第88話 悪い予感
※今回は微グロ表現がありますので苦手な方は注意お願いします。
巡礼からの第一報が入ってから、一週間後。もし『巡礼』に行った者たちが無事であれば、今日帰ってくるはずだ。
「今日は雨ですね、御主人様……」
「ああ、そうだな」
平日の昼下がり、今日は珍しく雨だ。外に出るのがめんどくさいな。だが、こんな時だからこそできることがある。
「よし、オレは風呂に入るぞ!」
雨だからできること、それは入浴だ。
ギルドホームには風呂がついているが、その水は王都を流れる川から引き込んでいる。そのため、晴れの日に水を大量に使い過ぎると他の家に水が回らず、ご近所さんに怒られてしまうのだ。
川の水量が増える雨の日にしかできない贅沢と言えるな。
「お兄様、お風呂ですか?」
着替えを抱えて風呂に向かうと、近付いてきたステラに話しかけられる。
「ああ、雨も降ってるしな」
「じゃあ私も一緒に入りたいです!」
「……馬鹿なことを言うな、もういい年齢だろう。オレの後に入れ」
「むぅ〜」
オレは風呂場からステラを締め出すと風呂に入ることにした。冬に使いきれなかった余りの薪で湯を温める。
「ふう、やっぱり風呂は最高だな」
毎日風呂に入れないのはもどかしいが、たまに入るからこそ嬉しく感じるのかもしれないな。
「お兄様……」
「……おい、何をやっている?」
ゆっくり湯船につかっていると、ステラが入ってきた。体にはタオルを巻いている。
「パジャマパーティーの時に友達が言ってました、家族や使用人と風呂に入るのはおかしくないです!」
とんでもないな、パジャマパーティーって。何を話してるんだ、まったく。
ステラはオレにかまわず体を洗い始めた。やたらと泡立てて、頭と体を泡まみれにしている。
「なんだ、その洗い方は。そんなんじゃ全然洗えてないだろう」
まったく、見ていられないな。浴槽から出てステラの後ろに座ると、オレが洗ってやることにした。
「いいか、泡をつけるだけじゃなくて、こうやって髪の根元から洗うんだ」
「えへへ……」
「笑い事じゃないぞ、風呂の入り方も知らない様じゃ恥ずかしい。オレの妹なのだからしっかりしないとな」
「はい、お兄様!」
ステラは嬉しそうにしている。やれやれ、他の奴らは成長しているが、ステラはどうなんだ。
「実家にいる時は母親と風呂に入らなかったのか?」
「いえ、お母様はあんまり……。お父様は入りたがってましたけど」
「そうか、ちゃんと風呂の入り方も教えないとな」
体も洗ってやると、一緒に湯船につかる。ステラは広い風呂場で体を近づけてくるが、腕で押し返す。
「ステラよ、オレはお前のことが心配だ。無防備すぎる」
「だって、今まで一緒じゃなかったから……。できるだけ長い時間一緒にいたいと思うのはおかしいことですか?」
「おかしくはないが……」
そう言われるとステラの方が正しいような気がしてくる。自立してほしいと思うのはオレの勝手な押し付けなのか?
その答えを知っているものは、うちのギルドにはいないだろうな。
*
風呂を上がり、体についた水滴を拭いていると、扉越しにエミリアが声をかけてきた。
「御主人様、お客様が見えてますよ」
「どんな奴だ?」
「白い羽の生えた女性です」
どうやら客はハルピアのようだ。急いで体を拭き向かうことにする。
「悪い、待たせてしまったな。何の用だ?」
「あっ、フリードさん。今日はウォルターとジルジルが帰ってくる日なのに、まだ何も音沙汰が無くて〜!」
どうやら、オレの悪い想像は当たっていたようだ。
「わかった、第2陣の調査隊は?」
「第1ギルドが人を集めて出発準備をしてるけど、早くても夜に出発だって〜。お願い、力を貸して!」
少しでも早く出発したくて、オレを頼ってきたのだろう。『巡礼』の結果を警戒しているのは、第1ギルド以外には恐らくオレだけだからな。
「すぐに準備をしよう」
もしかしたら、まだ生きている可能性もある。可能性が少しでもあるなら、行動をすべきだな。
一旦自分の部屋に戻り、外出用の服を着る。ふと部屋の隅を見ると、亡者の生首がいつものように口を動かしていた。
「……お前をそんな姿にした魔法使いだと良いがな」
亡者は言葉を発しないが、『こんな姿にしたのはお前だろ!』と言っているような気がした。
「よし、準備完了だ」
服を着終えると、再び下へ向かう。すると、いつの間にかステラも服を着替え終わっていた。
「お兄様、私も行きます!」
「外は雨だし、それでなくても危険な場所へ行くんだ、止めておけ」
「でも、やっぱり一緒にいたいです!」
「ちょっと、早く出発したいんだけど!」
ハルピアが急かすが、ステラは簡単に説得できなさそうだ。仕方ない、オレが守ってやるしかないな。
「わかった、オレとステラで行く。ステラ、オレの側を離れるなよ」
「はい、お兄様!」
「御主人様、雨なので風邪にお気をつけて!」
エミリアが見送りの言葉を口にする。風邪以外に気を付けるべきことがある気もするが、とにかく出発だ。
「私は空を飛べるけど、2人はどうするの〜? 道が舗装されてないから馬車は使えないわよ」
「衛兵に知り合いがいる、馬を借りていこう」
久々に衛兵隊長ハンスを頼るとしよう。まずは王都の衛兵詰め所に向かうことにした。
*
『巡礼』で異常の発生していた村。その中には、大量の亡者がはびこっていた。
「うわああぁぁぁ!」
「やめてぇぇぇっ! 私の体、食べないでぇぇっ……!」
雨音の中、広場に横たわる2人の男女に亡者が群がり、生きたままの2人の体を食い破っていた。
腕や足に噛み付き、引きちぎり、咀嚼する。見るもおぞましい光景が広がっていた。
「あっはっは、たっぷり血を吸ったから体も動かせないわね! ホント、可哀想!」
2人の様子を、屋根の上に座り眺める者がいた。竜の復活をたくらむ者の1人、ミュゼーである。
「まったく、アリスが村人を全部亡者に変えるせいでろくに血も飲めなかったけど、たまたま旅人が近づいてくれて助かったわ」
ミュゼーは少し愚痴るように独り言を言う。
「さて、そろそろこの村から移動したいけど、肝心のアリスはどこに行ったかしら?」
ミュゼーが立ち上がり、周りをキョロキョロと見渡す。
「こらっ、人間の手足を食べたらダメって言ったでしょ! 体が失われると家来になったとき弱くなるんだから!」
「あっ、いたいた」
目線の先には、少女が亡者たちを説教する姿が映る。亡者たちはぴたりと動きを止め、少女の方を見ていた。
少女は10歳にも満たない見た目で、黒いドレスを着ていた。髪は長く、黒髪を腰の辺りまで伸ばしている。
「うわ〜、血まみれで汚〜い。やっぱり人間って醜いな〜」
少女は手足のボロボロになった男女を見下ろす。2人は既に絶命していた。
その死体の額に手を当てると、うめき声をあげながら立ち上がった。失われた手足は復活したように見えるが黒ずんでいる。
「う〜ん、やっぱり手足が汚くなっちゃった」
「はあ、相変わらず化け物じみた魔法だわ。死体を操り家来にするんだから」
ミュゼーは屋根から飛び降りると、アリスの元へ近づいた。亡者は新たに登場した人間に襲い掛かろうとするが、アリスの一声で動きを止める。
「ダメでしょ、このおばさんを襲ったら! また体をバラバラにされちゃうよ?」
「おばさん……? まあいいわ、アリス。そろそろ移動するわよ、この村にも用はないでしょう」
「うん、皆死んじゃったしね!」
アリスは嬉しそうに返事をすると、亡者たちに命令を下した。
「よし皆、次の村を探そう! この醜い世界を、永遠に生きる亡者の楽園にしてあげるんだから!」
「……楽しそうなことで」
2人はぞろぞろと亡者を引き連れ、村を後にした。




