第90話 吸血鬼
オレは赤いローブの女と対峙している。首を落としても死なない相手に対して、どうすべきか……。
作戦を考えていると、先に相手が仕掛けてきた。こちらに飛び掛かってくる。
「ぐっ……!」
オレは剣で相手の腕を防ぐが、鉄の剣は容易く曲がってしまう。
これは人間の力ではないな、『超人型』の魔法か?
オレは剣を手放し、新たに鉄の剣を生み出すと、突き出された相手の腕を狙う。
「くそ、固いな……!」
「ふん、私の硬血化で、もうあんたの魔法は通用しないわ」
完全に腕を捕らえたと思ったが、刃が全く通っていない。
相手の腕は真っ赤に染まり、硬質化していた。体を硬くすることもできるようだな。
「今度はあんたの腕を頂くわ!」
女は反撃とばかりに、オレの腕を鷲掴みにする。肌の表面に鉄を生み出すが、女はそれごと腕を握りつぶしてきた。パキリと嫌な音がする。
「痛った!」
「あっはっは、脆いわね! 手足をへし折って亡者のエサにしてやるわ!」
振りほどこうとするが、圧倒的な力でまだ腕にダメージを与えてくる。
まずいな、少し距離を取らないと。
「痛……!」
突然女が痛みに顔を歪め、腹を押さえる。女の後ろにいつのまにかステラが移動しており、背中から腹まで貫通するようにレイピアが刺さっていた。
相手の腕の力が抜けたので、さっと距離を取る。
「お兄様、大丈夫ですか!」
「このガキ……!」
女はレイピアが刺さったまま後ろを向くと、ステラを捕らえ首筋に噛み付いた。
「動けなくなるまで血を吸ってあげるわ!」
だが、ステラの姿は煙のように消えてしまう。これはステラの分身魔法『二つの真実』だ。もう1人のステラはさっきからオレの後ろにいる。
「……!? 分身魔法? 生意気ね」
腹からレイピアを抜くと、傷が塞がっていくのが見えた。
レイピアを顔に寄せると、それに付いた血が彼女の口へと吸い込まれていく。
「やっぱり自分の血じゃ駄目ね、高揚感が無いわ」
「……お前の魔法は血を操るのか?」
「少し違うわね。私は血を吸う魔人を身に宿す魔法、『吸血鬼』。自身の血を操るのは能力の一つにすぎないわ」
相手は自分の魔法をネタ晴らしする。バレても負けるとは思っていないようだな。
「そろそろ降伏したらどう? あんたの魔法が通用しないことはわかったでしょ?」
「……馬鹿を言うな」
「お兄様、でもその腕じゃ……!」
「関節がちょっと増えただけだ」
オレの腕は変な方向に曲がっていて、見るだけでも痛々しくなってしまった。
「仕方ない、もう少しだけオレの魔法も見せてやろうか?」
オレは無事な方の腕で、折れた腕をゴリゴリと力づくで真っ直ぐにする。さらに、骨の主成分であるカルシウムを操り、折れた骨と骨を結合させていく。
「なっ!? 腕が、修復したですって……?」
「お前が血の支配者ならオレは金属の支配者"錬金術師"だ。カルシウムも金属だと知っていたか?」
「お兄様、かっこいいです!」
『錬金術』は金属なら体内でも操ることが可能だ。
厳密には骨はカルシウム単体ではないが、化合物状態でも操るだけなら訳はない。
まあ、傷ついた筋繊維や神経までは治せない為、半分はったりに近いな。
「……これは時間がかかりそうね。アリス、先に移動しておきなさい! こいつらならともかく、他の追っ手まで来たらまずいわ!」
「わかった、ミュゼーおばさん、あとよろしくね。亡者たち、ここに残って足止めして!」
亡者を操る少女はアリスというらしい。さっきまで動かなかった亡者たちに命令すると、その場を逃げ出した。
まずいぞ、少女の方を止めなければ意味がないというのに。
「ぐおおお!」
「お兄様、亡者が!」
「……!? ウォルター、ジルジル!? そんな……!」
亡者の群れを見て、空で待機していたハルピアが驚いた声を上げている。オレはその2人と面識はないが、まさか亡者の中に仲間がいるのか?
「よそ見してる場合じゃないわよ!」
「くっ!」
吸血鬼がオレに再び襲い掛かってくる。亡者はともかく、こいつをどうにかしないとな。
硬質化した両手でラッシュをかけてくる。応急処置しただけの、実質片腕では防ぐのがつらい。
「がああ!」
亡者も容赦なく同時に襲ってくる。オレの背中に回り、挟み撃ちのような格好になる。
くそ、能無しのくせに知的な作戦だ。
「……!」
後ろの亡者たちに剣を振るうが、ぬかるんだ地面に足を取られ、バランスを崩す。
「貰ったわ! 骨を折るのが難しいなら、今度は血を吸ってあげるわ!」
「危ない!」
吸血鬼は大きく口を開け、攻撃を防いでいたオレの腕目掛けて顔を突っ込んできた。肌に歯を突き立て、血を吸い始める。
「……!? 臭っ!」
「残念、それは亡者の腕でした」
たった今切り捨てた亡者の腕を咄嗟に盾にする。質感は同じだったのでそのまま血を吸ってしまったようだ。
オレはさっきのことを思い出す。こいつはわざわざ自分の首を拾っていた。切られても勝手にくっつくという訳ではないだろう。
つまりは切り落としは有効だという事だ。この隙にもう一度それを狙う。
「喰らえ、『揺さぶるもの』!」
「……! なんだ、頭が……!」
「あっ、それさっき拾ったやつ!」
オレは脳震盪を起こす魔法で、相手の体を叩く。吸血鬼相手にもしっかり通用するようだ。
今度は硬質化を貫けるように、鋭さではなく重さを意識する。鉄を斧の形に変化させ、頭を押さえうずくまる吸血鬼に、重さを乗せた一撃を叩きつける。
「つあっ! お、おのれ……!」
「くそっ、腕だけか!」
相手はギリギリで硬質化した腕を頭にかざしたようだ。腕は叩き落したが、頭まで割るにはパワーが足りなかった。
だが、まだこっちが有利だ。斧を捨て、もう一度別の斧を生み出す。
「お兄様っ!」
「ステラ!? まずい!」
後ろを見ると、いつの間にかステラが亡者たちに襲われていた。2人に分身して時間を稼いでいるが、亡者の数の暴力に押し切られそうになっている。
オレは有利を逃さない為に、陽動を兼ねて叩き落した腕を亡者の群れに投げ込む。
「……! 私の腕を!」
怒りの声を上げる吸血鬼を無視して亡者の群れに突っ込むと、動きの遅い集団の首を次々に叩き落とす。
「ステラ、大丈夫か!」
「ううう……! だ、大丈夫です」
ステラの小さい体を抱きかかえると、足にスプリングを生み出し、亡者の群れから飛び出す。
どうやら大した怪我はないようで一安心だ。
「……なかなかやるわね、錬金術師! その腕は貸しにしといてあげるわ!」
「返すつもりは無いがな」
吸血鬼は脳震盪が収まったようで、失った腕を押さえて立っていた。オレは怪我したとはいえ、腕はまだくっついている。まだこちらが有利のはずだ。
「もう十分時間は稼いだわ、ここは引かせてもらう」
「……! 逃がすか!」
「お兄様、亡者が!」
オレたちに背を向け逃げ出した吸血鬼を追おうとするが、亡者が行く手を阻む。
『吸血鬼』の魔法によって強化された身体能力は逃げるのにも役に立つらしい。脱兎の如く逃げ出し、雨と暗くなってきた空に紛れて一瞬で見えなくなってしまった。
「逃がしたか。とにかく先に亡者をどうにかしよう」
こうなってしまったらまずは目先の問題をどうにかするとしよう。亡者を次々に切り捨てていく。
「ちょっと、その亡者を……! ウォルターを攻撃しないで!」
空を飛んでいたハルピアが声を上げる。オレの目の前に立っていた黒髪の亡者が仲間だったものらしい。
足をひっかけ地面に倒すと、鉄の鎖を巻き付け拘束する。
「……そんな、ジルジルまで!」
もう一人の仲間もいたようだ。犬耳のついた亡者も同じように拘束する。
他の亡者は全て切り捨てた。とりあえずこの場は切り抜けたな。
*
「うっうぅ……」
ハルピアは仲間の姿を見て、泣いている。亡者になった仲間は、こちらを睨みつけ、鎖から逃げ出そうともがいている。
「ハルピア、オレはもう一度あいつらを追いかける。野放しにはできないからな」
「……」
返事はないが時間が惜しいので、置いていくことにする。馬に飛び乗ると、ステラもオレの背中に飛び乗った。
「よし、行くぞ」
戦いはまだ終わっていない。逃げていった方向へ、再度馬を走らせた。




