第74話 地下洞窟の攻防
オレは全身金のタイツ姿で、地下の会合場所から上へ向かっていた。そろそろドワーフたちの居住区だ。
赤い毒の霧は濃くなっている。ドワーフたちは大丈夫だろうか。
「な、なんだいお前はっ!? この国に私の魔法に対応できるギルドのものは居ないはずっ!」
丁度登り切った位置で、ばったりと女に出会った。こいつは以前、エルヴァンの後ろについていたローブの女だ。
「やはりお前が犯人だったか」
「え? なんだって!?」
オレは黄金のタイツに密閉されているためよく聞こえないようだ。このやり取りも2回目だな。
「……こっちは時間が無いんだ、とっとと殺させてもらうぞ、おばさん」
「誰がおばさんだい!」
……悪口は聞こえるのか。
女はナイフで体に傷をつけると、そこから赤い霧が吹きだした。どうやら創造型の魔法ではなかったようだ。自身の体の性質を変化させるのは超人型だ。
そして、ナイフが通用するという事は十分戦える。
「毒ガスが効かない以上、勝ち目はないぞ? 逃がすつもりもないがな」
オレはずんずんと女に迫っていく。だが、金属を操りながらの移動は非常に動きにくい。
女は更に赤い霧を体から生み出す。だんだんと濃度が上がっていき、視界がかなり悪くなってきた。女の位置が分からない程の霧の濃さだ、早く止めを刺さないとな。
「ぐっ、呼吸が……!」
急に息が苦しくなる。毒ガスを吸い込んでしまったようだ。
「はっは、お尻からチューブを出してたら弱点がまるわかりさ。これで呼吸できないねえ」
どうやら霧に紛れて空気を送るチューブを破ったようだ。黄金のタイツはともかく、ゴムチューブは簡単に傷つけられる。
「これで形勢逆転ねえ。これであとは毒が回るのを……え?」
「この天才が良いことを教えてやろう。人間は数秒呼吸を止めることができるのだ」
ここまで近づいた時点で既に勝ったようなものだ。オレはタイツを解除し眼鏡を外すと、開けた視界と相手の声を頼りに胸を貫いた。
女がゆっくり倒れると、少しずつ霧が晴れてきた。予想通り魔法が解除されたようだ。
「次は見栄を張らずに度無しの眼鏡を買うとしよう。……ふう、毒の霧は晴れたぞ。すぐに病人を運ぼう」
オレは『耳打石』に話しかけると、密閉していた鉄の扉を解除するために再度下に戻っていく。
*
「毒ガスの治療が必要だ! 早く人を運べ!」
「居住区のドワーフたちも倒れています! この方たちも一緒に!」
霧を払ったオレたちは、急いで人を地上に運ぶ。元気なものは一緒に人を運ぶが、被害は甚大でとにかく人手が足りない。
「結局、何が目的だったんだろうな……」
オレは女の死体の近くで腕を組んでいる。はっきり言って、鉱物資源以外あまり得られるもののない極寒の国を荒らす必要性は不明だ。
「フリード様、何をしていますの!? 少しは手伝ってくださいな!」
「ああ、悪い。そうだな、まずは治療優先だ」
オレはルイーズに尻を叩かれ、その場を動き出そうとする。
「……? あの部屋は何だ、立派な錠前だな。……鍵は開いているが」
「もう、フリード様、あっちこっちに気を散らさないでくださいませ!」
オレの目の先には、開けられた錠前が取っ手にぶら下がった、分厚い扉の部屋がある。
「フリードさん、ここで何立ち止まってるの?」
「フラウ、丁度いい所に。あの扉は何だ? あまり人が出入りするような雰囲気じゃないが鍵が開いている」
「……! あれは、ドワーフたちの宝物庫! めったに開くことが無いのに……」
「怪しいな、中を確認しよう」
「ちょっと、フリード様!」
ドワーフたちの宝狙いなら、かなり苦しいが国を襲った理由としては無くはない。とにかくまずは確かめるとしよう。
「……中は真っ暗ですわね」
「めったに人が入らないからね。僕も数回しか中を見たことない」
「何か消えたものが無いかわからないか」
「うーん、最後に入ったのも数年前だからね」
松明を頼りにゆっくりと中を見て回る。中はそれなりの広さで、武器や装飾品が所狭しと転がっている。恐らくドワーフたちが作った過去の遺産だろう。かなりの年代物もある。
「……霧が晴れたと思ったら、そうか、レグリンドは死んだか」
「……!? 何者ですの!」
奥から声がし、そこを見ると暗がりの中に漆黒のローブを被った男がいた。その黒さは、まるで影と同化しているようだ。
「もう目的のものは貰った。貴様らの相手をしている暇はない」
「逃がすか!」
男はずぶずぶと、近くの物陰に沈み込むように入っていく。オレは慌てて鉄の剣を生み出し接近するが、この距離で間に合うか?
「……!? なんだ、腕が勝手に……!」
「何者かは知らないけれど、逃がしませんわよ!」
ルイーズの魔法で、男は勝手に腕が操られる。男の右手は部屋の中にあった宝箱にしがみ付き、体が影に沈み込むのを妨げていた。
「ルイーズ、お前の魔法は最高だな。……悪いが死んで貰う」
オレは、男の頭に剣を振り下ろす。……が、命中したと思ったオレの剣は空を切り、勢い余って地面に突き刺さる。
「何、腕を!?」
「……ふん、まさかお前たちのような者が紛れ込んでいたとはな。腕一本はくれてやろう。だが、役目は必ず果たす」
男は自らの右腕を切り落としてルイーズの呪縛から逃れたようだ。影の中から捨て台詞が聞こえたが、ついに気配が消えてしまった。
オレとしたことが、侵入者を逃がしてしまったようだ。
「くそ、腕を犠牲に逃げ出すとは。あの男、何かを貰っていくと言っていたな。フラウ、何が消えたかわかるか?」
「僕じゃわからないから、ロウウェンおじさんを呼んでくるよ!」
フラウは宝物庫の外へ駆け出して行った。しばらくして、ロウウェンを連れてくる。
「話は来る途中で聞いた。何が無くなったか調べよう」
宝物庫の中はごちゃごちゃしていてすぐにはわからなさそうだ。ここはロウウェンに任せ、オレたちは病人に専念しよう。
*
オレたちが宝物庫にいる間に、だいぶ病人は運び出されたようだ。地上から呼んできたのだろうか、軍服を着た兵士たちが手際よく残りの病人を運んでいく。
「あ、御主人様! どちらに行かれていたのですか?」
「まだネズミが入り込んでいたようで、そいつを追っていた。逃がしてしまったがな。……病人はあらかた運び出せたみたいだな」
「はい、エルヴァン様が地上の軍隊を動員したようです」
兵士たちを見ると、その中心でエルヴァンがテキパキと指揮を執っていた。実力だけで上り詰めたと言っていたが、それは魔法だけの話じゃなかったようだ。
「よく動かしたものだ。ドワーフたちへの態度を見ると碌な奴じゃないと思ったが」
「奴は愛国心の塊だからな。ちょっと強硬派で頭が悪いだけだ」
いつの間にか近くに寄っていたシビルが話しかけてくる。
それはそれでトップに据えたままで良いのか気になるが。
とにかく、当面の仕事は終わりのようだ。あとは宝物庫の被害だが、金目のものならこの際問題ではない。とんでもない兵器とかだったら恐ろしいがな。ナパーム弾を発射するやつとか。
「シビル、ちょっと宝物庫へ来てくれ」
噂をしていると、ロウウェンがシビルを呼びに来た。わざわざギルドの長に話すという事は、意外と重大なものが盗まれたのか?
「わかった、すぐに行きます。……済まないがここからは国内の話になりそうだ、我々だけで話をさせて欲しい」
シビルは返事をし、宝物庫へ向かっていった。
オレは近くにいたシェレミーに声をかけると、耳打ちで命令を下す。
「おいうさ耳、こっそりあいつらの話を聞いて来い」
「な、何でそんなことをする必要がある!? これは国際問題に発展するぞ!」
「お前の口癖は国際問題か? 国を揺るがしてまで得ようとしたものだぞ、絶対重要な話だ。放っておけば最悪、ハレミアまで飛び火するぞ。いいのか、セシリアに告げ口しても」
「……お前、碌な目に会わないぞ!」
オレの脅し文句に、しぶしぶと移動を始めた。集中するためだろう、少し離れた人のいない場所で、耳をピクピクと動かしている。
「何の話だった?」
「"竜の双翼"だけが盗まれていたらしい」
「竜……?」
危険だから封印されていただけのゴミを盗んでどうするつもりだ? 世界に一つという意味では希少価値があるかもしれないが、そんなものを買い取る馬鹿な商人はいない。
思案していると、エミリアが話しかけてきた。
「御主人様、全ての病人が救出されたようです」
「……そうか、オレたちも一旦地上に出るか」
当たりを見ると、軍人たちが撤収を始めている。不幸中の幸いだが、宝物庫以外は何一つ荒らされていないようで、ドワーフたちの容体が回復したらまた元の生活に戻るだろう。
「……腹減ったな」
朝から酒は飲んだが、食事は口にしていない。空腹を気にしつつ、オレたちも地上に出ることにした。




