は6万ベル、個数も一日3個限定の幻の一品なのだ。
やはり、女性に謝るときには甘いものが一番だ。ルナちゃんも本を借り過ぎて怒っているときに、スイーツを持っていくと許してくれるからな。セシリアも渡すときは無表情だったが、内心ハイテンションだったに違いない。
「確かにあれはめちゃくちゃ美味かったニャ! でも、セシリア様の優しさに甘えてつけあがるのは許せんニャ!」
……お前が食べたのかよ。
「分かった、これをやるから許してくれ」
「なっ!? こ、これは……!」
オレは手から金を生み出し、それを人の形に変えていく。ほんの数秒で、1/8スケール純金製セシリア人形が完成した。
「ニャンと、こんなところまで作りこんでいるなんて……! この変態!」
シャオフーは受け取った人形をひっくり返して感想を述べている。いいのか、部下がそれで。
「ちょっと、シャオフー隊長! そんな簡単に買収されてはだめです!」
「シェレミーにはこいつをやろう」
「なっ!? こ、これは……!」
オレは同じように純金で1/8スケールのシャオフー人形を作ると、シェレミーに手渡しする。
「くっ、何て良い出来なんだ!」
「そんなにジロジロ見られると恥ずかしいニャー!」
やれやれ、何とかごまかせたな。夢中になっているうちにとっとと帰るとしよう。
オレは再びセンチメンタルな雰囲気を醸し出すと、足早にギルドホームへ帰ることにした。
*
「今帰ったぞ」
「お帰りなさいませ、御主人様。お葬式はどうでしたか?」
「皆の表情を見て、自分のふがいなさを痛感した。まだまだオレも未熟だな」
「そんなことは……」
エミリアと軽く会話を交わすと、自室に戻り窮屈なフォーマルウェアを脱ぎ、いつもの服装に着替える。
自室から再び1階へ戻ると、いつの間にかステラがロビーに座っていた。もうお昼前だが髪がぼさぼさなので、さっき起きたばかりなのだろう。
「お兄様、おはようございます……」
「なんだ、その姿は。休みの日だからと言ってだらだらするな」
まったく、他の者は仕事をしてくれているというのに、我が妹ときたらまだまだ子供だな。
オレも椅子に座ると、エミリアが昼食を持って来てくれた。軽めのものが食べたいというリクエストに応えて、サンドウィッチを出してくれる。
早速食べ始めるが、ふと気づくとオレの様子をじっとステラが見つめていることに気付いた。
「……なんだ、そんなに見つめて。悪いがこれはやらないぞ」
「いえ、この前の依頼を思い出していました! 吸血鬼と戦った時の事です」
どうやら物思いにふけっているようだ。
「なんだ、オレが大して活躍できなかったことか。残念だったな、兄の立派な姿を拝めなくて」
「でも、私が亡者に襲われたとき、吸血鬼を無視して先に助けてくれたから……」
ステラはえへへ、と笑っている。いつも助けている気がするが、それが嬉しかったらしい。
……でもまあ、妹を守れただけで充分なのに、他の者も守りたいなんて贅沢かもしれないな。
「……よし、御馳走様。気を取り直して、仕事でも探してくるかな」
「お兄様、私もついて行きます!」
「構わないが、まずは顔と頭をシャキッとしてきなさい」
「はい!」
ステラは椅子から飛び降りると、小走りで洗面台へ走っていった。
……子供は気楽でいいよな。オレも見習うべきだろうか。
*
竜の奉られた禍々しい神殿。この中で、2人の男が会話している。
「まさか、ミュゼーまでやられるとはな」
「流石に第1ギルド相手では分が悪かったようです」
アーカインの問いかけに、ユリアンが恭しく答える。
「……して、アリスはどこに行った?」
「この神殿の地下に閉じ込めています。しばらく暴れていましたが死体を30体ほど持って行ったので、今は満足しておとなしくなっています」
「そうか、無事ならばよい。……早く竜の体を集めなければな」
話を続ける2人だが、そこにまた別の者が現れた。手にはリュートを持った吟遊詩人風の男だ。
「お久しぶりでーす、アーカイン様、ユリアン君」
「……ピエーリオ、何の用だ?」
ユリアンの問いかけに、ピエーリオはリュートをポロンと一度だけ鳴らす。
「分かっているだろう? 僕の潜入しているウイスクの"竜の頭骨"を奪ってきたから、こうして戻ってきたのさ」
「……本当か?」
「ああ、僕の魔法で1年かけて聖女様を洗脳して、やっと手に入れたよ。まだウイスクに隠してあるから、運ぶためにユリアン君の力を借りたいね」
「すぐに行こう」
ユリアンはローブを深く被ると、すぐに行動に移ろうとする。だがピエーリオは、まだ言葉を続ける。
「アーカイン様、僕はこのまま聖女を操ってメルギスとの戦争を誘導しようと思うんだ。上手く共倒れになればメルギスの竜の体も手に入る」
「バルゼロもハレミアに欲を出した結果、命を落としているぞ」
ユリアンが忠告をするが、ピエーリオは笑っている。
「ふふん、ユリアン君、あんな無能と一緒にしないでくれ。僕は後ろから操るだけ、前線に出るなんて馬鹿な真似はしないさ」
「わかった。ピエーリオ、好きに動くがいい」
「必ずや期待に応えましょう。……ユリアン君、行こうか。まずは確実に"竜の頭骨"を手に入れておこう」
そう答え頭を下げると、2人は神殿を後にした。




