第7話 金を稼ぐのも大変だ
季節は、5月。
少しずつ暖かくなってきており、昼間はうっすらと汗ばむほどの気温。空は快晴で、太陽が平和な王都を明るく照らしているが、対照的にオレの心は沈んでいた。
「はあ……」
オレはギルドホームのロビーにある椅子に腰掛け、ため息をつく。
「♪〜」
当ギルドのメイドにして、唯一のメンバーであるエミリアは、キッチンで昼食の準備をしている。鼻歌まで歌って、何とも楽しそうだ。
オレのテンションが低い理由はただ一つ。世界が平和すぎることだ。
ひと月前に設立、ゴブリン討伐をこなし華々しいデビューを果たしたギルド『ミスリルの坩堝』。王都に戻ってきてから、次の仕事のために毎日のようにギルド管理局に足を運んだが、大仕事といえるものは全くなかった。
「お待たせしました、御主人様。……なんだか元気がないですね?」
テーブルに昼食を置きながら、エミリアは反対側に腰をおろす。
今日の昼食は暖められたハムと卵のサンドイッチだ。湯気を立てるコーヒーも横に添えられ、なんだかオシャレ。……暇すぎてくだらないことに思考を無駄遣いしまう。
仕事はなくとも腹は減る。オレはサンドイッチを頬張りながら返事をする。
「ああ。碌な依頼が無くてな。……ゴブリン討伐以降、何もやっていないに等しい」
「そんなことはないですよ! えーと、迷いネコ探しに、落とし物探しに、けんかの仲裁に……。あっ、レストランの給仕もやりましたね!」
エミリアは指を折りながら、今までこなしてきた悲しい実績を読み上げる。
というか、最後のはただのバイトではないか。
このままでは発展どころか、ギルドの維持さえ難しいのではないか。オレは頭の中で毎月かかる維持費の計算を始める。
王都の市民が払う税金、2万ベル/月。
目の前の美女、80万ベル/月。
王都は水道が完備されているが、その維持費は建物を持っている市民から徴収される。水道は川を王都の地下に引き込み、それが各地域に分配されている。貴族たちの住む地区の方が上流のきれいな水を大量に使用できるが、その分維持費も高く、これが実質の不動産税だ。
その水道代が、50万ベル/月。
そして生活費、18万ベル/月。
オレのお小遣い……はしばらく我慢だ、仕方ない。
合計すると……。
「150万っ!?」
「きゃあっ!? 御主人様、急に大声を出さないでください!」
つい声に出てしまい、80万の美女に非難をされてしまう。
「ああ、悪い。……またギルド管理局に行ってくる。夕食までには戻ってくる」
「わかりました。お気をつけて」
勝手に出てくる昼食に現を抜かしている場合ではなかった。
サンドイッチの最後の一口を口に投げ込むと、席を立つ。今日こそいい仕事があるといいが……。
*
「……それで、また私のところに来たという訳ですか」
「ああ。管理局は高難易度の依頼は直接ギルドに発注しているのだろう? いくつかオレのとこにも回してくれ」
「確かに、直接発注することもありますが、基本は上位ギルドに発注するのが決まりです。Aランクギルドにまずは打診し、断られたらBランク、そこも断られたらCと、少しずつ下のランクへと依頼を回しています。ヴァレリー様のギルドは出来たばかりなので、最低ランクのEまで待たなければなりませんね」
アルトちゃんは淡々と説明する。
要するに、旨い仕事は上位ランクが独占し、結果的にEランクのところには大した仕事が回ってこないということらしい。そして、新規ギルドのオレたちは当然Eランクだ。
「オレ達みたいな底辺ギルドには余り物のゴミカスみたいな依頼しか来ないということか」
「……そこまでは言っていませんが」
「仕方ないな。また簡単な依頼を受けさせてもらう」
オレは一般掲示の依頼から新しいものをいくつか貰うと、スゴスゴと涙目撤退することにした。