第67話 雪国へ
今日はついに王都を離れ、フーリオール王国へ向かう日だ。
ギルド管理局の前で馬車を待つが、外で待つのはとても寒くて辛い。王都でさえこの寒さなのに雪国に行ったらどうなってしまうのか。既に心が折れかけている。
「無事に出国許可が降りて良かったですね」
「……監視付きだがな」
オレは横をちらりと見る。そこにはうさぎの耳が付いた少女が立っていた。
謹慎明けで他国に行くことを警戒されたのだろう。第一ギルドからお目付け役が一人同行することになった。
「いいか、私はシャオフー隊長ほど甘くない。少しでも怪しい動きをすればすべて報告させてもらうからな!」
少女はうさ耳をピコピコと動かしながら偉そうに話しかけてくる。
「そもそもお前は誰だ。知り合いみたいな態度だが、お前もシャオフーとかいうのも知らないのだが」
「なっ……!? 『魔法市』で会っただろ! 私と隊長に喧嘩を売ってきたじゃないかっ!」
「喧嘩なんて売ったことないが? オレは平和主義者だからな。妙な言いがかりをつけてくると殺すぞ」
「フリード、私たちは確かにこの者に会っている。豹柄の耳としっぽを付けた女と一緒にいた奴だ」
一触即発の雰囲気の中、デットが口を挟む。豹柄の女は記憶にあるような無いような……。
「……ああ、思い出した。仮装ガールズの影が薄い方か。忘れていて悪かった、これからよろしくな」
「だ、誰が仮装ガールズだっ! 私はシェレミーだ、ちゃんと名前で呼べっ」
「よろしくな、シェレミー。安心しろ、オレはうさぎが大好きなのだ」
「御主人様、どういう意味での好きですか?」
涎をぬぐいながら握手を求めるが、拒否されてしまった。……まあ別に仲良くなる必要はない訳だが。
とにかく今回は、オレたちのギルドと、フーリオールから来た少女フラウ、そしてうさ耳少女の8人で出発することとなった。いつの間にか大所帯になったものだ。
「フリード様、馬車が来ましたわ」
やれやれ、やっと出発できそうだ。全員で大型の馬車に乗り込むと、ほどなくして動き始めた。
*
「寒い、寒い。冬に馬車など乗るものではないな」
馬車は非常に風通しが良く、体から熱を奪っていく。肩を抱くようにして、ぶるぶると震えながら寒さに耐える。
「御主人様、毛布をどうぞ」
オレの横に座るエミリアはこのことを見越していたのか、大きなバッグから毛布を取り出した。有難く頂戴し、それにくるまって暖を取る。
……だが、オレだけが毛布を使うというのも何か申し訳ないな。
「……エミリアも一緒に入るか?」
「えっ! じゃあ、失礼して……」
オレが毛布の端を持って腕を上げると、その腕の中に納まる。反対側を見ると、ステラがオレの方をじーっと見ていた。無言で腕を上げると、そこに収まった。
「えへへ……」
「まったく、困った奴だ」
「ちょっと、フリード様たちだけ毛布なんてずるいですわ!」
まだちょっと毛布に余裕があるとはいえ、流石に3人が限界な気がするが。……だが、不可能を可能にするのが天才だ。
オレは毛布を上に投げると、メンバーの上にかぶせる。足元がどうしても出てしまうので、そこは『錬金術』で隙間風を防ぐ。
「おい、フリード! 私は別に……」
「遠慮するなデット、どんどん入るといい」
あまり広くない馬車の一角に、不格好な毛布のテントができた。ギュウギュウ詰めに6人が収まる。
「お前たちは何をやっているんだ……」
「ふふっ! みんなとても仲良しだね!」
うさ耳少女は呆れた顔をし、フラウは楽しそうに笑っている。
「これがうちのギルド流の交流だ、参ったか? 第一ギルドは真面目そうだしこんなことしないだろう」
オレは毛布の隙間から頭だけを出し、うさ耳少女に勝利宣言する。
「そんなことする必要はない。第一ギルドの理念は清廉・高潔・そして確実な勝利だ。馴れ合いなど不要」
「でも、この間はギルドメンバーの為に花を買っていたじゃないですか!」
ステラがオレに加勢し、口を出す。いいぞステラ、もっと言ってやれ。
「あ、あれは……セシリア様は花が似合う女性だ。だから、その、プレゼントしただけだ」
目に見えてしどろもどろになっている。同じギルドメンバーなんだ、馴れ合いなど不要といっても尊敬や情愛があってもおかしくない。
「ふん、オレの勝ちだな。非情を装っても人間なんだ、一緒に過ごせば過ごすほど愛情が湧く」
「何の勝ちですか……」
「ぶはっ! ……苦しいぞ、フリード」
デットが息苦しくなったのか、顔を出す。
残念ながらこのテントは通気性が悪いようだ。鉄を解除し、各自が元の席に戻った。
ひとまずエミリア、ステラ、ルイーズが毛布を使うことにした。……現地でもう一つ毛布を買って帰ろう。
オレたちのコントが終わると、フラウが声をかけてきた。
「もうすぐ国境だよ。僕たちの馬車はちゃんと暖かいから期待してくれていいよ」
「へえ、楽しみにしておこう。……現地につく前に、もう少し情報を勉強しておくか」
オレは自分のバッグから本を2冊取り出す。例のごとく『ユグドラシル』から借りてきた本で、1冊はフーリオールに関する情報、もう1冊はドワーフ族について書かれた本だ。まずはドワーフに関する本をめくる。
「フラウはドワーフとのハーフって言ってたな」
「うん、僕みたいなのは珍しくないよ。フーリオールではドワーフと人間は昔からつながりが深いからね」
「お兄様、ちなみにドワーフというのは……?」
「一言で言うと亜人だな。まあドワーフからしてみればオレたちが亜人だろうが……。それはさておいて、ドワーフは見た目はほとんどオレたちと一緒だが、肌は白く、耳は尖り、指は長くて繊細。洞窟に住んでいるせいで視力は悪いが他の感覚は優れていて、彼らの作る工芸品はとても美しいのである」
「完全に説明口調ですわね」
オレは手元の本をパラパラとめくりながら説明する。
「宝石や金属加工が得意で、魔法をはじくミスリルを加工できるのはドワーフだけらしいぞ」
「ミスリルはともかく、他の金属ならフリード様の方がそれこそ自由に形を変えられるのではなくて?」
「いや、オレはあくまで純金属しか生み出せないからな」
「……? 違いが分かりませんわ」
やれやれ、ここはフリード様の天才講座の時間だな。オレは立ち上がると鉄で眼鏡のフレームだけを作り、それを顔にかけクイッと中指でずり上げる。
「いいかねステラ君、ルイーズ君。まずはこれを曲げてみたまえ」
小さな薄い鉄板を生み出し、2人の手元にポイっと投げる。ルイーズは『何の真似ですの?』みたいな表情を向けるが口には出さずに鉄板を素直に受け取る。
「お兄様、じゃなかった、先生! 曲がりました!」
ステラはノリノリでオレのイメージプレイに付き合う。直角に曲げた鉄板を見せびらかすように振る。
「流石だ、ステラ君。鉄というのは意外に柔らかく、手でも曲がってしまうのだよ。だけど包丁なんかは同じ鉄のはずなのに、薄いけど簡単には曲がらないだろう?」
「そういえばそうです……! 何故ですか、先生!」
「それは鉄に不純物が混じっているからなのだ。金属というのは他の金属や不純物が混じると強くなったり固くなったりすることがあるのだよ。不思議だろう?」
「不思議です、先生!」
ステラは素直にうなずく。生徒としては100点満点の反応だな。講義が終わったのでオレは鉄の眼鏡を窓から投げ捨てて、席につく。
「……そんなわけで、金属というのは奥が深いと言いたかった。金属を操るものとして、ドワーフたちにはぜひとも会ってみたい」
「ドワーフは頑固な人が多いけど、皆優しいんだ。きっといろいろ教えてくれるよ」
こんな寒いときに雪国などと思ったが、フーリオールの文化やドワーフたちとの交流は純粋に楽しみだ。
ついでに飯や酒が美味ければ言う事なしだな。
「……そろそろ国境だよ。ここからは僕たちの馬車でもてなさせて貰うよ」
北に行くにつれて、本格的に雪が降ってきたが、オレの心は熱く高ぶり始めていた。




