第8話 わがままお嬢様
まったく世の中には、グズが多すぎますわ!
ろくに仕事もできない使用人たちに、私と釣り合うと勘違いしている貴族の男ども!
……お母様は素敵な男性がいつか現れると言い聞かせてくれましたが、いつまでたってもそんなものは現れませんわ!
家柄も、財産も、魔法でさえ、私以下の男ばっかり!
……なぜ、そんな無能な連中が生きていられるのに、お母様は――
*
有力貴族の一つ、リシャール家。
ハレミア王国が勃興した時から存在する由緒正しい家柄である。
魔法使いの台頭とともに没落していく貴族家も多い中、領地内での事業に取組み、経済的に安定している数少ない貴族の一つである。
王都にも大きな邸宅を構えているが、当主は事業のためにほとんど家に帰ってきておらず今はその娘と使用人たちが暮らしている。
「不味い! なんですの、このスープは!」
煌びやかなドレスを着た少女が声を上げる。
「すっすみません、お嬢様!」
ガシャン、と床に白い皿が叩きつけられ、きれいな絨毯に茶色い染みが広がる。スープを持ってきたコックは、慌てて床に這いつくばり、割れた皿をかき集める。
「それにこのパン、出来立てじゃないじゃない! お店に足を運ぶだけなのに、それすら満足にできないのかしら!?」
床のコックの頭をめがけて、パンが飛ぶ。ぽこん、と頭にパンが跳ね返り、床に転がる。ややコミカルに見えるが笑う者などいようはずが無い。
「申し訳ありません!申し訳ありません!」
コックはもはや謝ることしかできていない。
「フンッ、貴方は首よ。もう来なくて宜しいですわ」
「そんな、お嬢様!」
「セバス、この男をつまみ出して。床の掃除もお願いしますわ」
「……かしこまりました、ルイーズお嬢様」
執事服をびしっと着こなした品のある初老の男――セバスと呼ばれた執事は頭を下げる。コックに近づくと肩をつかみ、引きずるように部屋の外へ連れていく。
少女はそちらに見向きもせず席を立ち、自室へと戻った。
*
「ふぅ」
私は自室へ戻るとため息をつき、ベッドの淵へ腰掛ける。柔らかい天蓋付きのベッドは、私の腰をゆっくりと包み込み沈んでいく。
……まったく、いらいらさせてくれますわ。
まだ、怒りが収まらない。拳をベッドに落とすと、ぼふっと空気が抜ける。
私は、壁に掛けられた絵を見る。品のある額縁の中には、やさしく微笑む2人の男女と、間に挟まれ笑顔を浮かべる金髪縦ロールの少女が描かれている。
両親と、幼い私が描かれた油絵だ。今は亡きお母様が見守ってくれている気がするため、気分が悪いときはそれを眺めて心を落ち着かせている。
お母様が上品でかわいいと言ってくれた髪型。私は自分の顔の横にあるロールヘアを、指で弄ぶ。毎日お母様のためにセットしている髪型は、指を離すとくるんと元の位置に戻る。
……お腹がすきましたわね。
結局、昼食をほとんど口にできていなかったため、空腹を感じる。落ち着いたら、セバスに改めて食事の準備をお願いしようかしら。
コンコンと、自室のドアを叩く音がする。
「……開いていますわ」
「失礼します、お嬢様」
頭を下げ、セバスが入ってくる。
この男は私の信頼する数少ない人間の一人だ。お母様が生きていたころから執事として仕え、他の使用人をまとめ上げていた。といっても、私がコックを追い出したので、彼が最後の一人になってしまったが。
「旦那様からお手紙が届いております」
「お父様から!?」
私は、つい嬉しい感情を顔に出してしまう。
お父様は、王都から離れた領地で事業に精を出している。具体的には、牧場経営と、葡萄酒の醸造だ。とても忙しいらしく、王都に帰ってくるのは冬の数日だけだ。
経営者としては立派かもしれませんが、父親失格ですわ!
私は、こほんとわざとらしく咳をし、手紙を受け取る。封筒を開け、中身に目を通す。
「お嬢様、手紙には何と?」
「……ふふっ、お父様ったら。寂しいから会いたいだなんて書いていますわ」
手紙を送ること自体珍しいのに、こんな気弱な内容を送ってくるだなんて。
「……どうなされるのですか」
「親が困っていたら助けるのが子の責務ですわね。セバス、馬車の手配をお願いしますわ」
「護衛はどうなされますか?」
「ギルド管理局に依頼します。すぐにでも出発したいですし、私自ら行きますわ」
善は急げがリシャール家の家訓ですわ。
私はすぐに出発の準備を始めた。