第69話 フラウの工房
オレたちはフラウの案内で、工房を訪れていた。
「へえ、ここがフラウの工房か」
「ふふーん、どうだい、立派だろ?」
彼女の言う通り、なかなかのものだ。机が無造作に並び、その周辺に謎の機械が立ち並ぶそこは、小さな工場といったところか。錆と油の臭いも、この空間の雰囲気作りに役立っている。
「これはねじを切るための機械か? こっちは中繰り用の機械っぽいな」
「フリードさん、良く知ってるね」
おれは機械を一つ一つ眺める。加工機械自体はハレミアでもないことはないが、個人でこれだけ持っているとは。文化の違いを感じさせるな。
「あっ! お絵描きが沢山あります!」
ステラが机に無造作に並べられた紙を見て声を出す。
「いや、これは図面だな。……ほう、銃の図面か。作れるかどうかは別として、緻密に描かれている」
「それも僕が書いたのさ! まだそんなに小さいものは難しいけどね」
「大きいものは作れるような口ぶりだな」
オレが声をかけると、その言葉を待っていたかのように、大きな木箱を引きずり出す。
「おお、こんなに大量の銃が! 素晴らしいな、これは」
「これが僕の作品たちだ! 銃だけでなく、時計とかもあるよ」
フラウが一つを取り出し、オレに見せつける。それは手で持てるほどのサイズの時計で、てっぺんについているねじを回すと、コチコチと小さな音をたてて針を回し始めた。
「何て小さな時計だ。ハレミアにはどんなに小さくても、柱ぐらいの大きさの置時計しかないというのに」
「ふふん、こんなのもあるよ! このクロスボウは、僕が初めて1から作った作品なんだ!」
彼女にとってこの箱はまるで宝箱だな。全てに愛着があるようで、一つ一つ取り出して説明していく。
「素晴らしい技術だ。ドワーフの腕前の凄さを見せつけられた」
「僕はハーフだしまだまだだけど、採掘ギルドの人たちはもっと凄いよ! さっきすれ違った人たちは採掘ギルド所属のドワーフたちで、国内でもトップクラスの技術者でもあるんだ!」
「ドワーフの凄い技術をもっと見たいものだな……。作品はこの箱の中身が全てか?」
フラウは腕を組んで少し考えるようなそぶりを見せる。
「うーん、折角だし、僕の最終兵器も見せちゃおうかな」
「最終兵器……!?」
何だその素敵な響きは。人類の最終兵器とも言われるオレにとっては興奮を感じえないな。
フラウは別の箱を引きずってくると、両手で抱えるほどの大きな鉄の筒を取り出した。筒には肩に掛ける用の革のベルトがついており、反対側には大きな穴が開いている。
「これが僕専用の兵器、名付けて『フラウランチャー』さ! 燃料を適切に供給することで、頭ぐらいの大きさのナパーム弾を発射するんだ!」
……予想外に危険な兵器が登場したな。
「危険すぎる。銃の恐ろしさの一つは誰でも扱えるところにあるし、盗まれでもしたら大変なことになるな」
「そこは大丈夫。この武器は、僕の魔法で燃料を供給しないと扱えないからね」
フラウは兵器の側面をこちらに見せてくる。そこには腕が入るぐらいの穴が開いており、恐らく彼女の腕に貯めた液体燃料をそこから供給するのだろう。
「ドワーフの凄さの一端を見ることができた、こんな貴重な体験ができるなんて有難いことだ。……そう思わないか、皆?」
オレは後ろを振り返りながらギルドメンバーに話しかける。だが、他の皆は完全に飽きており、一か所に固まって談笑していた。
「あっ。……ご、ごめんなさい、御主人様。あんまりよくわからなくて……」
「おいおい、こんな貴重な体験ができたというのに、男のロマンが分かっていないな」
「僕は女だけどね」
*
なし崩し的に工房で休憩していると、フラウが懐から石ころを取り出し、耳に当て始めた。
「……あれは何をやっている?」
「うさ耳君よ、あれは遠くの人の声が聞こえる石らしいぞ」
「勝手なあだ名をつけるな!」
うさ耳君ことシェレミーは耳をピクピクさせながらフラウの様子を見る。知らない人が見たら、石を耳に当てたり声をかけたりしている変態だ。
「お姉ちゃんが会議が終わったって」
「よし、早速向かうとしよう」
時間は18時ぐらいか、まあまあ長引いたようだ。
工房を出て、昼に一度訪れた通商ギルドの本部へ再び向かう。
「さっきの軍人がいたら嫌だな……」
「安心しろ、ロゼリカ。次はオレが『どけ、クソガキ!』って言い返してやろう」
「ガキじゃないと思うが……」
結局心配の必要はなかったようで、途中で誰にも会わずに部屋までたどり着いた。
中に入ると、会議机でフラウの姉が座っていた。やや疲れた表情に見えたが、オレたちの姿を視認すると、きりっとした表情に戻る。
「お待たせして悪かった。早速話を始めようか」
「……休憩は要らないのか?」
「時間がもったいない。私の事なら心配はいらない」
本人がそう言うので、黙って席につく。
「フラウから少し話は聞いているが、ストライキ中のドワーフたちに代わって金属材料が欲しいとか?」
「その通りだ。鉄や宝石で腹は満たせない。採掘から農業への移行は必須事項だと考えている。採掘ギルドとも話し合いを続けているが平行線だ。幸い金属加工をできる者たちは若干ながら通商ギルドにもいる」
「……ドワーフたちも突然ツルハシをクワに変えろと言われても困惑するだろう。平行線は当然だ」
「ツルハシもクワも形は似ているし問題ないと考えている」
……そういう問題か?
「オレが力を貸すのは簡単だが、ドワーフたちの技術を失うのは大きな損失に感じるな」
「全てが失われるわけじゃない。もちろん一部は残すつもりだ」
「……わかった。明日からオレの力で金属を生み出そう。ただし一つ条件がある」
「条件?」
「ドワーフたちと一度話をしたい。採掘ギルドとの会合を手配してくれ」
「……近日中に話し合いの場を設けよう」
時間も遅いし今日の所はこの辺にしておこう。彼女も疲れているようだしな。
「今日はここまでだな。オレたちは一旦帰らせてもらうが、フラウはどうする?」
「お姉ちゃんとしばらくここにいるよ。申し訳ないけど夕食は別でいいかな? 明日の朝迎えに行くね」
「わかった。よろしく頼む」
ここでフラウとも別れ、ギルドメンバーで夜を過ごすとしよう。
建物を出ると、暗くなっており寒さも増していた。思わず身震いしてしまう。
「御主人様、どうしますか?」
「……暖かい食事を出してくれそうなところを探すか」
明かりの強い方向に向かって、肩を寄せ合いながら歩き出す。
*
ミルハの軍事ギルドが所有する建物。
その中の部屋の一つに、藍色のローブの女、レグリンドが入っていく。
「ユリアン!」
「……なんだ」
女の影から、ユリアンが現れる。
「ちゃんと会合の内容は聞いていたんだろうね?」
「下らん話ばかりだ。ドワーフたちの問題に立ち入るつもりは無い」
「たしかにくだらない話だったけど、そのドワーフたちが"竜の双翼"を持っているんだからね。奴らの本拠地である地下洞窟が封印の場所さ。口数の少ない頑固者ばっかりで、突き止めるまで無駄に時間を使っちまったよ」
「それで、どのように奪うつもりだ?」
「簡単さ。私が従っているふりをしていた軍人がいるだろう? あいつを焚きつけてドワーフたちを襲わせるのさ。無能なくせにプライドと魔法は強いからねえ」
レグリンドは怪しく笑う。
「……どう焚きつけるつもりだ」
「簡単さ。あいつは国の稼ぎがドワーフ頼みなことに劣等感を感じているのさ。小さい男だが私たちにとっては好都合さね。あることないこと吹きこめば、すぐに行動に移すさ」
「その辺は任せるとしよう」
「目的のものを奪えばあとはこんな国に興味はないが、かつて竜を倒したミスリルの武器を作ったのがドワーフらしいねえ。禍根を絶つために、私の魔法でくだらない軍人たちごと殺してあげようか」
「無意味なことに時間を割くな。我々には時間がない」
「真面目な男は詰まらない男と同義さ。ドワーフ全滅の報を聞けばアーカイン様もお喜びになる」
「……」
ユリアンは呆れるが、レグリンドはニヤニヤと、どこか楽しそうにするのであった。




