第66話 訪問者
「うーん、やはり年始は仕事が少ないな」
オレはギルド管理局の依頼掲示板を見ながら、独り言をつぶやく。
新しい年が始まって約1週間。だが新年になった瞬間仕事があるわけでもなく、ゆるゆると日にちだけが過ぎていく。
「アルトちゃん、いい感じの仕事を隠してないか」
「私は業務に関して隠し事はありませんので」
敏腕受付嬢に話しかけるが、アルトちゃんは今年も相変わらずだな。そっけなく返事すると、すぐに視線を外しデスクワークを再開する。
「はあ、やっぱりしばらく仕事はお休みか」
諦めて今日もギルドホームへ戻ることにした。
*
「御主人様、仕事はどうでしたか?」
「今日もいいのは無かった。そもそも仕事の数が少ないからな」
ホームへ戻るとエミリアがいつものようにコーヒーを淹れる。オレは座りながら愚痴を言うと、ちょっとずつコーヒーをすすり始める。
「寒い冬に暖かいコーヒーは最高だな。……ビストリアでコーヒー収穫の依頼でもあれば、多少報酬が少なくても喜んでいくのにな」
「普通はその国で自己完結するとは思いますが」
オレの発言にエミリアが苦笑する。まあ確かに、同盟国とはいえわざわざ他国に依頼はしないだろうな。
「オレほどの天才になれば、国境を跨いだ依頼が来る可能性はあるぞ?」
「……国内でも直接依頼が来るなんてほとんどなかったと思いますが」
エミリアといちゃいちゃしていると、呼び鈴が鳴る音が聞こえた。わざわざ呼び鈴を鳴らすのは来客だ。
「ほら、噂をすれば。コーヒー農家かな? それともパイナップル農家か?」
「多分違うと思いますが……」
「お兄様、私が出ますね!」
まだ学園が休みの為、ホームでゴロゴロしていたステラが立ち上がり、玄関へと駆けていく。
この冬に、しかもまだ新年で来客とは、何の用事だろうか?
*
「お兄様、来客です」
「初めまして、貴方がフリード・ヴァレリーさん? 僕はフラウ・ローレンスと申します」
「天才錬金術師、フリードだ。よろしく」
ステラが連れてきたのは、いわゆるボクっ娘という奴だろうか、見た目はどう見ても女の子だが僕と名乗った。
オレは女の子をじろじろと観察する。歳はルイーズと同じぐらいの17歳と見た。透き通るような白い肌、空色の髪を長めのツインテールにし、赤いアンダーリムの眼鏡をかけている。……そして、耳がわずかに尖がっている。
「何の用かは知らないが、立ち話もなんだしこちらで話を伺おうか」
来客用の席に案内すると、向かい合って座り話を聞くことにした。
エミリアがコーヒーを準備し、各自の目の前に置くとオレの横に座る。
「本日は、フリードさんに依頼があってきたんだ。ぜひ力を貸してほしい」
「ふっ、直接依頼が来るとはオレも有名になったものだ。それで、依頼の内容とは?」
「貴方の『錬金術』で金属を生み出してほしいんだ!」
フラウは机を乗り出し、依頼をしてくる。どこかでオレの情報を手に入れたらしい。
「悪いが、他国の人間にそう簡単に力は貸せないな」
「な、なんでそれを……!?」
言ってないのに、と驚いた表情をするが、簡単な推理だ。
「人は見た目で大体わかる。メイド服を着ていればメイドだし、服を着ていなければ露出狂だ」
「……おい」
遠くから突っ込む声が聞こえた気がするが、オレは言葉を続ける。
「その白い肌と薄めの髪色は日照時間の少ないフーリオールの特徴だ。更に眼鏡は貴重品で、金持ちぐらいしか持てない。それに尖った耳はドワーフの特徴で、これもフーリオール出身を裏付けている。……そのことから、フーリオール出身のドワーフ貴族の娘と見た」
「御主人様、凄い洞察力です!」
オレは自分の推理を語る。
「す、凄い……! この一瞬でそこまでバレるなんて。確かに僕はフーリオール出身だ。ドワーフじゃなくて人間とのハーフで、貴族じゃなくて商人の娘だけど」
……出身地以外合っていなかった。
「まあそんなわけで、ちゃんと理由を言わないと力は貸せない」
「……わかった、じゃあ正直に言うよ、まずは背景から説明させて。僕たちの国は寒くてあまり農作物が取れないから、貿易で食料を得ている。ドワーフと人間が協力して、山から金属や宝石を取り出して加工し、それを輸出することで国が成り立っているんだ」
フラウは国の背景を語る。まあこの辺の情報はオレたちでも十分知っていることだ。
「食料は消耗品だけど、宝石や金属加工品は消耗品じゃないし有限だ。需要は年々下がるのに取れる量も減っていくからフーリオールの経済は厳しい状況なんだ」
……経済の話になるとまた厄介だな。ギルドがどこまで介入していいか見極める必要がありそうだ。
「少しでもこの状況を脱却するために、採掘に頼るのは止めて少しずつ食糧生産にも力を入れようとしているところなんだ。だけど伝統を大事にするドワーフたちは反対し、ストライキを起こしている。まだ食糧生産が安定していない時期に採掘までストップしたら国が崩壊してしまう!」
「やっと話が見えてきたな。要するにドワーフたちの代わりにオレに原料として金属を生み出してほしいという事か」
「その通りだ! 幸い、寒さに強い農作物の研究はかなり進んでいて、国内の需要だけなら2、3年以内には満たせそうなんだ。2年、いや、せめて1年だけでも乗り越えられれば……」
「御主人様、どうしますか……?」
オレは腕を組み考える。外国の為にオレはどこまで協力すべきか? 協力したとして、ドワーフたちはどうなる?
「今の説明だけじゃ納得できないところがあるな」
「そ、そんな! それじゃ困る!」
「勘違いするな、オレは自分で見て判断することに決めた。ギル管に行って技術支援の名目で、ギルドとして出国許可を貰おう」
「本当!? ……あ、ありがとう! これで、お姉ちゃんも助かるよ!」
「姉?」
「うん、僕のお姉ちゃんは通商ギルドをまとめているんだ」
どうやらお偉いさんらしい。フーリオールはオレたちの国と違って国営ギルドしかない。つまりは王家にも認められている存在なのだろう。
「よし、そうと決まれば準備を始めよう。フラウ、出国には少し期間が必要だ。空いている部屋があるから必要であれば使ってもいい」
「ありがとう、フリードさん! じゃあ僕はお姉ちゃんに連絡するね。国境に馬車を準備しておくよ」
フラウは懐から石を取り出すと、それに向かって話しかけ始めた。
「それが連絡手段か? 魔法のようだが」
「これはお姉ちゃんの魔法、『耳打石』だよ。これに話しかけるとお姉ちゃんに届くんだ」
「へえ。……ついでだし、お前の魔法も教えてくれ」
「うん、そうだね……」
オレの信頼を得るためには情報を伝えるべきだと思ったのだろう、素直にうなずく。
フラウはカップに入った熱いコーヒーを見ると、それをいきなり自分の手の平にかけ始めた。
「うおっ!? 熱っつつつ!」
「御主人様、大丈夫ですか!?」
「……いや、オレは大丈夫だ。見ているだけで熱くなっただけだ。……熱くないのか?」
「ふふん、これが僕の魔法『硝子の心臓』さ。液体を手の平から吸い上げて、腕の中に保存できるんだ」
フラウはどや顔で説明する。彼女の腕は、手首から先だけコーヒー色に染まっていた。体内にコーヒーが吸い込まれたようだ。
「液体なら熱くても危険なものでも吸い上げられるのさ! 腕2本で、2種類までなら保管できるよ」
手の平をカップの上に向けると、じょぼじょぼとコーヒーを垂れ流し、再びカップに収まった。黒く染まっていた彼女の手は再び元の白さを取り戻す。
……見た目はあまり良くないな。飲み物には使わない方が良さそうだ。
「フリード様、寒い所は嫌とか言ってましたわよね?」
耳だけはこちらに傾けていたのだろう、ルイーズが近づき会話に交じってくる。
「ふっ、この天才は頼ってくる者を無下にはしない。雪国にオレという名の春を届けよう」
「……暑苦しいですわね」
「お兄様、私も……」
「分かっている。今回は大仕事になりそうだし、皆で行くつもりだ」
オレの言葉にステラは顔を輝かせる。
「出国許可が出次第、出発できるようにしよう。みんな準備を頼む」
「本当にありがとう、フリードさん!」
……この国を跨いだ依頼は、上手くこなせばかなりギルドの評価も上がるに違いない。あわよくば、報酬もたっぷりと。
「御主人様、何か怪しい笑みを浮かべていませんか?」
「ふっ、オレは人の役に立つことに喜びを感じる男だからな」
「……本当ですか?」
メイドのジト目を浴びながら、オレは一人胸を高鳴らせていた。




