第77話 花も恥じらう乙女
どうしてかしら。寝ても覚めてもあの人の事ばかりですの。
真面目で優しい表情。たくましい腕。想像しただけで、胸が高鳴りますの。
どうか、もう一度会いたい。そして、この思いを……。
*
「ここが、トロロープ家の屋敷か。……きれいな庭だな」
「私の家よりかは小さいですわね」
オレとルイーズは、王都の中にある立派な建物の前に立っていた。ここは貴族家の一つ、トロロープ子爵家の屋敷だ。
門や、そこから見える庭はきれいに手入れされており、春の花が庭を鮮やかに彩っていた。
「入る前に聞いておくが、ルイーズはトロロープ家と付き合いはあるのか?」
「ありませんわ」
「……ちなみに、仲の良い貴族家はいるのか?」
「いませんわ。……って、なんで泣いていますの!」
「……ルイーズ、お前が貴族界でぼっちであっても、オレはお前の味方だ」
オレはルイーズの境遇に涙を堪えながら、トロロープ家の門をくぐった。
「こんにちは、フリード様ですね。お話は伺っております、こちらへどうぞ」
扉を叩くと執事が出迎えてくれて、オレたちを部屋に案内する。
案内された客間には、既に女の子が着席して待ち構えていた。この子が今回の依頼主だろう。
「初めまして、私はコートニー・トロロープと申しますの。宜しくお願いしますの」
「フリード・ヴァレリーだ。こっちはルイーズ・リシャール。よろしくな」
「まあ、リシャール家の……! 光栄ですの!」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
少女は馬鹿丁寧に挨拶をする。ちゃんと礼儀作法を学んでいるのだろう。
「それで、今回の依頼とは? 依頼書には、調査・情報収集と書いてあったが」
オレは本題に入ることにした。ここに来たのはギルド管理局にあった依頼書を見てのことだ。
依頼書には依頼者の名前も書いてあるため、家名を見て貴族と気付いたオレは『媚び媚び作戦』を実行するためそれを受諾した。
「はい、そのことなんですが……。お食事をしながらお話ししたいですの。私のお領土で取れたお春野菜が準備してありますの」
少女は嬉しい提案をする。喜んで昼食を取らせてもらうことにした。
*
テーブルには、彩の良い春野菜をふんだんに使った食事が並べられる。ベジタリアンなのだろうか、肉の姿は無い。
「このおピクルスは温室で取れたおきゅうりで作りましたの」
おピクルス、ねえ。オレはフォークを突き刺し口に運ぶ。確かにボリュームに欠けるが、悪くはない。
「新鮮でお上品なお味だな。実に美味いぞ」
「光栄ですの!」
褒めると少女は嬉しそうに笑う。だが優しい世界に浸っている場合ではない。あくまでオレたちの目的は彼女に媚びを売ることなのだから。
「そろそろ依頼の内容を聞いていいか?」
「はい。……実は、ある御方について、情報が欲しいですの。格好良くて男らしいあのお方。もう一度会って、この気持ちを伝えたいですの……!」
少女は頬を赤らめて、もじもじと語り始めた。
格好良くて男らしい……。一瞬オレの事かと思ったが、何も聞いてこないという事は違うのだろう。
「依頼内容はわかりましたわ。他に情報を聞かせてくださいな」
ルイーズが少女を促す。ギルドメンバーの一員として自覚が芽生えたか。
「何もわかっていませんが、名前だけは聞いていますの。ゲイリー・ローズと、あの方は名乗りましたわ」
「なっ!? ローズか……!」
まさか我が友人の事だったとは。世界は狭いな、全く。
*
3時間ほど友人の魅力を語られた後、やっと解放された。
今回の依頼内容はシンプルだ。ローズの直近の予定を聞き出し、恋する乙女に告白の時間を作ってやることだ。
「どうしますの?」
「まあ友人の行動を調べるなど訳ない。楽勝な案件だな。『ユグドラシル』で情報を集めてこよう」
貴族の相手だからとルイーズを連れてきたが、今度は『ユグドラシル』相手だ。ルナちゃんの警戒心を解くためにステラを連れていくとしよう。
「あ、お兄様!」
「ステラ、いい所に。都合よくルナちゃんも一緒だな、今から図書館に行くぞ」
「人のギルドを図書館扱いするなです!」
完全にルナちゃんに警戒されているが、横に並びそのまま図書館へ向かうことにした。
立派な建物の中に入っていくと、見慣れた本棚が見える。
「安心しろ、今日は本を借用しに来たわけでは無い。借りて欲しいというなら聞いてやってもいいがな」
「死ね!」
軽いジャブを打ってみたら渾身のストレートが返ってきた。やれやれ、困ったものだ。
「冗談はこの辺にして、今日はローズに会いに来たんだ。聞きたいんだが、ローズに恋人とかいるのか?」
「……知らないです。本人に聞けばいいです」
「そういう訳にはいかない。実は、ローズに一目惚れした可愛らしい少女がいるんだ。オレはその子のいじらしい思いを叶えてやりたいのだ」
「……なんか気持ち悪いです」
オレの熱い言葉は気持ち悪がられてしまった。だが、ルナちゃんはそういいつつも、一枚の紙を持ってきた。
その紙には、ローズの直近の予定が書いている。しばらくは帰ってこなさそうだ。
「む? 一週間後に星のマークがついているが、これはどういう意味だ?」
「それはローズ様の誕生日です。……友人なのに知らないですか?」
「男は誕生日を祝わないからな」
しかし、これは素晴らしい情報だな。こんなビッグイベントの日に少女を合わせてやれば、ローズと言えども胸キュンのメロメロだろう。
「お兄様、誕生日はどこかに行く予定になっています!」
「そのようだな。なになに、『亡者の墓場』? 誕生日だからってテーマパークとは、可愛らしい所もあるものだな」
「多分テーマパークではないと思いますわ……」
テーマパークでないなら本当の墓場か? 流石に誕生日にそんなところ行かないだろう。
「ルナちゃん、この『亡者の墓場』ってのは何だ?」
「最近見つかった地下洞窟です。中には歩く死体がたくさんいるらしくて、複数のギルドに討伐依頼が出ているです」
なぜこんなに面白そうな依頼がオレの所に来ないのだ? アルトちゃんに今度文句を言ってやろう。
「フリード様、どうしますの?」
「コートニーちゃんに聞いてみよう。行くというならオレはそこが地獄でもついて行こう」
「お兄様、私も行きたいです!」
「それはだめだ。学園が始まったのだから、授業に集中しなさい。分身もだめだ」
「むぅ〜」
ステラが可愛い顔で膨れるが、そんな顔をしても連れていかないのだ。いつまでも可愛さに振り回されなどしない。
「ありがとう、ルナちゃん。また来るぞ」
今日の所は帰るとしよう。明日の朝、コートニーちゃんに報告だな。
*
「という訳で、今回も連れていく人間を厳正に厳選したいと思う!」
夕食後、オレはギルドメンバーに声をかける。オレの予想では『亡者の墓場』に行く羽目になると思うので、先に決めておくことにした。
サプライズで誕生日を祝うのだから、バレにくいように少人数がいいだろう。それに地下室もまだ未完成だ。人が残らないと困る。
「御主人様、今回は何人で行くのですか?」
「そうだな、オレを含めて3、4人がベストだと思う。歩く死体が溢れる地獄のような場所へ行きたい奴は居るか?」
まずは意思を問うてみよう。乙女たちへ声をかけてみるが、立候補はいないか。
「フリードさん。僕、行ってみたいんだけど、ダメかな……?」
新人フラウが恐る恐る手を挙げた。名目は留学生だが、実質ギルドの一員だ。
「良いだろう。大事なのは出身ではない。心意気、だ」
「心意気……!」
他にいないか見渡すが、もう立候補は無いようだ。ならばここは指名させていただこう。
「デット、ロゼリカ! ともにパーティーへ向かおう」
「……仕方ないな」
「ええ、私も……?」
「な、なぜその2人なのですか?」
指名されなかったエミリアが声をかけてくる。選ばれなかったことが不満なようだ。
「ばっちいから死体に触れたくないだろう? 今回は遠距離攻撃できる人を選んでみた、攻撃こそ最強の防御だ」
「そう……ですか」
そもそもエミリアは回復要因だが、死体につけられた傷を舐めたら汚い。オレの高い衛生観念がエミリアを留守番に選ばせたと言える。
「まあまだ行くかどうかは確定ではない。明日依頼主に最終判断を仰ぐとしよう」
オレはそう言うと、遠足に備えてウキウキで寝ることにした。




