第47話 沼地に潜む脅威
『竜の墓場』と呼ばれる漆黒の沼地。
常に霧がかかり薄暗いそこは、背の低い木と雑草、底の見えない黒い沼ばかりで生き物はほとんど生息していない。
その沼地の真ん中に、不格好な建造物があった。ボロボロの木をとんがり帽子の様に立てかけ、葉っぱを被せて作られたそれは、辛うじて雨風がしのげるかというボロボロの建物であった。
その建物のそばに、少女がいる。15歳ぐらいだろうか。建物に似合ったボロボロの服装をきた少女は、ねじれた角、そして黒い羽としっぽが生えていた。
少女は沼に何度も網を投げては、それを回収する。何度目かに、魚がかかった。どんな汚い水にも生息するという、沼鯉という魚だ。
「今日も沼鯉か……。たまには他のも食べたいな」
少女はそう独り言を言うと、魚を鍋に入れ、そのまま火にかける。少女は鍋の様子を見つつ、火の近くで蔦を編み始めた。ほどなくして、小さな蔦の籠が完成する。
「よし、できた! ふふ、どんどん上手になってきた気がする!」
少女は完成した籠を見て満足そうに微笑む。
……だが、すぐ真顔になると、その籠を地面に叩きつけた。
「何よ、こんなの! 誰も見てくれないのに、上手になったからって! ……こんな、不格好な魔法じゃなければ、今頃友達もいて、きっと、ショッピングしたり、美味しい物を食べたりできたはずなのに……!」
少女は膝を抱え、小さな声で泣き始める。
風の吹かない沼地で、火と少女のすすり泣きの音だけが周囲に漂っていた。
*
「お、村が見えてきたぞ! あそこが『竜の墓場』に一番近い村で間違いないな」
馬車に揺られて丸一日、ついに目的地に到着した。オレたちはここを拠点にして、虹蓮捜索を行う予定だ。
「ついに到着したぞ。なんだかワクワクしてきたな?」
「はい、お兄様! とても楽しみです!」
オレは後ろを振り向きながら問いかける。……だが、ステラ以外の者はみなテンションが低い。
「どうした皆? 沼地に行くテンションじゃないぞ。ステラを見習いたまえ」
「沼地に行くテンションって何ですか……」
「もう既に薄暗くて嫌な雰囲気ですわ……」
「狩れるような動物も居なさそうだな」
「まったく、揃いも揃って……。こういう雰囲気の所が意外と楽しかったりするんだ。さあ、村に入ろう」
オレ達は村に足を踏み入れる。とりあえずの予定は、宿の確保と情報収集だ。ついでに何か面白いものはないかと周囲を眺めながら歩く。
「フリード様、人だかりがありますわ」
「何だろう、殺人か?」
「発想が物騒です……」
エミリアの韻を踏んだツッコミを聞き流しつつ、近くに寄ってみる。
人だかりの奥を覗くと、潰れた家があった。何か巨大なものが上にのしかかった様に、きれいにぺちゃんこだ。
「また魔王の仕業か……」
「まったく、今月で2件目だぞ」
人々が口々に話をしている。彼らはこの惨状は経験があるようで、慌てた雰囲気はない。
「済みません、何が起きたんですか?」
「なんだお嬢ちゃん、知らないのかい? 沼地に住む魔王の嫌がらせさ。気に入らないことがあると使い魔を放って、こんな風に家をぺちゃんこにしちゃうんだ」
オレが聞きたいことをステラが聞いてくれた。どうやら沼地には怪しい奴が住んでいるらしい。
「御主人様、魔王って何でしょうか」
「わからんな。魔法使いとは違うのだろうか?」
「お前さんたち……魔王を知らぬのか……!」
突然知らない声が会話に入ってくる。後ろを振り向くと老人が立っていた。何だこの爺さん。
まあ、魔王について知っていそうだし聞いてみるか。
「御老人よ、魔王について教えてくれないか? この村に来たばかりで知らないのだ」
「今でも忘れぬよ、あの魔王の姿……。恐ろしい悪魔のようなしっぽに、恐ろしい悪魔のような羽、そして恐ろしい悪魔のような角……脳裏に焼き付いて離れぬ」
……例えが全部一緒じゃねーか。
「……そうか、よくわかった。気を付けるとしよう」
結局よくわからなかったが、老人と別れ再び村を進むことにした。
再び周りを見ながら歩くが、肝心の宿屋が見つからない。
「うーん、意外と宿屋がないな……」
「わざわざ沼地に来る人などいないに決まっていますわ」
ルイーズの言う通り、この村はとても寂れていて観光地という雰囲気ではない。やはり、『竜の墓場』が人を遠ざけているのだろうか?
「宿屋が無かったらどうするんですか?」
「ふっ、オレの魔法を忘れたか? 錬金術奥義・一夜城で素晴らしい夜をプレゼントしよう」
一夜城とは、その名の通り金属を生み出して城を作る技だ。布団さえあれば、どこでも別荘だ。
「魔法で建物を作るにしても、広い場所が必要だな」
「沼地の近くでいいだろう。秋風の中でキャンプと洒落込もう」
「ぬ、沼地、ですの……?」
「そうと決まれば善は急げだ。肉と野菜、炭、お酒、寝袋その他諸々を買うぞ! バーベキューセットは魔法で準備しよう」
オレは皆に指示を出し、キャンプの準備をすることにした。
*
無事買い物を終えたオレたちは、村を離れ、『竜の墓場』の入り口に来ていた。
当たりは暗くなっている。当然街灯はないので、村の方向にわずかに光が見えるだけだ。
雨がしばらく降っていないはずなのに、地面は湿っている。もう既に沼地という事か。
オレは魔法で鉄と銀を生み出し、まずは寝床、そしてバーベキューセットを準備する。
寝床は雰囲気が出るように、テント風にしておいた。
「よし、早速バーベキューだ。野菜を焼いていくぞ。肉は無かったが魚も買えたしこいつも焼くとしよう」
炭に火をつけると魔法で金網を作り、どんどん食べ物を乗せていく。
「……こういうのも案外悪くないですね」
「もう少し景色が良ければいいのですけれど」
ルイーズはまだ不満顔だが、エミリアは少し気分が乗ってきたようだ。
「……小動物がいれば狩ってくるんだがな」
「まあ、明日探せばいいさ。夜に沼地を歩くのは危険だしな」
話していると、少しづつ野菜の焼ける匂いがしてきた。それぞれが焼けた順につまんでいく。
「お兄様、ところでなんでここは『竜の墓場』と言われているんですか?」
「ああ、この大陸は昔、竜が生息していたんだ。そいつらがいた頃は、人間も魔獣も竜のエサでしかなかった。そこで人間は一致団結して、竜と戦ったわけだ。人間と竜の戦場、最後の竜を滅ぼした場所がこの沼地だ」
「な……なるほど」
「最後の竜の死体は周囲の大地を腐らし、木々を枯れさせたらしい。そこで人間のリーダーたちが死体をバラバラにして、故郷に持ち帰り封印した。その時のリーダーが各国の初代王であり、今もなお竜の体は各国にある。……ハレミアには”竜の心臓”があるはずだ」
「恐ろしい話ですわ……」
ステラとルイーズは可愛らしいことに怯えてしまっている。
「……もしかしたら夜、竜の亡霊が出るかもな」
「も、もう! お兄様、驚かさないでください!」
「ははっ、悪い。……もう1000年以上も前の話だ、気にする必要はない」
ステラはふくれっ面をする。からかうのはこのぐらいにしておこう。
「フリード、あっちに何か見えないか?」
デットが沼の奥の方を見て、声をかけてくる。
「ちょっと、エルデットさんまで、悪乗りが過ぎますわ!」
「いや、何か光っている」
エルデットの冗談かと思ったが、視線の先を追っていくと遠くに明るいものが見えた。
……霧が深くておぼろげにしか見えないが、あれは火か?
「な、何でしょうか、あれは……?」
「……火に見えるが、この距離だとわからないな」
遠くで揺らめく光は、しばらく立ってからフッと消えてしまった。
「お兄様……!」
「謎の光が気になるが、この暗さじゃ調べに行けないな。明日、光が見えた方向に向かってみよう」
「し、調べるつもりですの……?」
「オレたちの目的も沼地の中だから、早めに調べた方がいい。安全であることを確認しないとな」
オレはそう言うと、食事の片づけの準備を始めた。
「こんなところで夜を過ごすなんて……」
心配する声が聞こえたが、眠気には勝てない。オレは片づけを終え、寝袋の中に潜り込んだ。




