第89話 追跡
オレたちは衛兵たちから馬を借り、異常が発生したという村へと向かうことにした。
ステラはオレと同じ馬に乗り、背中にしがみ付いている。ハルピアは自分の魔法で飛んでいくようだ。
「ステラ、雨に濡れて風邪を引くとまずい。ローブを被っておけ」
「はい、お兄様!」
「準備は良い? よし、いくよ〜!」
3人で村の方向へと進みだす。まだ3時ぐらいだが、雨が降っていて薄暗い。
夜の雨の中で亡者の群れと戦うなど想像したくないな。早く終わらせるに越したことはない。
「ウォルターとジルジル、大丈夫かな……?」
「その2人はどのぐらいの強さなんだ?」
オレはその2人のことを知らないので聞いてみる。亡者はのろのろして武器も持たず、はっきり言って生身の人間よりも弱い印象だった。
「ウォルターはとっても強いよ〜! なんたってうちのギルドの特攻隊長だから! ゴブリンの群れも1人で追い払えるぐらい!」
「なるほど……。そうだとしたら、亡者に負けるとは考えにくいな。あいつらの強さはゴブリン以下だ」
オレの発言に、ハルピアは希望を見出したのだろうか、少し落ち着いた表情をする。
「でも、数で押されて怪我したとか、実は噛まれると亡者になるとか……。そんなことはありませんか?」
「それは本の読み過ぎだな、ステラ。実際にうちのエリザベス……生首にオレの腕を噛み付かせてみたが、無事だったぞ」
「ええ〜!? 何やってんの、馬鹿なの!?」
ハルピアはオレを発言を聞いて、罵倒する。
……馬鹿とはなんだ、この天才に向かって。
ブランディーニの紹介状があるので、死ななければいいのだ。
「……それで相手の魔法が知れたんだから、得られたものは大きい。お前は、腕を犠牲にすれば仲間を助ける事ができると言われたら、どうする?」
「うっ……」
ハルピアは黙ってしまった。オレの言いたいことが伝わったのだろう。
「いいかステラ。お前も味方を守るために、自分を犠牲にできるような漢になるんだぞ」
「はい、お兄様!」
「ええっ!? その子、男の子だったの!?」
……オレのボケを天然で潰してくるのは辞めていただきたい。そこは突っ込むところだ。
*
馬を走らせ続けて3時間ほど経っただろうか。遠くに村が見えてきた。
「……! おい、村が見えてきたぞ! あれが異常のあった村か?」
「うん、間違いない!」
どうやらここからは真面目に行くしかないようだな。馬の速度を少し落とすと、何が起きても対応できるように周囲に気を配る。
「ステラ、念のため武器を持って置け。護身用だ」
「わっ! お兄様の背中から剣が生えてきました!」
オレは後ろにしがみ付くステラが取れるように、背中から鉄の剣を生み出す。ステラはずるずるとオレの体から剣を引っこ抜いた。
ステラが扱いやすいよう、細身の剣にしておいた。レイピア風のそれは、体重の軽いステラでも刺突ならダメージを与えられるだろう。……亡者に刺突が効くかどうかは別として。
「……無人だな」
村にゆっくりと侵入するが、雨音以外に何も聞こえてこない。
適当なところに馬を繋ぐと、家々の中を一つずつ確認することにする。
「うーん、家の中にも誰もいないな。血の跡はあるから何かあったのは間違いないが」
「お兄様、人参がありました!」
「……馬も疲れているだろうし、あげてくるといい」
どうやらこの村は完全にもぬけの殻のようだ。ステラは家を出て馬の方へ走っていく。
「あたっ! いたた……」
地面がぬかるんでいるせいか、ステラは道の真ん中ですっころんでしまった。
「うう〜、服が泥だらけです……」
「大丈夫か? 地面が濡れているから気をつけろ」
「いえ、何かに引っかかったみたいです。……これは、ハンマー?」
地面には、片手で持つタイプの小さなハンマーが落ちていた。材質は不明だが、頭の部分は赤く蛇腹状になっており、おもちゃのように見える。
「それは、ウォルターの『揺さぶるもの』だ!」
「これが魔法か? ちなみにウォルターの魔法は創造型か?」
「え? え〜と、確か創造型で合ってるはずだよ」
『創造型』だと魔法の持ち主が死んでも形は残るから、これだけで生死の判断はつけられないな。だが、魔法武器を創造したという事は、やはりここで戦闘があったのは間違いないようだ。
「まるでおもちゃみたいです! えいっ……うわあああぁっ!?」
「どうした、ステラ!?」
ステラは拾ったハンマーでピコッと自分の頭を叩くと、突然うめき声をあげた。
「いえ、頭がくらくらして……」
「ちょっと、その『揺さぶるもの』は少し殴られただけで確実に脳震盪を起こす危険な魔法だよ!」
何という恐ろしい魔法だ。オレはステラが落としたハンマーを拾うと、自分の掌をピコッと叩いてみた。
「うわあああぁぁっ!」
「ちょっと、君たち馬鹿兄妹なの!?」
「いや、魔法のことを知ろうとしてだな……」
どうやら頭以外を叩いても脳震盪を起こすようだ。オレはハンマーの頭の部分を布でくるむと、懐にしまう。
大事な手がかりだから、ちゃんと持っておかないとな。
*
村中を調べまわって約1時間。結局、それ以上の手がかりは出てこなかった。
「どうやら、亡者も君の仲間もここにはいないようだな」
「そんな、どうしよう〜!」
「そう気を落とすな。雨のおかげで地面がぬかるみ、足跡が残っている。これを追ってみよう」
村の中央には足跡が大量に残り、それが村を出るように外に続いている。
中には裸足と思われる跡もある。雨の中、裸足を気にしないのは亡者ぐらいだろう。
「馬も休憩できたし足跡を追おう。降り続く雨の中でまだ足跡が残っているという事は、最近までここにいた可能性が高い」
「分かった、行こう!」
再び馬に乗ると、足跡を追って村を飛び出した。
もう夕方と言ってもいい時間帯だ、早くケリをつけたいところだ。
「! あれは……?」
遠くの方で、こちらに背を向けて歩く集団が見えた。雨の中、皆で陽気にお散歩、なんてありえないだろう。
目的の亡者たちで間違いない。
「ステラ、警戒しろ」
「は、はい!」
馬を全速力で走らせ、ぐんぐんと接近する。
近づくにつれて、敵の詳しい様子がはっきりと見えてきた。よろよろと歩く集団は間違いなく亡者だが、最後尾にはしっかりとした足取りで歩く、赤いローブを被った者がいた。
あいつが魔法使いか?
「ステラ、馬を頼む。しっかりとオレの姿を見ておけ」
「え? お兄様!」
オレは手綱をステラに渡し馬から飛び降りると、ローブ姿の者に接近する。大分弱まった雨だが、オレの走る足音を隠してくれる。
「……ん?」
ローブの者がこちらに気付いた瞬間、オレは生み出した鉄の剣で首を叩き落した。
しっかりとした手ごたえがあり、ローブごと頭が転がる。
「何事!?」
……もう1人魔法使いがいたか。亡者たちが足を止めると、その集団を先導していたらしい少女が、群れを掻き分けこちらに顔を見せた。
「うわっ、ミュゼーおばさんの首が!」
少女はこの場にそぐわないとぼけた声を出した。
亡者がまだ動いているという事は、死体を操る魔法はこの少女のものだったか。
「お兄様!」
「だ、大丈夫〜!?」
ステラとハルピアがオレの元に近づく。
この子が亡者を操る魔法の持ち主なら、個人の戦闘能力は無いはずだ。亡者だけなら十分勝機はあるな。
「ちょっと、いきなり首を落とすなんてひどいわね」
「……!? 生きてるのか」
落ちた首が、オレの後ろで突然声を上げた。
「これぐらいで死ぬと思った?」
「普通は死ぬと思うがな」
オレがさっき殺したはずの者は、首が無いまま体が動き出し、落ちた頭を拾い上げる。それを元あった位置に当てると、体と頭が再びくっついた。
金色の目を持つその女は、元通りの頭でニヤリと笑い、鋭い牙を見せる。
「また新鮮な血が味わえそうね」
女は身構え、オレたちと戦うつもりのようだ。相手の魔法が分からないまま戦うのは避けたかったが、仕方ない。
「お兄様……」
「ステラ、オレの後ろにつけ。ハルピアは空に逃げていろ」
「わ、わかった〜!」
ハルピアがしっかり距離を取ったのを確認すると、オレは手にある剣をしっかりと持ち直す。
さて、相手はどう出るか……。




