第65話 野望
温泉街ジェロで過ごすこと約2週間。
十分に休養し、墓参りも終わらせたので、本日王都に戻ることにした。
馬車の到着場所で3人並べて立ち、遠くを眺めて待つ。
「大分この街も遊びつくしたな」
「フリード、豪遊しすぎだよ……」
滞在中にこの街は遊びつくしたと言ってもいい。肉、野菜、郷土料理など、目につくものは全て食べつくした。
観光地も、宿泊していた宿の温泉だけでなく、足湯や流れる温泉など、行けるところはほとんど行ってしまった。
「また仕事を頑張らないとですね」
仕事がないと人は堕落するというが、オレも例に漏れずその一人になってしまったな。
1週間後にはギルドの謹慎期間も終わり、更に新しい年も始まる。来年もこれまで以上に頑張らなくては。
3人で思い出を話しながら王都への馬車を待つと、何か白いものがはらりと落ちてきた。
「御主人様、雪です!」
「珍しいな、ハレミアで雪が降るとは」
温暖な気候であるハレミアはめったに雪が降らない。まだ12月なのに雪が降るとは、今季は寒くなるかもな。
手の平を上に向けると白い粒がその上に落ち、冷気を残して水滴へと変化する。
「この分だと、年が明けてもしばらく寒くなりそうだな。どうせなら暖かくなるまでギルド活動は休むか」
「ちょっと、御主人様! この休暇だけで1000万ベル近く使っているんですよ!」
「……そんなに使っていたか」
いつのまにか豪遊しすぎたようだ。温泉貸し切りは意外と高くつくな。
「……1億あったんだからちょっとぐらい構わないだろう」
「将来何があるかわからないですから、ちゃんと貯蓄しないとだめですよ」
「わかった、善処する。……どうせならハレミアより暖かい、サリア王国かビストリアに仕事に行きたいものだな」
この大陸の6大国のうち、ハレミアより暖かいのはこの2国だけだ。間違っても、冬の間に極寒の国フーリオールには行きたくない。
「丁度良い仕事があればいいですけど……」
「お、馬車が来たぞ。仕事のことは来年考えるとして、早く王都へ向かおう」
馬車が来ると、3人で乗り込む。王都へ行くのはオレたちだけのようで、乗り込むとすぐに動き出した。
外よりましとはいえ、馬車の中も十分に寒い。3人で一か所に固まり暖を取る。
「ああ、温泉が遠のいていく……」
「また来年も来ればいいさ。次はギルドメンバー全員で来よう」
少しずつ遠くなる街を背に、馬車は走っていく。
*
「うわぁぁぁん、お兄様ーっ!」
「うお、ステラ! ……もう実家から帰ってきてたか」
お昼過ぎに王都に帰りつき、ギルドホームの扉を開けると、妹がオレに突撃してきた。
流石に何度もタックルを食らう訳にはいかないので、腹に力を入れて耐える。この兄を舐めるでないぞ。
「帰ってきても誰もいなくて寂しかったです……! 火は危険だから、暖炉もつけられずに……」
「そうか、寒かったな。すぐに暖かくしよう」
「私は暖かい飲み物を準備しますね」
ステラの涙を親指で拭ってやると、暖炉の準備をする。木くずに向けて火打石でカンカンと打ち鳴らすと、小さい火が起こる。それを絶やさないようにしながら少しずつ火を大きくしていく。
エミリアが用意してくれた熱いコーヒーを息で覚ましながら、4人で机を囲む。
「お兄様、冬の間はどこに行っていたんですか?」
「温泉でゆっくり休養してきたところだ」
「温泉! ……私も行きたかったです」
「今度は連れて行ってやるさ。……それで、実家はどうだった?」
「お母様もお父様も元気でした! お兄様にも会いたがっていましたよ、一緒に帰れば良かったのに」
「……そのうちな」
オレの両親は過保護が過ぎるので、あまり帰りたくない。7歳までの思い出しかないが、その年で家出を決意させるのだから相当だと言える。
お互いに冬休みの思い出話をしていると、玄関の扉が開く音がした。
「……みんな、もう帰ってきていたのか」
「皆さま、お久しぶりですわ!」
「ルイーズさん! エルデットさんも!」
デットとルイーズが2人一緒に帰ってきた。珍しい組み合わせだ。
「ここに来る途中たまたま会ってな。……ほら、フリード、お望みのものだ」
デットはやや大きめの袋をテーブルの上に置く。中身をチラリと覗くと、きれいに下処理されたうさぎの肉が3頭ほど入っていた。
「デット、やはりお前は最高の女だな。今夜はパーティーだ、全員無事帰宅記念というところだな」
「では、早速夕食の準備をしますね!」
デットとルイーズ分のコーヒーを準備したエミリアが、そのままキッチンへ肉を持っていく。
……なんとか今年は無事に乗り切れた。来年もしっかり頑張るとしようか。
漂い始めた夕食の匂いを嗅ぎながら、抱負を胸に刻み込む。
*
どこかの山奥にある神殿。
ここではかつて大陸を支配していた竜を神として祀っていた。
人類の敵である竜は、どの国でも崇拝すること自体が罪であるため、本来ならば存在するはずのない建物。
その建物の前に、藍色のローブを深く被った女が立っている。
「……ふん、人目につきたくないとはいえ、相変わらず辺鄙なところね」
女は神殿の前にある、竜をかたどった石造の口の中に腕を突っ込むと、舌を捻る。
それが神殿へ入るための鍵なのだろう、鈍い音をたてて神殿への入り口が開き始めた。
入り口は入るとすぐに地下への階段が続いており、女はカツカツと足音を立てながら降りていく。
地下には蝋燭の明かりでわずかに照らされた小さな部屋があった。
「ユリアン、いるんだろう? 顔を見せな!」
女が部屋に響く声で名を呼ぶ。影から漆黒のローブを被った男が浮かび上がってきた。
「……何の用だ、レグリンド」
「やっとフーリオールに封印されている"竜の双翼"の場所が分かったから呼びに来たのさ。盗んだ後無事にここに持ってくるにはあんたの魔法が必要だからね」
「……主に伺いを立ててこよう」
「聞こえていた」
ユリアンが部屋の奥へ移動しようとしたところで、奥の暗がりからしわがれた声が響く。
2人は声のする方に跪く。その方向には、かなりの年齢と思われる老人がいた。暗がりで表情が見えないが、苦しそうな息遣いで椅子に座っている。あまり長くない様子だ。
「……これは、アーカイン様! 御無事で何よりでございます」
「ふん、皮肉だな。日々、この体が劣化していくのがわかる」
「失礼しました……。ですが、喜ばしいお知らせです。聞いていたと思いますが、"竜の双翼"の場所を突き止めました。ユリアンと共に奪取を試みたく存じます」
「分かった……。もう我も長くない。早く竜の体を集め、『融合』する必要がある。多少荒くても構わぬ、必ず奪い取ってくるが良い」
「かしこまりました! ……行くよ、ユリアン」
2人は頭を下げると、部屋を出ようとする。だが、ユリアンの背に声がかけられる。
「ユリアンよ、アリスはどうした。竜の体が集まっても、あやつの魔法が無ければ竜は復活せぬ」
「……またどこかで遊んでいるかと」
「万が一があっては困る。この任務が終わったら必ず連れ戻せ」
「ミュゼーがついているので問題はないと思いますが、仕事が終わり次第動きましょう」
ユリアンは再度頭を下げると、部屋を出て階段を上り始めた。
アーカインは無言のまま、退出を見届ける。
2人が完全に居なくなった後で、ポツリと独り言をつぶやく。
「……この体も持って1、2年だな。早く竜と『融合』し、神とならなくては」
邪な野望を口にし、誰もいない部屋を見続けていた。




