第49話 使い魔の正体
「あれが、虹蓮……」
意外とあっさり見つかったそれが本物か確かめるため、虹色のつぼみに近づく。
蓮というのなら、その先にいわゆる蓮根があるはずだ。水底に腕を突っ込み、手探りで泥を掻きまわす。
「御主人様、意外と大胆です……」
「見てないで、手伝ってくれようとは思わないのか?」
手の感覚だけを頼りに漁りまわると、固い感触があった。ゆっくり引き上げると、丸い棒状の根がいくつか連なっている。
「よし、間違いないな。これが虹蓮だ」
「良かったです、お兄様!」
「ああ、ロゼリカもありがとう」
「う、うん……」
オレは根と花の両方を持って帰ることにする。……どっちが麻酔の材料か聞くのを忘れていたからな。
「よし、暗くならないうちに帰ってしまおう」
オレたちはさっき来た方向に戻っていく。
仕事が終わったとはいえ油断は禁物だ。家に帰るまでがキャンプなのだから。
「御主人様、あそこ、何かおかしくないですか?」
歩いている途中で、エミリアが沼地を見て声をかける。そこは、草木がなぎ倒されており、それが長く続いている。何か大きなものを引きずったような跡だ。
「何かが通った後に見えるが、わからんな。馬車ぐらいの大きさのものが通らないとあんな跡がつかないはずだが……」
まあ、気にする必要はないだろう。沼地に何が潜んでいようと、もう足を踏み入れることはないからな。
*
やっと沼地の外にでたようだ。ここに来た初日にキャンプした跡がまだ残っている。
急いで沼地を出たせいか、時間としてはまだ午後3時ぐらいだ。
「もう、帰ってしまうの?」
ロゼリカが足を止め声をかけてくる。やや悲しそうな表情だ。
「何を言っている? お前も一緒に帰るんだ。オレたちはもう仲間だろ?」
「え!? で、でも、私、こんな姿だし……」
「オレたちの中でお前の姿を馬鹿にしたやつがいるか?」
「う、うわぁぁぁん……! ありがとう、ありがとう……!」
まったく、また泣きだしたぞ。だが、悲しむのは今日で終わりだ。彼女はもう一人じゃない、これからはオレたちが支えてやれるんだ。
めでたし、めでたし……。
「ちょっと御主人様! 村の潰された家はどうするんですか!?」
「なんだ、良い感じで締めたつもりだったのに……。石を投げるような村はほっとけばいいだろ」
「そ、そういう訳にはいかないと思いますけど……」
やれやれ、仕方ないな。別に依頼を受けているわけでは無いが、潰された家の謎もオレが解決してやろうではないか。
「最初に村に来たときは魔王ばかり気にかけて、家を直接襲った使い魔とやらの情報を得ていなかったな。もう一度情報収集に行くとしよう」
ロゼリカを置いていくわけにはいかないので、情報収集はオレとエミリアだけが行くことにする。ついでに今夜の分の食事も買っておいた方がいいだろう。
再度村に入り、潰れた家の前に到着する。もう既に人だかりは無く、ガレキの片付けが始まっていた。
「畜生! まだ家のローンが残っていたのに……!」
何とも悲しい言葉を口にする男がガレキのそばで俯いていた。こいつが潰れた家の持ち主のようだ。傷口を抉ってやるとするか。
「失礼、このぺちゃんこハウスの持ち主とお見受けするが、話を聞かせて貰えないか?」
「なんだお前……?」
「オレは旅の天才錬金術師だ。この村を救いたい、純粋にその気持ちからここに来た。少しでも情報を頂けないだろうか?」
「……わかった、どうかオレの仇を取ってくれ……」
男は家が潰された時の情報を語りだした。
「夜中のことだ。ドシンドシンという大きな音が沼地の方から近付いてきて、家の前で止まったんだ。やばいと思って家から出た瞬間、魔王の使い魔がその大きな体で家を潰したんだ」
「大きな体?」
「ああ、あんな大きな生き物は見たことが無い。暗くて姿は良く見えなかったが、闇夜に光る赤い目、恐ろしくて腰を抜かしたよ」
うーん、いまいち要領を得ないな。欲しいのはどんな生物かなのだが、こんな情報じゃ対策が練りにくい。
オレは何か手掛かりがないかとガレキを覗く。
「む? 夕食は肉を食べたのか?」
「ああ、魚や野菜ばかりは飽きたから、羊の肉を旅の商人から買ったんだ。この辺は牧畜もしてないからな。……そんな情報、どうでもいいだろ」
……オレたちだって肉を食いたかったのに。
「御主人様、どうします?」
「これだけじゃ情報不足だ。他に使い魔を知っている人がいないか探してみよう」
「お前さんたち……使い魔を知らぬのか……」
突然後ろから声をかけられた。振り返ると、また語彙力不足の老人が立っていた。
「今でも忘れぬよ、暗闇に浮かぶあの巨大な姿……。ワニのような大きな口、ワニのような固い皮膚、ワニのような平べったく強靭なしっぽ。……恐ろしくて漏らしてしまったわい」
……全身ワニじゃないか。
「御老人よ、その情報は本当か?」
「わしの『千里眼』に狂いはないぞ、何でもお見通しじゃ」
突然凄い魔法の持ち主だと発覚したが、目よりも頭を鍛えた方がいいな。
オレは情報を一旦キャンプへ持ち帰ることにした。
*
「巨大なワニ?」
「ああ、謎の老人曰く、そいつが家を襲っているらしい。……魔法による攻撃を心配していたが、そうではなさそうだ」
「でも、正体がわかってもどうやって見つけますの? 被害は月に2件とか言っていましたわ」
「そこも予想はついている。襲われた家は夜に肉を食べていたらしい。昨日夕食を買おうとしたとき、村に肉はなかっただろう? きっとここでは珍しい旨そうな匂いに誘われたんじゃないか?」
「肉の匂いで誘うとしても、肝心の肉が無いじゃないか」
「デット、今からそれを狩りに行くのだよ」
オレはデットの肩をポンと叩く。はあ、とため息をつかれてしまった。
*
沼地の中で、デットが矢を放つ。ギャア! という声がして、木の上からカラスが落ちてきた。
「これで7羽目か。カラスは食べたくないし、素直におとりに使えるな」
オレはカラスの羽をブチブチと引きちぎり、生み出した鉄のナイフで内臓を取り出す。
首を落とし、逆さに吊り下げて血抜きをする。
「お兄様、怖いです!」
「そ、それを近づけないでくださいませ!」
ステラとルイーズは抱き合って離れた位置にいる。
「全く、羽を取れば普通の鳥肉じゃないか。そんなに恐れる必要があるか?」
「御主人様、女の子の気持ちがわかっていませんね」
「そんなことを言うとデットが可哀想だろう」
「……人を巻き込むな」
これぐらい取れれば十分か。もう夕方になってしまったし、罠の準備するとしよう。
沼地の入り口で再びキャンプの準備をする。
「フリード様、同じところでそれを焼かないでくださいませ!」
拒否されてしまったので、離れた位置にもう一つ火をおこし、カラス専用バーベキューを始める。できるだけ匂いが沼地に漂うように、火の様子を見ながら焦がさないように気を付ける。
「へえ、ロゼリカさん、裁縫が得意なんですか」
「うん、ママが教えてくれて。この魔王っぽいマントも自作なんだ」
「とってもお上手ですわ!」
普通のキャンプでは、ロゼリカを含む女の子たちがキャッキャと野菜を焼きながら談笑している。
……なんだか寂しい。なぜオレは思い入れのない村を救うために1人カラスを焼いているのだ。
「御主人様、大丈夫ですか? 野菜を持ってきましたよ」
オレの下に天使、もといエミリアが焼けた野菜を持ってきてくれた。
「ああ、ありがとう」
「……そんなカラスの血で汚れた手じゃ食べられませんね。はい、あーん」
唐突な羞恥プレイが始まった。エミリアは野菜をフォークで突き刺しオレの口元に持ってくる。
「い、いや、あとで食べるから置いといてくれていいぞ」
「焼きたての方が美味しいですよ! ほら、遠慮せずに!」
オレが口を開けなければ、鼻に詰め込まんばかりの勢いだ。仕方なく、口を開ける。
「どうですか、御主人様?」
「……ああ、美味いぞ」
結局山盛りの野菜を全て食べさせられた。……周りに他の人が居なくて良かったな。
*
野菜バーベキューが終わって、あたりはもう夜になっていた。
寝場所から見える位置に、しっかり火の通ったカラスの丸焼きをこれ見よがしに地面に並べる。
更に、他の生物が来ないように、上に鉄の網をかけておく。
カラストラップの完成だ。
「よし、この『カラスの天才風じっくりロースト』で使い魔とやらを誘うぞ」
「……本当に来るんでしょうか?」
「匂いだけなら悪くない。きっと来るさ」
肌寒くなってきたので寝床に入り、横になりながら肉を見張る。
変化のないそれを、じっと見張る。
……。
「フリード、何か村の方が騒がしくないか?」
意識が飛びそうになってきたところで、デットが声をかけてきた。
「確かに、これはただ事じゃなさそうです!」
全員で寝床を飛び出し、村の方を見る。村の方からは大きな物音とかすかに悲鳴が聞こえる。
「まさか、村が襲われているのでは!?」
「カラスよりも村を優先だと? くそ、行くぞ!」
オレたちは村の方へ走り出した。




