第68話 白銀都市ミルハ
オレたちは国境で一泊した後、馬車を乗り換えフーリオールへの旅を続けていた。
「凄いな、この馬車は! まさか、暖炉付きだとは」
大きめの馬車は中心にレンガのブロックが積んであり、それを取り囲むように柔らかい椅子が配置されている。
レンガはかなり熱してあるらしく、手をかざすとぬくもりが伝わってくる。
「これは暖炉じゃなくてペチカって言うんだ。温まるのは遅いけど、一回熱くなれば冷めにくいからずっと馬車の中を温めてくれる」
「なかなかいいな、これは……」
雪国ならではの知恵という奴だろうか、非常に快適だ。普通の火だと煙が発生するため換気が必要だが、これなら室内の換気は不要だ。
「フーリオールの王都までは後2日ぐらいだよ。途中で一泊しよう」
「……結構長いな。まあ、仕方ないか」
「お兄様、またいろいろなことを教えて欲しいです!」
「しょうがない奴だ、じゃあ今度は……」
オレは再度本を開き、中身を確認しつつかみ砕いて教えることにした。
*
翌日も継続して馬車に乗り続ける。暖かさという点では快適だが、流石にそろそろやることが無くなってきた。
「ふう、もう本も読み終わって退屈だな」
「もうそろそろ私たちの王都が見えてくるよ。……ほら、あそこ!」
フラウが示す先には、真っ白い城壁が見えてきた。雪のせいだけでなく、壁自体が純白だ。
「わあ、素敵です……!」
「美しい壁だな」
「あれが王都ミルハだよ。ドワーフたちの作った白煉瓦の城壁は美しさと強さを兼ね備えているんだ」
冬という事もあって地面も雪で真っ白なため、擬態しているようにも見える。
馬車はそのまま城門を通り、都市の中へ入っていく。
都市の中はまるで一つの芸術作品のようだ。建物はハレミアと違い木の比率が少なく、大抵は城壁と同じ白煉瓦だ。どの家も分厚いガラスの窓があり、窓枠やドアには装飾が施されているものも多い。
この美しさにもドワーフがかかわっているのだろうか?
馬車は、王城らしき立派な城の前で止まった。一瞬王城に入るのかと思ったが、そうではなく城の目の前に位置するこれまた大きな建物に用事があるようだ。
「ここが通商ギルドの本部だ。国全体の商売や他国との貿易まで任されているんだよ」
フラウが説明しながら扉を開け、中に入っていく。オレたちも遅れないように後をついて行く。
3階建ての建物の最上階まで上がると、大きな扉を開く。中は広々とした部屋で、中心には会議用らしき楕円の大きな机、更に奥には執務席があり、そこに座っていた女性が立ち上がるとこちらへ近づいてくる。
女性はフラウと同じような髪色と瞳をしているが、その眼は鋭くやや神経質に見える。空色のロングのストレートヘアーは光に映えとても美しい。年齢はオレよりやや年上、24歳といったところか。
「お姉ちゃん!」
「フラウ、良く帰ってきたな。……貴方がフリード殿だな、私はシビル・ローレンスだ、よろしく頼む」
女性は自己紹介をすると握手を求め手を差し出してきた。オレではなく、エミリアに。
「あの……私はエミリアです」
「お姉ちゃん! 眼鏡、眼鏡!」
「おっと、失礼した。……今度こそ、よろしく頼む」
フラウと同じアンダーリムの眼鏡をかけると、オレに握手を求めてきた。
べたべたなボケで笑いを誘うとは。この女、かなりのやり手と見た。これは油断ならないな。
「来ていただいたばかりで申し訳ないが、今から他のギルドとの会合がある。しばらく時間を潰してきてくれないか? フラウ、街の案内を頼む」
「うん、わかったよ」
どうやら到着したタイミングが悪かったようだ。部屋に入ったばかりだが、また出ることになった。
「あっ、ロウウェンおじさん」
「……ふんっ」
扉を開くと男たちが立っていた。どうやら会合相手のようだ、白髪に近い髪色、尖った耳と透き通るような白い肌、そして眼鏡。恐らくドワーフだろう。
フラウが名前を呼んだので知り合いだと思うが、無視すると入れ替わりで部屋に入っていく。
「なんだか印象の悪い男でしたわね」
「あの人たちはドワーフかな? 一瞬人形かと思っちゃった」
「あっ! 私も思いました!」
ロゼリカとステラはよくわからないとこでキャッキャッと嬉しそうにしている。スプーンが転んでもおかしいお年頃か?
「……ガキども、邪魔だ!」
「ご、ごめんなさい……」
また別の軍服を着た一団が現れ、ステラたちを怒鳴りつけた。2人は委縮して横にそれると、踏ん反り返ってさっきの部屋に入っていく。
今の奴らもフラウの姉の知り合いだろうか。
「あの人たちは人間みたいですね」
「耳も尖ってないしそうだろうな。軍服を着ているという事はコスプレおじさんだな。裏をかいて商人の可能性もあるが」
「いや、普通に軍人だと思います」
……雪国のせいかエミリアも冷たいな。
「……?」
横目で集団を追うと、最後尾に雰囲気の違う女性がいた。藍色のローブを目深に被り、軍人というより魔術師のようだ。まあオレたちも魔術師といえば魔術師だが。
「もうっ、態度の悪い人たちが多いですわ!」
ルイーズはプンスコだ。2連続で無下にされればそういう印象を抱くのも無理はないな。
「ごめんなさい、ギルドマスター同士の会合の時はみんなピリピリしてるからさ。特に今は、ドワーフと人間の溝もあるし」
「気にするな。ところで会合はどのくらいかかるんだ?」
「いつもは夕方には終わるけど、白熱すると夜までかかることもある。それまで街を案内するよ!」
今は3時過ぎぐらいなので、早くても2時間はかかるか。
「まずは宿に荷物を置きたい。直接ここにきてしまったから荷物が邪魔だ」
「わかった、近くに通商ギルド所有の建物があるんだ。ここにいる間、そこを使って」
フラウに連れられてぞろぞろと移動し、一旦荷物を置くことにした。
*
「じゃあ出発しようか! どこか行きたいところはあるかい?」
「まずはおやつだろうな」
「わかった、僕のおすすめのお店に連れて行ってあげるよ!」
オレの提案に乗ったフラウは、徒歩数分にあるお店へ連れて行ってくれた。ここはカフェのようで、客が行列を作っている。この街では有名店なのだろうか。
フラウがメニューも決めてくれるようで、座席に座っているとほどなくして皿とカップが運ばれてきた。
「これはコーヒーと、ジャムか?」
カップの中身は黒い液体、匂いからしてコーヒーだろう。このコーヒー通にあえて勝負を仕掛けてくるようだ。
そしてもう片方の器には、赤い実がゴロゴロと入ったジャムらしきものがある。
「これはジャムっぽく見えるけど、そのまま食べるものなんだ。酸っぱいベリーの実をメープルで煮たものだよ」
フォークで実をつつき、口に運ぶ。一瞬甘さが口に広がるが、すぐに酸っぱさが後を追ってくる。おやつとしては悪くない。
ジャムを味わいながら、そろそろコーヒーで甘さを洗い流そうとしたところで、横に座っていたステラがせき込む。
「けほっけほっ! ……これ、何か変な味がします!」
「フリード、これは酒が入ってないか?」
「御名答! えーと、エルデットさんだったっけ? 実はこれにはアルコールが入ってるんだ! 寒くて水が凍るから、代わりにお酒を使ったのが始まりなんだって」
コーヒーとお酒、どちらも好きなのに考えもしなかったな。大人ってやつは、子供よりも欲張りなのだ。だからこんなものを生み出してしまう。
「ふっ、罪深い飲み物だ、このアルコーヒーは」
「御主人様、勝手に命名しないでください……」
寒い所は単純に作物が取れないから飯も不味いだろうと思っていたが、そんなことはなかった。雪国には雪国の味があるという事だな。
酒が苦手なステラやロゼリカの子供組は不満顔だったが、オレはしっかりコーヒーを楽しませてもらった。
*
「とても美味かった。ありがとう、フラウ」
「どういたしまして! ……次はどこか行きたいところある?」
「そうだな、ここにはドワーフたちがいるみたいだし、彼らの作る工芸品や金属細工も気になるな」
「うーん、直接ドワーフたちに話ができればいいけど、今は時期が時期だからな……。そうだ、良かったら僕の工房に来ないか?」
「フラウの工房?」
「うん、こう見えて僕にもドワーフの血が流れているからね。僕の作ったものを色々と見せてあげるよ!」
それもなかなか面白そうな提案だ。お誘いに乗って、工房へ向かうことにした。




