第46話 ブランディーニという男
「よし、希望の品が完成したぞ」
少し話が脱線してしまったが、オレは最初の依頼である金属製の医療道具を作り終える。
「流石だな、フリード君! メイシー、これを保管庫に持って行ってくれ。報酬の準備も頼む」
「わ、わかりました」
メイシーと呼ばれたナースが、オレの作り出したものを奥に持っていく。
報酬を待っている間に、エミリアが話しかけてくる。
「御主人様、虹蓮を探すといっても、心当たりはあるのですか?」
「全くないな。『ユグドラシル』で文献を当たるつもりだ」
「また行き当たりばったりか……」
「そういうのが冒険の醍醐味なのだよ、デット」
オレはそう言うと、ナースが用意してくれた飲み物を口にする。
2人も同じように器に口をつける。
「ぶーっ!?」
「な!? おい、どうした2人共!?」
飲み物を飲んだエミリアとデットが、同時にそれを吹き出した。
「これ、血の味がします!」
「おいおい、血のわけないだろう。吹き出すなんて失礼だぞ」
「はわわ、不味かったですか、私の血!?」
「やっぱり血じゃないか!」
ナースが2人の様子を見て慌てている。
やれやれ、先に説明しておくべきだったか。
「これは彼女の魔法『赤汁』だ。栄養満点の飲み物だぞ。吐くなんて失礼だ」
「教育がなってないぞ、フリード君。まったく、血のシミは落ちにくいというのに」
「ああ、済まない。……それにしてもやはり最高だな、この『赤汁』は。メイシー、オレにもう一杯もらえるか?」
「はわわ、これ以上血を失うと……。でも、求められると、私……!」
ナースは腕まくりすると、自らの手にブスリと注射器を突き刺し、恍惚とした表情で血を抜き取り始めた。
「フリード君、この『赤汁』もただじゃない。薬として1杯1万ベルで出してるんだ」
「悪いな、お詫びに注射針を少しサービスしよう」
「な、何なんですか、この空間……?」
どうやらこの空気に常識人はついてこれないようだ。
*
「はあ、はあ、お待たせしました」
2杯目を味わっていると、ナースが報酬を持ってきた。……余程重いのだろう、引きずっている。
オレの計算によると、金貨1万枚は大人約3人分の重さだ。持ってこれたのが逆に凄いな。
「ブランディーニ、今日の所は帰るとしよう」
「ああ。虹蓮の件、期待せずに待っているよ」
オレは鉄の台車を生み出すと、報酬を乗せ、病院を後にすることにした。
「……御主人様のご友人は、濃い人が多いですね」
「飛びぬけた男の周りには飛びぬけた者たちが集うものだ」
「あ、お兄様!」
話しながら帰っていると、ステラが声をかけてきた。学園の方から来たため、帰る途中のようだ。
「おお、もう今日の授業は終わりか?」
「はい、学園はとても楽しかったです!」
ステラも加わり、並んで歩く。ふと後ろを見ると、ルナちゃんがいた。
「む、ルナちゃんじゃないか。久しぶりだな」
「……」
露骨な無視。……そういえば、戦争に行くときに借りて行った本、返したっけな?
「ルナちゃん、その内に本を返しに行くぞ。ついでにまた別の本を貸してくれ」
「本を返したら二度と来るなです!」
「……お兄様、やっぱりルナさんと知り合いなんですか?」
オレとルナちゃんのやり取りを見て、ステラが話しかけてくる。
「ああ、お互い本の良さを知り、本を愛するソウルフレンドだ」
「勝手に魂で繋がるなです!」
「……まあこんな仲だな」
「へぇ、とても仲良しなんですね!」
ステラは嬉しそうにしている。ルナちゃんは何かを言おうとしたが、帰り道が途中で別れることもあり、結局そのまま離れていった。
*
オレはギルドホームに帰り、ステラの話を聞いていた。
「へぇ、ルナちゃんと同じクラスだったのか」
「はい、私が困ってるとき、助けてくれたんです!」
「そうか、じゃあ休みに一緒に『ユグドラシル』に行くか。いつもルナちゃんが本の番人をしているからな」
「はい!」
「ただいま帰りましたわ。……なんですの、この大量の金貨?」
実家に戻っていたルイーズが帰ってきたようだ。収めるところが無く床に放置された金貨を見て訝しんでいる。
「臨時収入だ。……全員揃ったし、少し話をしたい。集まってくれるか?」
オレは皆を集め、ブランディーニとした会話の内容を伝えることにした。
*
「1億の価値のあるもの、ですの……?」
オレの話を聞いたが、あまりルイーズはピンときていないようだ。まあオレも見たことないためどんなものか知らないが。
「そうだ。まあ臨時収入のお蔭で金に困っているわけでは無いが、宝探しみたいで楽しそうだろう?」
「……?」
どうやら女ばかりの我がギルドは、男のロマンというものに理解がないようだ。
「……まあ、オレの目的はそれと引き換えに貰えるブランディーニの紹介状だ。奴のギルドは『死』以外なら何でも治せると豪語しているからな」
どんなけがや病気でも1億ベルあれば治療は受けれるが、普通の客も多い為待たされる可能性はある。その点紹介状は、順番さえも優遇されるため、必要な人間にとっては1億ベル以上の価値がある。
紙切れ1枚で人間を動かす男。それがロバート・ブランディーニなのだ。
「御主人様の気持ちはわかりました。でも、まずは情報を調べてからにしませんか? 流石に手掛かりなしで闇雲に探して見つかるとは思えません」
「その通りだな。今週末に情報を集めるとしよう」
*
週末。
予定通り、オレは『ユグドラシル』へ来ていた。今日の付き添いはステラだけだ。
「ルナさん、お邪魔します!」
「おはよう、ルナちゃん。いつも妹がお世話になっているな?」
「……いつも世話をかけてるのはお前の方です」
ルナちゃんは相変わらず辛辣だ。まったく可愛い奴め。
「借りた本を返しておくぞ。……ついでに調べ物があってきたんだが、虹蓮って知ってるか?」
「……植物のことはローズ様に聞いた方が早いです」
ローズか……。確かに彼は植物学者だ、知っている可能性は高いな。
「ローズはどこだ?」
「またマスターと一緒に旅に出てるです。でも、ローズ様の書いた研究書類の本があるです」
ルナちゃんは席を立ち、オレを奥の本棚に案内する。本というより、書類を閉じたファイルのようだが、確かに背表紙にはゲイリー・ローズの名が書かれている。
「すごいな、この本棚全てがローズの残した書類か」
「ローズ様の植物の知識は最高です。……なぜお前なんかと友人なのかわからないです」
「ふっ、才能ある者は他の才能ある者を認めることができるという事だ」
「ルナさん、教えてくれてありがとうございます!」
「別に……うるさい奴に一刻も早く出ていってほしいだけです」
ルナちゃんは自分の席に戻ると、再び本を読みだした。
「……どうだ、素直じゃないが悪い奴じゃないだろう?」
「そうですね!」
本人に聞こえない小声でステラと会話すると、早速資料を確認し始めた。
「むっ! これは、激レア植物リスト……!?」
流石は我が友人だ。こんなロマンあふれる資料を残してあるなんて。
ファイルを本棚から抜くと、中身を確認する。
「にじはす、にじはす……。 おっ、虹蓮の情報があるぞ!」
情報の書いたページを2人で見つめる。
「どれどれ……沼地でとれる、虹色の花を咲かせる蓮で、人の手が入らないようなところにしか生えない繊細な植物。根っこは絶品だが良く火を通さないと催眠作用がある……」
ローズよ、食ったのか。オレも食ってみたいぞ、1億ベルの植物を。
「お兄様、そんな沼地があるんですか?」
「ふっ、1つ心当たりがある。『竜の墓場』といわれる漆黒の沼地だ。呪われた土地と言われ、まともに人が近づかない場所だ」
決めたぞ。『竜の墓場』が次の仕事先だ。
ルナちゃんにお礼を言うと、準備するためにギルドホームに帰ることにした。