第60話 温泉に行こう
ルイーズは、自分の家に帰ってきていた。
使用人がみな居なくなったためギルドホームで過ごすことがほとんどだが、由緒ある貴族の家を放置するわけにもいかず定期的に帰ってきている。
「……ちょっと埃が溜まってきましたわね」
指で窓枠をすっとなぞると、手に埃が付く。毎日のようにエミリアが掃除しているギルドホームと比べると情けない状態だ。
「エミリアさんみたいな使用人がいてくれれば……」
愚痴っぽい言葉が出てしまうが、首をぶんぶんと横に振る。
(何言っていますの、ルイーズ! 私は周りに迷惑ばかりかける自分を変えるために、フリード様のギルドに入ったのですわ! ここでも私自ら行動しないと……)
心の中で、自分自身を省みる。
実家の掃除を一人でやりきる。それがルイーズの冬休みの目標になった。
「あら、手紙……?」
一旦ギルドホームに帰ろうとしたところで、玄関に手紙が落ちていることに気付いた。
おそらく玄関を開けた時、扉に挟まっていたことに気付かなかったのだろう。
拾い上げて、中身を見る。
「お父様、帰ってきますのね……!」
内容を見て、笑みがこぼれる。冬の間、父親が返ってくるという連絡の手紙だ。
以前、偽の手紙で騙されたことがあるので文をしっかりと読み直すが、ちゃんと最近書かれた、父親の文字だ。
「早く掃除しないと……!」
思わぬところで目標の期限が短くなってしまった。
*
「よし、エミリア。……入れていいんだな?」
「は、はい、御主人様! 優しく入れてくださいね?」
「わかった。……よっと」
「きゃあっ! 御主人様、もっとゆっくり……!」
「わ、悪い!」
「ちょっと、こんなところで何をしていますのっ!?」
オレとエミリアがキッチンで作業していると、顔を真っ赤にしたルイーズが飛び込んできた。
オレの手には小麦粉の入った大きな麻袋が抱えられている。料理の時に使いやすいように小さい容器に小分けにしようとしていたところだが、優しくしたつもりが勢い余って少しこぼしてしまった。
当たりには小麦の粉塵が舞い、白い煙のようになっている。
「あ……何でもありませんわ。フリード様、あとで少しお話させてくださいませ」
「……?」
ルイーズはオレの返事も聞かずに、顔を真っ赤にしたままさっとキッチンを飛び出していった。
「よくわからんが話があるみたいだな。さっさと仕事を終わらせるか」
「きゃぁ! ご、御主人様、激しいです……!」
悪戦苦闘しながらなんとか小麦を分け終えると、ルイーズの所に向かう。
ルイーズはロビーの椅子に座って待っていた。
「何の用だった?」
「……小麦粉がお顔についたままですわよ」
「お前の真っ赤な顔に合わせて白くしてみたんだ」
「べ、別に真っ赤になんて……!」
ルイーズはまた顔を赤くするが、ゴホン、とわざとらしくせき込み、無理やり冷静さを取り戻す。
オレも顔をぬぐいながら椅子に座り、話を聞くことにした。
「この冬の間、お父様が王都に帰ってきますわ」
「そうか、良かったな。父親とゆっくり過ごすといい」
「ええ。だからしばらくは実家に泊まり込みで掃除をしたいと思いますわ」
実家に泊まり込みとは、ギルドホームとどっちが自分の家かわからんな。
「手伝いは要らないのか?」
「私もこのギルドで成長しましたわ。自分自身の手で掃除ぐらいやり切れます」
成長した結果が1人で掃除なのか、とは思ったが、貴族のお嬢様にしてみれば立派な成長かもしれない。
まあ、オレの奉仕活動も手伝ってくれたことだし、こっそり様子を見るぐらいはしてやるか。
オレは頑張れよと声をかけ、席を立つ。
*
今日はステラが実家に帰る日だ。まだ太陽の昇っていない朝早くから、馬車の発着場で出発の時を待つ。
ほどなくして、目的の馬車がたどり着いた。
「ステラ、気を付けて帰るんだぞ」
「はい、お兄様!」
ちょっと前までしょんぼりしていたが、時間がたって少しは気を取り直したようだ。馬車に乗り込んで窓から頭を出すステラの頭を撫でてやる。
馬車が視界から消えるまで、オレは馬車の方向を見続ける。
「これはこれは、ヴァレリー様ではありませんか。おはようございます」
「む、アルトちゃんか。オレも今来たところだ、さあデートに行こうか」
「相変わらず頭の中身が私たちと違うようですね」
デートの待ち合わせ風を装ってみたが、通用しなかった。
アルトちゃんは今から仕事のようだ。馬車の発着場とギルド管理局が近い為、近くを通ったのだろう。
「オレがギル管に行かないからどうせ暇なんだろう?」
「御心配には及びません。デスクワークもありますので」
わずか数分の道のりだが、アルトちゃんの横に並び話しかける。失せろと言わないから並んで歩いても問題ないと判断した。
だが、会話は一言二言で目的地についてしまう。
「では、私はこの辺で。また来年もよろしくお願いします」
……もう今年は会うつもりはないようだ。
*
「フリード、ちょっといいか?」
ギルドホームに帰りつくと、デットが声をかけてくる。ロビーにある椅子を促し、向かい合わせに座って話を聞く。
「私も一度実家に帰ろうと思う。両親の墓参りと、家の整理をしたい」
墓参りか……。偶然にも、オレと同じことをするつもりらしい。……オレの場合は親ではないが。
「そうか、お土産を頼むぞ。うさぎの肉がいいな、オレは」
「……何で私の時はこっちが準備しなきゃいけないんだ」
やれやれ、妹と露出狂では態度が違うのは当たり前ではないか。だがデットのいう事も一理あるので、『錬金術』で金を生み出す。
金の形を変え、腹巻を作ってやった。
「……なんだ、これは?」
「純金製の腹巻だ。お腹を大事にしたまえ」
「いや、いらないが」
「いつか必ず役に立つ時が来るさ」
オレはそれを押し付けると席を立ち、気を付けてな、と声をかけて肩をポンと叩く。
「これ、使おうとしても固くて着れないじゃないか……」
その場を立ち去るオレの耳にそんな言葉が聞こえた。
*
翌朝。
結局デットもギルドホームを発った様で、今日はギルドホームには3人しかいない。
「おはよう、ロゼリカ」
「あっ、フリード、おはよう」
ロゼリカは朝食が準備されるまでの間、長い棒を2本使って編み物をしている。なかなか器用なもので、棒をくいくいと動かすと毛糸が編み込まれていく。
「……上手だな」
「うん、ママが教えてくれたんだ。ママは服飾の仕事してたから」
「毛皮も扱えるのか?」
「あんまり経験ないけど、一応使えるよ」
話をしていると、エミリアが朝食を持ってきた。今日はシンプルにトーストと目玉焼き、そしてコーヒーだ。
エミリアも席につき、3人で食事をとる。
「2人はどこにもいかないのか?」
「私は毎週母親の所に帰ってますし、御主人様がいるなら私もここにいようかなと」
「……私は、帰る場所がないから」
「そうか」
2人とも用事があれば、オレも心置きなく外に行けるのだが。エミリアはともかくロゼリカが心配だな。
ここは別の作戦を取ることにしよう。
「よし、決めたぞ。オレたちを置いて実家に帰った奴らへの当てつけとして、オレたちは遊びに行くぞ!」
せっかくの冬休みなのだ、遊びに行かなくてどうする。
「ど、どこか行くところあるんですか?」
「ふっ、今は冬でとても寒い。寒い時には体を温めたいもの。つまりは温泉だ!」
「温泉……初めてかも」
偶然にも、俺が行きたい場所の近くに温泉がある。2人の体を癒しつつ、オレの目的も果たすとしよう。
「そうと決まれば準備だ。出発は明日にしよう」
予定を伝えると、食事を終わらせ早速準備を始めることにした。




