第38話 情報戦
最初に自己紹介をした広場で、オレはシャル何とかと対峙していた。
「おい、これは何事だ!」
「止めないでくれ、ブライザ君っ! この身の程知らずに、自分の立場を教えてあげるだけさっ!」
ブライザとそのギルドメンバーも広場に集まってきた。
シャル何とかのギルドの連中も集まっている。
「シャル様ー! 頑張ってー!」
「ふふん、みんな、僕の勝利を見ていてくれよっ!」
どうやら、観客の前でオレに恥をかかせるつもりらしい。
茶番を眺めていると、シャル何とかが木製の剣を投げてきた。兵士が訓練等で使う、刃の無い木剣だ。
「これを使いたまへっ! 安心してくれ、ハンデとして魔法は使わないよっ!」
……たまへって何だ。
オレが剣を拾い上げると、お互いに剣を構える。
「素人の構えだねっ。だけど、手加減はしないよっ!」
シャル何とかは飛ぶように接近し、剣を鮮やかに振るう。
オレはその剣に合わせフルスイングで剣をぶつける。
ドカッ!と木がぶつかり合う音がなる。いちいち剣技に付き合うつもりは無い為、力で圧倒する作戦だ。
「くうっ、なんて力だっ!」
剣にビリビリと衝撃が走り、シャル何とかが体勢を崩すが、オレは二の太刀で鳩尾に突きを放つ。
「ぐっ!? げほっげほっ!」
「きゃーっ!? シャル様ーっ!」
シャル何とかは床に這いつくばり、せき込んでいる。
周りからは悲鳴が聞こえてきた。
「立場を教えられたのはそっちだったみたいだな。もうちょっかいをかけてくるなよ」
オレは木剣を投げ捨て、背を向けて立ち去ろうとする。
「げほっ! ……待て、こんな野蛮な技、剣技とはいえないっ!」
「戦場ではみんな綺麗な剣技に付き合ってくれるのか?ずいぶん優しい戦争を想定しているようだな」
「……手加減してあげたら、調子に乗って! 僕の本気を見せてあげるよっ!」
シャル何とかは木剣を置くと、腰の剣を抜く。当然、真剣だ。
「おい、シャル何某! それ以上は止めろっ!」
ブライザの怒号が飛ぶ。
……お前は名前を覚えておくべきだろ。
「止めないでくれ、ブライザ君っ! 生意気な男に教育するのが先輩ギルドの仕事だろうっ!」
剣を構えると、その剣の周囲に風が巻き起こる。
「僕の『追い風』で加速する太刀筋、さっきみたいに行くと思うなっ!」
シャル何とかは再びこちらへ突っ込んできた。
「御主人様!」
こちらは丸腰なので、エミリアの心配する声が聞こえてきた。剣が風を切りながらオレの体に振り下ろされる。
「なっ!? そ、そんな、馬鹿な!?」
「何っ!?」
「……ふん、遅すぎてあくびが出るな。魔法で吹いたのは先輩風だけか?」
驚愕の声が、目の前の男だけでなく周囲からも聞こえる。
オレは、人差し指と中指で刃を挟み、受け止めていた。
もちろん、実力で見切って止めたわけでは無い。金属製の刃が体に触れた瞬間に、『錬金術』で支配したに過ぎない。
結局はただのはったりだが、効果は絶大のようだ。
「ぼ、僕の剣技が、魔法が……。簡単に見切られるなんてっ……!」
「安心しろ、剣術でオレに負けたわけではない。……オレはそもそも剣を使っていないのだからな」
シャル何とかは崩れ落ち、がっくりと項垂れた。
オレは今度こそ、その場を後にした。
「御主人様、カッコ良かったですっ!」
「見ててスカッとしましたわ!」
「ふっ、この天才にかかれば当然の結果だな」
皆の下へ戻ると、口々にオレを褒めたたえてくる。
「これだけ皆の前で恥をかけば、しばらくは近づかないだろう。これで作戦に移行できそうだな」
無駄な時間を過ごしてしまったが、敵はいつ来てもおかしくない状況だ。
早く、行動に移らなければな。
*
前線、ハレミア側陣営。
ここでは第1ギルド『王家の盾』が兵士たちを指揮し、国境を守っていた。
国境を示す浅い川を前に、長い砦が築いてある。
「フレデリック様!」
「……シャオフーか。状況はどうだ?」
『王家の盾』副ギルドマスターを務めるフレデリックに、少女が話しかける。
少女の頭には、豹柄の耳が生えていた。話すのに合わせてピコピコと動く。
「敵の兵数は魔法使いも含めて把握済みですニャン。だけどまだどんな魔法使いがいるかまだ全て分かってませんニャ。『生命探知波』や『衛星掃査線』を派遣して、引き続き情報収集中ですニャ!」
シャオフーはフレデリックに1枚の紙を渡す。
そこには敵陣の地形、守備の兵数、魔法使いの位置まで詳細に記載されていた。
敵の拠点の真ん中に建物があることを示してあるが、『?』が書き込まれている。
「そこに魔法使いのリーダーがいるみたいですが、調べられてませんニャ。恐らく魔法で防いでいるか、『ミスリル』を利用してますニャ!」
ミスリルは、ありとあらゆる魔法を防ぐ伝説の金属だ。
非常に希少価値が高く、小指の先ほどの量で城が買えると言われている。
「この件に関しては引き続き情報収集を頼む。……敵地の確認はいいが、こちらは逆に探知されていないだろうな?」
「もし何者かの気配を感じていたら、ここにそいつの八つ裂き死体をお持ちしてますニャ!」
「わかった、素晴らしい働きだ。セシリア様には私から報告しておく」
フレデリックは歩いて立ち去って行った。シャオフーはビシッと敬礼する。
男の後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、部下がシャオフーに話しかけてくる。
「隊長、また褒められましたね!」
「ニャハハ、参ったニャ〜。部下が優秀だと何もしなくても評価されちゃうニャ!」
「いえ、これも隊長の人徳です!」
部下は隊長を褒めたたえる。
シャオフーはそれを聞き、恥ずかしそうに頭を掻いていた。
……だが、急に動きを止め、真顔になる。
「何か、変な匂いが……」
「……? 隊長、どうかしましたか?」
シャオフーは部下の問いに答えず、疾風の様にそこを飛び出していた。
「隊長!?」
部下の声すらも置き去りにする速さで、一気に陣地の端まで到着していた。目線の先には一見何もないように見える暗がりが広がっている。
「誰か、いるのかニャ?」
影の中に声をかけるが、返事はない。
「気のせいだったかニャ? 嗅ぎなれない人の匂いがしたけど……」
シャオフーはガサゴソと周囲の物陰を確認する。
「にゃ〜んて、私の魔法に気のせいなんてあるわけないニャ。はあ、褒められたばっかりなのに、報告書を書かなきゃニャ〜」
シャオフーはやれやれといった感じで、元の場所へ戻っていった。
*
ところ変わって、ハレミア側陣地の中央に位置する建物内。
前線でありながらその空間だけは静かで落ち着いた空気が漂っていた。
部屋の執務机には一人の女性が座り、時折紅茶に口をつけながら書類を確認している。
コンコンと、扉をノックする音が聞こえる。
「……開いています」
「失礼します、セシリア様。シャオフーからの報告書を持って参りました」
セシリアが書類から目を上げると、フレデリックが一礼して部屋に入ってくる。
「ありがとうございます」
直接書類を受け取ると、そのまま中身を確認し始める。
「はっきり言って、相手は大した数ではありません。まだはっきりしない部分もありますが、仕掛ければ十分勝てるかと」
「私たちは第1ギルド『王家の盾』です。私たちの態度が即ち国の態度です。安易な行動で国の品位を落とすことは許されません」
「……では、こちらからは仕掛けないということですか?」
「そうではありません。相手の魔法を全て把握し、勝利が確実になった時点で行動を起こしましょう。国の代表である我々に求められるのは、一部の隙もない完全勝利だけなのですから」
「わかりました」
フレデリックは再び一礼すると、部屋を後にする。
セシリアはしばらく報告書を眺めていたが、やがて元の仕事を再開した。
その落ち着いた動作は、リーダーの威厳と余裕を感じさせていた。




