第35話 戦争の足音
ハレミアの隣国、サリア。
この国は先代国王の悪法「魔法追放令」により優秀な魔法使いを失い、大きく国力を失った過去があった。
現国王は失われた国力を取り戻すかの様に、出身、人柄を問わず強い魔法使いであれば誰でも登用していた。
*
サリア王国の首都、カルラント。
ここでは領内の貴族を招いて王会が行われていた。
「王様、魔法使いを集める気持ちはわかりますが、限度がございます。地方では権力を与えられた魔法使いによる横暴なふるまいで民が苦しんでいます」
「勘違いした魔法使いどもが隣国にちょっかいを出すせいで、ハレミアが軍を国境において圧力をかけてきている! おかげで商人が離れ、商売あがったりだ!」
貴族たちは口々に魔法使いへの不満を噴出させていた。
「王様、あのバルゼロという魔法使いを重用するのは止めてくだされ! 奴の子飼いの魔法使いは特に評判が悪く、噂では殺しも当たり前だとか……」
貴族たちの言葉に、ついに王が口を開いた。
「黙れ、愚か者ども! わしは悪法で失われた時間を取り戻すために行動してるにすぎん! 足を引っ張るような発言ばかりするな!」
「しかし、王様……!」
「……その通りでございます、王様」
貴族たちの後ろから、ローブを被った男が現れた。
「ば、バルゼロ殿!」
「この者たちは、自分の立場が脅かされるのを恐れ、再び国力を犠牲にしようとしているのです」
「貴様、そのような根も葉もないことを……!」
一人の貴族がバルゼロに食って掛かるが、急に首を押さえ、苦しみ始めた。
そのまま彼の体は宙に浮き上がり、足をバタバタと動かしながら苦しむ。
「が、がはっ!」
「国を守るために必要なのは力だ。それがわからぬとは、愚かな……」
貴族が気絶する前に、投げ飛ばされる。
王はバルゼロに問いかける。
「バルゼロよ、隣国が圧力をかけてきている。これをどう見る?」
「我々が力をつけていることに気付かぬ愚か者どもです。私に兵をお預けくださいませ。必ずや打ち払って見せましょう」
「良く言った! お主に全権を預ける! 成果を出して見せよ!」
「……必ずや」
他の貴族たちは騒ぐが、王はそれを一蹴する。
「沈まれ! これは決定事項だ! 今日の会議はこれで終わりだ!」
王はその場を去っていった。
*
バルゼロは自身の部屋に戻ると、影に向かって声をかける。
「ユリアン、いるな?」
影の中から、漆黒のローブをまとった男が浮き上がってきた。
「ハレミアとの戦争だ。力を貸せ」
「……主は目立つことはするなと厳命を出された。お前の目的はこの国に封印された"眼"だけのはずだが?」
「ふん、上手く行けばハレミアの"心臓"も得るチャンスだ。成功すれば主もお喜びになる」
「……」
2人の男は暗がりの中、怪しげな会話をしていた。
*
「よし、これで編入に必要な書類はそろったな」
「ありがとうございます、お兄様!」
オレはステラの為に、学園への編入準備をしていた。おそらく秋頃から授業に参加できるだろう。
「懐かしいですね、魔法学園」
「座学ばかりだから眠かった記憶しかないな」
かつての卒業生であるオレとエミリアはOBトークを始める。
「魔法をつかう勉強は無いんですか?」
「みんな持っている魔法が違いますから、実技は無いんです。それぞれ好き勝手に魔法を使うだけになってしまいます」
「魔法知識という座学はあるがな。……あれは輪をかけてつまらなかった」
「成る程……」
オレたちの会話をステラは必死に聞いている。
「……私も学園に行くべきだったかしら」
話に入れないルイーズは詰まらなそうに耳を傾けていた。
*
「お兄様、それでは書類を持っていきます!」
「私もついて行きますわ!」
ステラとルイーズは紙の束を持って出ていった。もうすっかり仲良しだな。
エミリアは少し前に夕食の買い出しに行った。
デットは朝からいない。おそらくどこかで肌を露出しているのだろう。
オレはギルドホームにポツンと一人残されていた。
*
「……それで、特に用事もなくまたここに来たという事ですか」
「用事がないとは失礼な。仕事を探しに来たんだ。それにここはもはや第2のホームだろう?」
「甚だ遺憾に思われる発言ですね。それに残念ながら特に新しい仕事はありませんよ」
……賞金首捕獲の続きでもやるしかないか。
「……ヴァレリー様、良ければ少し話をしませんか?」
「なっ!? 話だと……?」
アルトちゃんは少し思い悩んだ後、話しかけてきた。
あのアルトちゃんが話がしたいなどと、まさかのデレ期到来か?
明日の天気は荒れそうだ。
「こちらへどうぞ」
窓口に立札を立て、ギル管内の休憩スペースに案内される。
向かい合わせに椅子に座ると、一枚の紙を見せられた。
「これはなんだ? ラブレターか?」
「今、隣国の警戒の為に兵隊や魔法使い達が出征していることは知っていますね?」
オレの問いかけを完全スルーして話を始める。
「ああ、知っている」
「今は膠着状態ですが、近々大規模な戦闘が起こると予想されています。そのため王家からの指示で、更に魔法使いを向かわせるよう依頼を受けています。我々はいくつかのギルドに声をかけていますが、まだ人数が足りていません」
「つまり、オレに戦争に行けという事か?」
「……強制ではありません。あくまで打診です」
オレは、紙に目を通し始める。
どうやら戦争と言っても、後方支援部隊らしい。どちらかというと食糧庫の警護、警戒がメインのようだ。
「本来はDランクギルド以上へ打診するように指示が出ていますが、私の見立てではあなたは十分に通用します」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな」
「もし受けていただけるなら、10日後に馬車が王都を出発します」
「……少し考えさせてくれ」
オレは紙を受け取ると、一旦回答を持ち帰ることにした。
*
夕食後、オレは皆を集め、アルトちゃんから聞いた話を伝えることにした。
「せ、戦争なんて……」
「あまり嬉しい依頼とは言えないな」
「こんなの、受ける必要ありませんわ」
それぞれ自分の思いを口にするが、当然乗り気の奴はいない。
「御主人様はどうするつもりなんですか?」
「オレは行くつもりだ。」
「え!? で、でも、戦争ですよ……?」
「お前たちまで行く必要はないと思っている。だが、オレがフェスティバルに参加しなくてどうする? むしろ前線に行けないことを抗議したいところだ」
オレの発言に、誰かがため息をつく。
「……わかりました、私もついて行きます! もし怪我したら、大変ですから!」
「私も行かせてもらう」
「わ、私も、行きますわ!」
どうやら3人はついてくるようだ。
「お兄様、私は……」
「お前は連れていけないな。まだ魔法も発現していないだろう。一人にさせて悪いが、これは命令だ」
一応、ギル管の帰りに『ユグドラシル』に言伝をしておいた。
もし俺に何かあっても助けてくれるだろう。
「はい、お兄様……」
オレは素直に返事をしたステラの頭を撫でる。
「よし、出発は10日後だ。しっかり準備をして臨むとしよう」
オレは皆に声をかけると、今日の所は自室でゆっくりと休むことにした。