第86話 少女たちの初仕事
「ぐわぁっ! 馬鹿な、王都で32件の食い逃げを行い15万ベルの懸賞金をかけられた俺様が、こんな奴に……!」
オレは、無事に依頼を受けた賞金首を捕縛することができた。簡単な仕事だったので、午前中に終わってしまったな。
「よし、こいつを突き出したら、他の者の仕事の様子を見に行くか」
賞金首を鎖で縛り、ギルド管理局へと引きずっていく。
報酬を受け取り終えると、ちゃんと仕事をこなせているかを確認するためにフラウとロゼリカを探すことにした。
*
「待てーっ!」
フラウを探し王都を歩いていると、ちょうど声が聞こえてきた。
確か脱走した犬を捕縛する依頼を受けていたな、きっと目標を追っているのだろう。
ストーキングがばれない様、こっそりと声のする方へ向かってみる。
「……っ!?」
そこには大砲を背負ったフラウの姿があった。兵器を背負って犬を追いかける少女を見て、周りの人は何事かとざわついている。
犬は狭い路地に向かって逃げたようで、フラウも曲がりくねった道を進んでいく。
「はあ、はあ、よし、追い詰めたぞ!」
「ぐるるる……」
犬は逃げ場がないと悟ったのか、反転しフラウの方へ飛び掛かってきた。
「危ない!」
「そうはさせるか! 発射!」
フラウは飛び掛かる犬に向けて大砲を発射した。ばっと網が広がっていき、空中で犬を捕縛する。
「きゃいん!」
「よし、捕獲完了! でも、何か声が聞こえたような……?」
オレは物陰に姿を隠す。危ない危ない、思わず飛び出すところであった。
「気のせいかな? とにかく、これで任務終了だ! 早く帰って報酬の20万ベルを貰おうっと!」
……オレより報酬が多いではないか。
フラウはオレに気付かないまま、ギルド管理局の方へ向かっていった。まあ、無事に終わったようで良かった。
次は、ロゼリカの様子を見に行くとしよう。
*
「確かこの辺でロゼリカが仕事をしているはずだが……」
ロゼリカの受けた依頼は家の解体作業だ。目立つからそろそろ見えてもいいはずだが。
周りを見渡しながら歩いていると、何かが壊れるような音が遠くから響いた。
「喰らえ、『ダーク★フォース』!」
音のする方へ行くと、ロゼリカの魔法『†悪魔の力†』による魔法攻撃『ダーク★フォース』で、家が少しずつ破壊されていた。
流石は高威力の魔法だ、レンガ造りの家がだんだんと崩れ落ちていく。
「ロゼリカちゃん、凄いねぇ!」
「まったくだ、うちの孫と同じぐらいなのに、よく働くな!」
周囲にいるのは解体を依頼した人だろうか、老夫婦がロゼリカの仕事を見て、口々に褒めたたえている。
「はっはっは、我にとっては当然の結果だ!」
「本当に凄いわ、家がすっかりぼろ雑巾のようになったわ」
「まったくだ、うちの孫と同じぐらいなのに、素晴らしい魔法だ!」
「そっ、そんなに褒めるでない!」
どうやら依頼者とも和やかな雰囲気で仕事ができているようだ。
ロゼリカは働き続け、夕方になる前にはすっかり家はきれいになった。
「ありがとう、ロゼリカちゃん、また遊びに来てね」
「まったくだ、うちの孫と同じように歓迎しよう!」
「じゃあまた、今度は遊びに来るね!」
「ええ、いつでも待ってるわ。……そうそう、約束の報酬ね。本当は3万ベルだけど、ロゼリカちゃんが頑張ってくれたから30万にするわね」
「本当!? ありがとう、おばさん、おじさん!」
……孫効果は凄いな。15歳に持たせるべきではない金額をロゼリカが受け取る。
とにかく、こっちも無事に終わったようだ。
気付かれないうちに、オレはギルドホームへ帰ることにした。
*
一足先に帰り着きギルドホームで一服していると、しばらくの後フラウとロゼリカも帰ってきた。
「へへーん、どうだいフリードさん! ちゃんと依頼をこなしてきたよ!」
「私も、しっかり依頼を達成したからね!」
2人が大金を机の上に置いた。
合計50万ベル。子供だけで稼いだとは思えないほどの金額だ。
「2人とも、流石だな。今日はお祝いとして、豪華な夕食にしよう」
「本当!? やった!」
「エミリアさんの食事、美味しいから楽しみだなー」
2人は嬉しそうに顔を見合わせている。
既にエミリアは買い物に出かけているが、『お祝いでお金を使ったら意味がないじゃないですか!』とか言っていた。
「それで、ルイーズお嬢様はいつお仕事をなされるのかな?」
オレは横にいるルイーズに話しかける。彼女はまだ仕事をしておらず、ギルドホームで過ごしていたようだ。
「ふんっ、心配ご無用ですわ。夜になったらちゃんと仕事をしますわ」
「夜?」
なんてことだ、もしや夜の仕事なのか?
世間知らずだし、まさか騙されてたりしないだろうな。
「……ちなみに、どんな仕事だ?」
「ふふっ、秘密ですわ! まあ、ヒントを言うなら、屈強な男たちを相手にする仕事、とだけ言っておきますわ」
ルイーズは自信満々に言い放った。
ああ、頭がクラクラする。彼女の父親に顔向けできないぞ。
「何でしたら、フリード様も見にきても構いませんわよ」
「えっ、いいのか?」
おっと、うっかり変な返事をしてしまった。今のはやましい意味ではなく、お嬢様を見守りたいという親心故の発言だ。
結局、ルイーズの意味深な発言のせいで、その日はお祝いのはずの食事もろくに喉を通らなかった。
*
「では、そろそろ仕事に行ってきますわね」
「ああ、気を付けてな」
食事の後、ルイーズは仕事に向かうと言ってホームを出ていった。オレは冷静を装い、彼女を送り出す。
オレは足音が聞こえなくなったのを確認すると、デットに耳打ちをする。
「よし、デット、追いかけるぞ。武器を持ってきてくれ」
「……どういうことだ?」
「世間知らずのお嬢様が夜の仕事だぞ? 確実にいけない大人に騙されているから、そいつを殺したいと思う」
「……物騒だな」
「まあ実際に殺すつもりは無いが、何かあったときに止めないとな」
デットも納得したようで、すぐに武器を持ってきた。
見失わないようにルイーズを追いかける。
「あそこは、酒場?」
「あそこで男と落ち合うのか? 下手に殺すと騒ぎになるな」
ルイーズが入っていったのは、夜に盛況になる酒場だ。男たちの騒ぎ声が耳に届く。
オレたちもそっと店に入ると、1つのテーブルを囲んで人だかりができていた。
「さあ、次はだれが相手ですの?」
「よし、お嬢ちゃん、次はオレだ! オレの鍛えたこいつで勝負だ!」
人だかりの中から、とんでもない言葉が聞こえてきた。すぐに止めなくては。
「おい、何をやっている!」
「あら、フリード様? 結局ついてきたのですわね」
テーブルを見ると、ルイーズとゴリゴリのおっさんが、握手……ではなく、腕相撲をしていた。
ルイーズが魔法を使ったのだろう、腕相撲は一瞬で勝負がつく。
「くそっ、力を入れてるはずなのに、こうもあっさり負けるとは……! 魔法で筋力を倍増させているというのに!」
「また私の勝ちですわね、掛け金10万ベルはいただきますわ! さあ、他にはいませんの? 魔法を使っても構いませんわよ」
……なるほど。これが、彼女の言っていた仕事か。
相手の腕を操る彼女の魔法なら、肉体を強化するような魔法にも必ず勝てるな。
ああ、良かった。オレに殺される不幸な人間はいなかったようだ。
「ふふっ、また私の勝ちですわね! もう挑戦者は居ませんかしら!?」
オレたちの目の前でルイーズは10人抜きを達成し、何とその日だけで100万ベルを稼ぎあげた。
「今日はこんなところかしら? ……どうですの、フリード様。ちょっとは見直しまして?」
「……ああ、驚いたよ」
「フリード、心配し過ぎだったな」
耳元でデットが呟く。確かに、オレは皆を心配し過ぎだったかもしれない。
結果を見れば、皆ちゃんとお金を稼ぐことができたではないか。見くびってたことを謝らないとな。
皆の成長にわずかに喜びを覚えつつ、今日は帰ることにした。
*
後日。
ルイーズはそれからも度々腕相撲を開催したが、『10万ベルで美少女と握手できる!』と間違った噂が流れ、屈強な男たちではなく小太りの男が増えたそうだ。
「ルイーズたん! 次は僕が握手……じゃなかった、腕相撲相手なんだな!」
「……なんだか最近客層がおかしいですわね」




