第48話 ぼっち
「く、苦しい……!」
翌朝、オレは鉄のテントの中で、息苦しさを感じ目を覚ます。
横を見ると、ステラとルイーズがオレの寝袋にくっついた状態で寝息を立てていた。
起こさないようにそっとテントから這い出ると、外は霧がかかっているものの、朝日がほんのりとあたりを照らしていた。
「おはようございます、御主人様」
「ああ、おはよう」
もう既にエミリアは起きていたようだ。鉄のカップを火にかけ、コーヒーの準備をしている。
淀んだ沼地に、香ばしい香りが漂い始める。
「御主人様、やっぱり昨日の火を調べるんですか?」
「ああ。昨日も言ったが、安全かどうかを確かめておくべきだろう。……竜の亡霊とは思えないが、魔王の噂もあることだしな」
近くの村人たちが噂する、沼地に住むという魔王。……魔王自体の存在も眉唾だが、実際に被害が出ている以上、何かがあるのは間違いない。
「朝食を取ったら、探索に行くとしよう。明るいうちに調べた方がいい」
エミリアの淹れてくれたコーヒーを飲みながら今日の予定を話していると、やっとステラたちが起きてきた。
*
オレたちは沼地の奥へと向かっていた。念のため、オレとデットが先導する。
「お、あの桃色のつぼみは蓮か? これは虹蓮もありそうだな」
「……鯉も泳いでいる。さっきカラスも鳴いていたし、生き物が住んでいないという訳ではないみたいだ」
「碌な生き物がいませんわね」
周囲を見渡しながら歩いていく。水場ではなくできる限り普通の地面を歩くが、湿った地面は非常に歩きにくい。
「そろそろ、昨日火が見えたところに着いても良いころだと思うが……」
もう1時間は歩いただろうか。背が低いとはいえ草木もわずかに生えているため、そんなに遠くの日が見えたとは思えないが……。
「あっ、御主人様! あれ……」
「む……あれは?」
エミリアが指を向ける。そこには、明らかに人の手が加わった、枯れ木の山があった。そしてその前には、たき火の跡と、散らばった魚の骨。不格好だが、キャンプの跡に見える。
「こんなところに人が……?」
「……声をかけてみるか。おーい! 誰かいるのか!?」
『嘘っ! こんなとこまで、人が!?』
枯れ木の中から慌てたようなな声が聞こえ、数十秒後、中から人が現れた。
「な!? なんだ、あの格好は……!」
「ふはははは! 人間ごときがこの魔王の住処に近付くなど、不敬であるぞっ!」
中にいたのはなんと少女であった。ボロボロの服の上に、タールのように黒いマントを羽織っている。そして、ねじれた角と黒いしっぽが見えた。
な、なんて格好良さだ。
「まさか、村の人々が噂していた魔王か?」
「えっ私の噂……? ふん、我の威光は近隣に轟いているようだなっ!」
「……御主人様、あの方が魔王ですか?」
「自称しているのだからそうなのだろう。くっ、なんて格好いい姿なんだ……! あれが、魔王……」
「フリード様、あれはどう見ても魔法ですわよ!」
「ば、バレた!? ……ふはは、この我の姿が『†悪魔の力†』だと見抜くとは、なかなかやるではないか!」
「『†悪魔の力†』……だと?」
「どうだ、恐れ入ったか? ……素直に帰るなら、命だけは助けてやろう」
完敗だ。まさかこの天才が、かっこよさで負けるとは。
見た目で負け、魔法で負け……。これは素直に頭を垂れ、サインでも貰うとしよう。
「え!? 御主人様、近づいたら危ないです!」
「ちょ、何でこっちに! おい、聞こえているのか、近づくでないっ!」
オレは、魔王へと近づく。サインは服の内側に書いて貰おうかな。
「我の魔法を見せかけだと思うでないぞっ! 食らえ、『ダーク★フォース』!」
「だ、『ダーク★フォース』だと……!?」
魔王は腕まくりをする。黒い霧のようなオーラが彼女の右腕に纏わりつくと、その右手をこちらへとかざす。
彼女の掌から、黒い球が発射された。禍々しい闇のボールは、オレに一直線に飛んでくる。
……が、遅い。のろのろと飛んでくる球は、まるでナメクジのような速さだ。
オレは、鉄の球を生み出すと、相手の黒い球にぶつける。
ボンっ! と音をたてて、鉄の球はボロボロと崩れ落ちた。威力はそれなりのようだが、相手の技も消滅する。
「な、我の『ダーク★フォース』が!? ……止まれ、こっちに来るな!」
「何を怯えているんだ? オレはただサインを……」
オレの言葉に、魔王はピクリと眉を動かす。
「……怯えているだと? 怯えているのは貴様ら人間だ! 我が何もしていないのに、村を歩くだけで扉を閉ざし、石を投げて……。我は、わ、私は……」
「……?」
「私は何もしてないのに、この見た目のせいで……! うわぁぁぁん!」
「ええ……!?」
魔王は、声を上げて泣き出してしまった。
*
オレたちは、ボロボロの木のテントの周りで、魔王の話を聞いていた。
魔王は、ロゼリカと名前を名乗った。
「ふうん、3年前から、1人で……」
「うん……。ママが生きているときは町に住んでたけど、それから各地を転々と……」
彼女は大分しおらしくなっていた。これが素なのだろう、自分を守るために必死に魔王を演じてきたわけか。
「その角とかしっぽは隠せないのか?」
「生まれた時からずっとこのままなの」
超人型の魔法使いにたまにあるパターンだな。実在する動物の特徴が出るのは見かけるが、悪魔のような特徴は珍しい。
「……ううう、御主人様、可哀想です〜」
「何でエミリアが泣くんだ……」
彼女の境遇に涙が出たようだ。他の者もしんみりしている。
だが、これで魔王の真実と、昨日見た謎の火の正体が分かったな。
めでたし、めでたし……。
「ちょっと皆さま、騙されてはいけませんわ! 村の潰された家を忘れましたの!? この魔王とやらの仕業と言っていましたわ!」
ルイーズがロゼリカをズビシと指差す。
「私、村になんて近寄らないよ……。だって、近づいたら石を投げられるし」
「……ルイーズ、傷を抉るなんてひどいぞ」
「で、でも、実際に潰れた家がありましたわ!」
「魔法は1人1つしか持てないんだ。さっきのかっこいいのが彼女の魔法である以上、使い魔を操ったり家を潰したりはできないはずだ」
だが、ルイーズの言う通り謎はまだ残っているようだ。
「まあ、まずは魔王の正体がわかっただけでも良しとしよう。あくまで目的は別なのだからな。この子がいるという事は、ここは安全という事だろうし一旦食事にしよう」
オレは、昨日と同じようにバーベキューセットの準備をする。
「こ、これは……?」
「知らないのか? ギルドメンバーは皆でわいわいバーベキューをやるものなのだ」
「バーベキューしたの、昨日が初めてでしたよね?」
ロゼリカは物珍しそうに見ている。……そういえば彼女は普段何を食べているのだろうか。
「ロゼリカさん、良かったら一緒に食事にしませんか?」
ステラがナイスな発言をする。流石は我が妹だ。
「え……でも……」
「食事というのは人数が多ければ多いほど旨味が増すのだ。さあ、好きなだけ野菜を食らえ」
魚は昨日オレがすべて食べてしまったので、野菜を銀の皿に盛り、彼女に渡す。
彼女はそれを食べ始める。……だが、またぽろぽろと涙を流し始めた。
「すまん、今日は野菜しかないんだ。肉が食べたい気持ちはわかるが泣かないでくれ」
「違う。だって、いつも一人ぼっちの食事だったから……!」
……これは重傷だな。
*
「よし、オレたちは当初の目的を再開しよう。……ロゼリカ、もしよかったら沼地の案内を頼めないか?」
「私もそこまで奥地に行ったことないよ。暗くて怖いし」
「オレたちよりかは詳しいだろう? この天才を助けると思って力を貸してくれ」
「……うん、わかった。昼食も食べさせてもらったもんね」
よし、狙い通りだ。彼女を放っておくのも後味が悪いので、道案内をお願いすることで一緒に行動する作戦だ。
オレたちはロゼリカを含めた6人でさらに奥に進むことにした。
「ちなみに、ロゼリカは虹蓮って知ってるか? 虹色の花を咲かせるらしいんだが」
「虹色の花なら見たことあるよ。珍しかったから、場所も覚えてる」
「ほ、本当か!?」
何という事だ。こんなところで最高の手がかりを手に入れるなんて。
彼女はオレたちを先導する。
昼食をとった位置から約30分ほど歩いたところで、ロゼリカが立ち止まる。
「ほら、あそこ。今はつぼみだけど、ちゃんと虹色でしょ?」
「おお……!」
彼女が指し示す先には、確かに虹色の蓮があった。