第76話 前人未踏
4月になり、ハレミアに春が訪れた。
……オレは常々思っている、まだ寒いのに春を名乗らないでほしいと。
「御主人様、だんだん暖かくなってきましたね!」
「まだまだ朝晩は寒いがな。暖炉を禁止されたせいで、オレは毎日凍えているぞ」
オレはエミリアと王都を歩いている。今日はとあるギルドの為に差し入れを買うつもりだ。
まだ寒いというのに王都の人たちは、朝早くから店を開き仕事に精を出している。
「食い逃げだーっ!」
通りに面した店から、叫び声が聞こえた。春になるとろくでもない奴も増えてくるよな。
「俺っちの『俊足』についてこれぐえっ!?」
こちらの方に逃げてきた食い逃げ犯にラリアットをぶちかます。男は一撃で気絶した。
「折角のデートに水を差されたな。こいつを連れ歩く訳にはいかないし、先にギルド管理局に行くか」
「そうですね、折角ので、デートですからね!」
オレは食い逃げ犯の食事代を払うため、気絶した男の懐をまさぐる。
……こいつ、財布を持ってないじゃないか。
仕方なくオレのお小遣いから金貨を取り出し代わりに支払うと、ギルド管理局へ向かうことにした。
*
「ヴァレリー様、食い逃げ犯の捕縛お疲れ様です。こちらが報酬の2000ベルです」
完全に赤字だな。書類にサインすると、報酬の銀貨20枚を受け取る。
ここに来たのは偶々なので、足早に出ていこうとするが、ふとアルトちゃんの視線を感じた。
「……ヴァレリー様、お連れ様もお見えですが、お忙しいですか?」
「なんだ、オレに用事か? デートなら別の日に対応するぞ?」
「御冗談を。ただお渡ししたいものがありましたので」
アルトちゃんは立派な羊皮紙の書類を渡してきた。何度か見たことのある書類、これは王国からの書簡だ。
「これはまさか……!」
「おめでとうございます、ヴァレリー様。ギルドのCランク昇格を認める書状ですよ」
「くっくっく、やっとCランク昇格か。ギルド設立してもうすぐ1年、かなり順調だな」
嬉しい知らせを聞いて、つい顔がにやけてしまう。
「ええ、1年未満でCランク昇格は異例の早さと言えるでしょう」
「ふっ、前人未踏の領域に達するとは、やはりオレは天才だったな」
「……いえ、ヴァレリー様は2例目です」
……オレの他にも天才がいたという事か? 馬鹿な、有り得ない。
「誰だ、そのインチキ野郎は?」
「第2位ギルド『再誕の炎』です。ギルドマスターのマルジェラ・ヴィルケイン様はハレミアで最も依頼をこなした方であり、噂ではその全てを無傷で生還したそうですよ」
「……あの間延びした女か? どんな魔法だ?」
「彼女の魔法の詳細は分かりませんが、『無敵の魔女』の異名を持つ立派な方ですよ」
人は見かけによらないな。真面目に働きそうには見えなかったが。
とにかくこれはお祝いが必要だな。オレは書類を受け取り窓口を離れると、掲示板を眺めていたエミリアの所へ行く。
「御主人様、用事は終わりましたか?」
「ああ。……これを見ろ、エミリア。またオレは野望に一歩前進したぞ」
「……! 御主人様、これは今日の夕食は豪華にしないとですね!」
エミリアもだいぶノリが分かってきたな。ギルド管理局を出ると、ショッピングを再開することにした。
*
たくさん買い込んだ日用品や食料を抱え、ギルドホームへと並んで歩く。
ホームが近づいてくると、カンカン、と小気味のいい音が響いてきた。オレたちのホームに地下室を作るため、大工が作業をしている所だ。
上に建物がある状態での工事だが、棟梁の魔法によってホームは地面ごと浮き上がっている。彼らはただの大工ではなく、『ベレスフォード・ビルダーズ』というギルドに所属する魔法使いなのだ。
「皆さん、お疲れ様です! 差し入れを持ってきましたよ!」
エミリアが声をかけると、男が近づいてきた。頭にタオルを巻き、顔はひげもじゃ、ガチムチ体系のこのおっさんが棟梁のクラーク・ベレスフォードだ。
「おう、すまねえな、エミリアちゃん! ……てめえら、差し入れが入ったぞ!」
棟梁の一言で大工たちが手を止め、ぞろぞろと集まってくる。口々に「ありがとうございまぁぁぁっす!」とお礼を言いながら、差し入れであるビールを取っていく。
「あはは、相変わらず元気ですね……」
エミリアは絶叫に近いお礼を聞きながら気圧されている。まあ元気なのは良いことだろう。
オレは進捗具合を棟梁に聞いてみる。
「棟梁、調子はどうだ?」
「日中しかできねえから進みは悪いが、あと2週間ってところだな。最高の地下室を作ってやるから期待して待ってな!」
地下室にいうほどの差はあるのだろうか、素人だからよくわからないな。
「わかった、楽しみにしておくとしよう」
オレが返事をすると、ちょうど休憩の終わった大工たちが作業を再開し始めた。
*
夕方になり、大工たちは撤収していった。また明日の朝から作業を再開するだろう。
「御主人様、皆が帰ってくる前に食事の準備を始めますね」
「ああ、オレは皆を迎えに行ってくる」
エミリアは元通りになったギルドホームに入っていくと、オレはルイーズの実家へ向かう。
流石に空中に浮いたギルドホームで過ごすわけにはいかないので、日中は広い貴族の家で過ごしてもらっている。
「迎えに来たぞ」
「あ、お兄様!」
玄関の扉を開け放つと、ステラがすったかたーっと走り寄ってきた。相変わらず犬みたいだな。
「エミリアが食事を作って待ってる。ホームに帰るとしよう」
「わかりました、皆さんを呼んできますね!」
ステラは2階の部屋に向かって小走りで駆けていく。
少し待っていると、ルイーズ、ロゼリカ、フラウの3人と共に階段を下りてきた。
……いつの間にか大所帯になったものだ。増えるのは子供ばっかりだが。
「フリードさん、地下室はどうだった?」
「あと2週間ぐらいでできるらしい。やっと工作機械が置けるな」
「ありがとう、わざわざ僕の為に……」
オレはフラウに返事をすると、嬉しそうな表情を見せた。
オレたちがフーリオールから帰ってきて約2週間後、約束通りフラウも留学生として、再び王都へ訪れた。
……7台の馬車と共に。
中はドワーフご自慢の工作機械だったが、案の定ギルドホームには入りきらず、今はルイーズの家に押し込んである。そこで思い切って地下室を作り、スペースを確保することにした。
「いいさ、オレも地下室が欲しかったところだ。ひんやりした地下室でワインを保管したいからな。さあ、ホームへ帰ろう」
帰ろうとしたところでふと気づく。痴女がいないではないか。
「デットはどうした?」
「暇だからひと狩り行ってくると言っていましたわ」
こんな都会で何を狩るつもりだろうか。まあ見た目はアレだが子供じゃあるまいし、ちゃんと帰ってくるだろう。
とりあえず子供たちを引率してホームに帰ることにした。
*
「……遅かったな」
ホームに帰りつくと、なんと痴女がいるではないか!
ヘソも太ももも丸出しにして、まったく子供の教育に悪いな。
「デット、先に帰ってきてたか。何か良いものは獲れたか?」
「モグラが獲れた。……一匹だけだけどな」
「ほう、流石のオレもモグラは食ったことないな」
どんな味がするんだろうか。オレの予想はネズミ系と見た。
「モグラさんを食べるなんてかわいそうです!」
「……食うために取ったんじゃない。毛皮が高級品なんだ。食べても美味しくないぞ」
「美味しくないのか……」
不味いなら価値はないな。美味しいエミリアの食事で我慢するとしよう。
丁度食事の準備ができたようで、食卓に豪華な料理が並べられた。今日は市場に子羊の肉が売っていたので、奮発して1匹分を丸ごと買ってきた。
「今日はなんだかいつもより豪華だね」
「ふっ、気付いたか、ロゼリカ。今日はお祝い事があるのだよ」
「お祝い事?」
オレは含みを持たせ、発表の時を待つ。
グラスに酒とぶどうジュースが注がれていく。全員分が揃うと、食事開始の合図だ。
「いただきます!」
元気のいい声とともに、豪華な食事に手が伸びていく。7人もいるととても賑やかだな。わいわいと食事が進んでいった。
「御主人様、そろそろ発表したらどうですか?」
「そうだな。……みんな聞いてくれ! 今日は嬉しい報告がある。それはこれだ!」
オレは王国からの書簡を開き、見せびらかす。
「もうCランク昇格か……!」
「お兄様、凄いです!」
「ふっふっふ、ここまでは順調と言えるな。だがこれからは更に忙しくなる。何故ならこれ以上の昇格は、実績とは別に貴族の推薦が必要だからな」
あくまでギルドとは国に認められた組織だ。上に行くには国に対する影響力が必要になってくる。
貴族の推薦が国への忠誠心を量る一つの指標という事だな。
「今はパトロンはリシャール家だけだが、他にも支援してくれる貴族家が必要だ」
「勝手にパトロンにしないでくださいませ!」
リシャール家のお嬢様であるルイーズが口を尖らせる。ちなみにリシャール家は侯爵なので結構な名門だ。
「そんなわけでこれからは貴族の依頼をガンガン受けていくことにする。名付けて『媚び媚び作戦』だ」
「身も蓋もない作戦名ですね……」
発言を終えると、再び席につく。これからさらに頑張らなくてはな。
子羊の骨をしゃぶりながら、心の中で決意を新たにした。




