第71話 天才故に演技も余裕
「ふっふっふ、悪くないな、この毛皮は。暖かいのに重くない。高いだけはあるな」
「……御主人様、何をしているんですか?」
観光地を遊びつくした日の夜。オレは宿泊場所にある鏡の前で、やや黄金がかった狐の毛皮でできた帽子をかぶり、暗めの貂の毛皮コートの着心地をを確かめている。更にはドワーフたち御用達の眼鏡もつけて気分は一人ファッションショーだ。
「毛皮博物館で買った毛皮の試着だ。とても暖かいぞ。雪国とはいえ部屋の中だと暑いぐらいだ」
オレはもう一つ買ってあった帽子をエミリアにかぶせる。狐のしっぽ付きの可愛い奴だ。
「きゃっ! ……もうっ御主人様、髪が乱れてしまいます」
「なかなか似合っているぞ。可愛さの中に美しさと優雅さが混じっている、まるで有閑マダムだな」
「褒めているんですか、それ?」
呆れるメイドをよそに、オレは毛皮を丁寧に脱ぎ、ハンガーにかけておく。
「毛皮博物館も、釣りも、なかなか楽しかったな」
「そうですね、美味しいものもたくさん食べましたし。 ……いよいよ明日はドワーフたちとの会合ですけど、こんな観光気分で大丈夫でしょうか?」
「何とかなるだろ。ちなみに会合は昼からだが、オレは朝から情報収集を兼ねて潜入しようと思う。皆には秘密だ」
「だ、大丈夫ですか、そんなことして……?」
「何とかなるだろ。オレは天才だからな」
「……全部それで乗り切るつもりですか?」
心配をしてくれるが、これは決定事項なので仕方ない。オレは明日に備えるために、エミリアを部屋から追い出すと早めの睡眠をとることにした。
*
ドワーフたちの採掘ギルドの本拠地は、鉱山を切り開いた洞窟の中にある。アリの巣の様に掘られた穴は、侵入者を拒む迷路のようになっている。
「シビルちゃん、農業に本気で力を入れているみたいね。あんなに資料を作って、立派に成長したわ」
「ふん、何が農業だ、ドワーフの誇りを忘れおって。親友の子供だと思って目をかけてやったのに恩を仇で返すとはな」
「……シビルちゃんにひどいこと言わないの!」
「い、いでで。母ちゃん、耳を引っ張るのは止めてくれ!」
洞窟の中を、2人のドワーフの老夫婦が歩いている。
髪と髭は銀色で、瞳もまた銀色の作り物のような顔だが、年相応に額にはしわが刻まれている。
男の方は片目にモノクル、夫人の方は銀縁の眼鏡をかけており、ドワーフの特徴である弱視を補っているようだ。
2人は並んで洞窟の奥地へ向かっていた。
「……広場が騒がしいな」
「本当ね、何かあったのかしら」
「あっ、頭ぁ! アマンダさんも! 助けてください、変な男が勝手に……」
1人のドワーフが老夫婦に気付き、助けを求める。広場の中心に行くと、眼鏡と毛皮の帽子を被った男が、鉄のハリセンを叩きながら商売をしていた。
男の前には、鉄のインゴットが並べられている。
「さあさあ皆さん、そんじょそこらじゃ手に入らない、本物の金属だ! なんたって、まじりっけなしの純度100%の鉄だからねえ。質が違うよ、質が! 好きに見てってくんな!」
「お前さん、ここはドワーフの住処だよ。人間が勝手に入ってきてもらっては困るよ」
老婦人アマンダが、男に声をかける。
「おやおや、これは美しいマダムだ! ドワーフじゃなくて女神の間違いかい? 本物の美人には本物の装飾品が似合うってね! どうだい旦那さん、この本物の鉄で奥さんにプレゼントを作ってあげなさったら!」
「まあ、女神だなんて」
商人は、ロウウェンに鉄のインゴットを差し出す。それを聞いた夫人は口に手を当てて上品に笑う。
「お前、この間シビルの部屋から出てきた人間だな? あいつの差し金か?」
「……おっと、あの一瞬だけで顔を覚えられていたか。これは予想外だったな」
商人に扮していたフリードは、鉄のハリセンを仕舞うと、帽子と眼鏡を外す。帽子に押さえつけられていた髪をばさばさと払うと、ロウウェンと対峙する。
「何の用だ、人間。答え次第では生きて帰さんぞ」
「この天才がドワーフたちに現実を教えてやろうと思ってな。オレは『錬金術』で自由に金属を生み出せる。もう鉄を掘る時代は終わりだ」
フリードは鉄のインゴットを投げ渡す。ロウウェンはそれを受け取ると驚いたようにわずかに目を見開いた。
「確かに、こんなに純度の高い鉄は初めて見たな。……だが、所詮魔法は一代限り。採掘の仕事が失われることはねえ」
「失われるさ、山は有限だ。今じゃなくてもいつか必ず仕事がなくなり、選択を迫られる」
「採掘が無くなっても、オレたちには加工技術がある」
「それはどうかな? オレは原料だけで満足する男ではない。武器だって自由に生み出せる」
フリードは鉄の剣を生み出すと、持ち手の方をロウウェンの方に向ける。ロウウェンは無言で剣を見るが、それを受け取り感触を確かめる。
「はっ、どれだけのものかと思えば……。確かに薄さは見事だが、焼きも入ってねえ純鉄じゃ弱すぎる。一回きりの使い捨てだな」
「それで十分だ。闘いとは一撃必殺なのだからな」
「武器ってのは男の生き様とおんなじよォ! すぐに折れちまうやつなんて役に立たねえ!」
「あんた、またくだらない価値観を語って……」
ロウウェンは武器作りに思い入れがあるのか、興奮しだす。アマンダがたしなめるが、意に介す様子はない。
「その考えは一理あるな。だが口では何とでも言える。折れない剣など存在しないのだからな」
「世間知らずのガキが! 本物ってのをを見せてやるよ」
ロウウェンはフリードを誘うと、自身の工房へ連れていくことにした。
*
数時間後、他のギルドメンバーがフラウたちに連れられドワーフたちの本拠地を訪れていた。
「1人で勝手に行くなんて……。騒ぎになってなかったらいいけど」
「御主人様、大丈夫でしょうか……」
皆はフリードたちを探しながら本拠地を歩いていく。
「シビルちゃん、フラウちゃん!」
「あっ、アマンダさん! ここに変な人間が来ませんでしたか?」
「ロウウェンと酒場にいるわ」
「……酒場?」
アマンダに案内され、ドワーフたちの利用する地下の酒場へ入っていくと、そこには空き瓶だらけの席にフリードとロウウェンが並び、次から次へと酒を開けていた。
「オレだってわかっているんだ、採掘や工芸だけじゃやっていけないってことはな! ……だが、オレたちは農業ど素人だ、今まで積み上げたものを捨てて新しい世界に飛び込んでいけねェ!」
ロウウェンは空いたグラスをドンと机に叩き付け、気持ちを吐露する。
「オレは農業も工業も通ずるところがあると思うぞ。調理技術だって、工芸の様に職人技が必要だ。十分やっていけると思うがな」
「そんな簡単にはいかねぇ。他にもドワーフはたくさんいるんだ、皆簡単に気持ちを切り替えられねぇんだ」
「フリードさん、ロウウェンおじさん、何やってるの? 今はまだお昼だよ?」
「お前たち、どうしてここに……?」
「あんた、今日はシビルちゃんたちと会合の予定だったでしょ」
「ああそうか、すっかり忘れてたぜ……」
ロウウェンはそう言うと立ち上がろうとするが、足元がふらつく。アマンダが肩を貸すと、酒場の外へ向かっていった。
「御主人様、大丈夫でしたか?」
「ああ、見せ合いっこしてたらすっかり意気投合してしまってな。酒を飲んでたところだ」
「な、なにを見せ合ってたんですか!?」
「そりゃあ、オレの持っている武器や彼の立派な武器だ。見事なものだ、オレはすっかり男を感じたよ……!」
「ああ、御主人様にそんな趣味があったなんて……」
「……何か勘違いをしていないか?」
額に手を当てふらつくエミリアをよそに、フリードたちもロウウェンの後を追いかける。
「あの様子だと、会合は無理かもしれないな」
「大丈夫だ、もう十分彼らの気持ちは分かった」
会合前だが、フリードは確かに手ごたえがあったと確信していた。




