第34話 新しい家族
フリードがステラを見つける数分前の出来事。
*
ここはギルド管理局の従業員用更衣室。
仕事を終えた同僚の受付嬢たちが、服を着替えていた。
「ふぅ、今日も疲れたぁ〜」
「内勤とはいえこんな熱いとやってられないよーっ!」
まったく、同僚たちはおしゃべりが好きですね。
……受付嬢で話が苦手な私の方が珍しいのかもしれないですが。
「アルトってば、話聞いてる?」
「……済みません、聞いていませんでした」
「もう、戦争に行かせるギルドを選定しろって命令あったじゃん? あんたも早く選ばないと時間切れだよ?」
私は着替えながら同僚の話を聞く。
「私は残念ながらノルマ未達ですね」
「まったく、やる気ないんだから……。あっそうだ、いつも来るあの人でいいじゃん! 赤髪でたまに大声で高笑いしてる人!」
「ヴァレリー様のことですか?」
「そうそう! いつもあんたのとこにいるから、仲いいんでしょ?」
「どうでしょうか、わかりません」
「でも、ヴァレリーさんかっこいいよね〜。この前、怒鳴られてた時、すっと現れて助けてくれたし……」
「何、アネットってば、あの人に惚れちゃったの!?」
「べ、別にそんなんじゃないって。からかわないでよ、リタ〜。アルトの彼氏候補を取るつもりないし」
2人はキャーキャーと騒いでいる。
会話を聞いていると、頭が痛くなってくる。
「じゃ、最後の人はカギ閉めよろしくね!」
「あ、リタ。待って〜」
2人はカギ閉めを私に押し付けて、バタバタと出ていった。
……やれやれ。
私はゆっくり着替え終えると、更衣室を出る。
それにしても、戦争へ向かわせるギルド選定ですか。
……実力ならヴァレリー様のギルドは申し分ないでしょう。
実績は少ないですが、犯罪者捕縛や亜人・魔獣討伐など、Eランクでは難しいものばかり。
しかし、戦争は数です。個人技では、戦争は勝てません。
彼を向かわせて、万が一でもあったら……。
その時、私はヴァレリー様を心配している自分に気付いてしまった。
……全く、あの人は私を惑わしてくれますね。
私のような影の者にとって、太陽がそばにあると眩しいだけだと思っていましたが、どうやらその眩しさに心地よさを感じてしまっていたようです。
……考え事はここまでにして、帰りますか。
カギを確認すると、従業員用の裏口からギルド管理局を後にする。
「……っ!」
私は裏口を出た瞬間、小さな女の子にぶつかりそうになる。
女の子はこっちに気付かなかったのか、そのまま走り去る。あの子は確か、ヴァレリー様を探しに来た……。
……なぜ、メイド服?
まあ、ヴァレリー様の趣味に立ち入るべきではないでしょう。
私は今見たことを忘れ帰宅しようとすると、張本人が目の前に現れた。
「おぉ、アルトちゃん、私服も可愛いな。……じゃなかった、ちっちゃいメイド服の女の子を見なかったか? この前オレを探しに来た妹なんだが……」
「あちらの方へ走って行かれましたよ」
「おお、ありがとう! 今度教えてくれたお礼にデートしよう!」
ヴァレリー様は謎の言葉を発し、走り去っていった。
……太陽というより、嵐ですね。
私は今度こそ、帰宅することにした。
*
オレは、ステラの声がかすかに聞こえた路地裏に到着していた。
「助けて、お母様、お父様! ……お兄様ぁ!」
ステラの悲痛な叫びがオレの耳に入る。
複数の男が、ステラに群がっていた。
オレは足に鉄をまとわせ、反発力を利用した蹴りをステラの上の男にぶち込む。
「ぐっほぉ!」
男は路地裏の壁に叩き付けられる。
「て、てめえ、何しやがる!」
「うぅぅ、お兄様……!」
可哀想に、ステラは服を破かれ、涙を流している。
「人の皮を被ったゴミどもが。生きて帰れると思うな」
「この人数に一人で何ができるってんがべっ!」
しゃべり始めた男の顔面に鉄をまとった拳を叩き付ける。ぐるんと白目をむき、その場に崩れ落ちた。
気絶した邪魔な男を隅の方に蹴り飛ばす。
「許さねえ、ぶち殺すっ!」
男たちは一斉にこちらへ向かってきた。
大した魔法も持っていないのだろう、ナイフや鉄の棒を持っている。
鉄の武器はよける必要が無いので都合が良い。
「死ね!」
浮浪者のナイフを避けずに、思いっきりカウンターの要領で顔面を殴りつける。
「がはっ!」
予想しない攻撃を食らい、歯が飛ぶのが見えた。
横からは別の男が棒を振り下ろしてきた。
オレは胸に残ったナイフの柄を投げ捨てつつ、ガラ空きの腹に蹴りを入れる。
「ごぉぉ……」
男は腹を押さえ、うずくまった。
オレは鉄の棒を奪うと、その棒を錬金術でさらに鋭く長くする。
「な、なんだそれは!?」
棒を胸の高さで横薙ぎに振り回し、残った男どもをまとめて切りつける。
「ぎゃああっ!」
痛みで胸を押さえる男たちの顔面を、順番に鉄の拳で殴りつける。
*
「お兄様……」
私の前では、殴り合いが行われていた。
いや、殴り合いじゃなくて、一方的だ。お兄様の圧倒的な強さに男たちは手も足も出ないでいる。
「ゆ、許してくれぇ! もう、こんなことしないからよぉ!」
「幼い女の子を襲っておきながら、そんな言葉が通用すると思うか?」
男たちは最後まで、徹底的にぼこぼこにされた。
意識のある男はついにお兄様だけになってしまった。
「ふぅ」
お兄様は一呼吸置くと、私の方を向き、こちらに歩いてきた。
怒られる、そう思った。
王都は危険だと忠告を受けてたのに、こんなことになって……。
「ステラ」
「……っ!」
お兄様は私を見下ろし、声をかけてくる。
私は謝ることもできずにぎゅっと目をつぶってしまう。
「オレが悪かった。自分で危険だと言っておきながら目を離すなんて……。幼いお前にこんな思いをさせて、オレは、本当に最低の兄だった……!」
お兄様の大きな腕がぎゅっと私を包み込む。
「……お兄様、お兄様ぁっ!」
私は大声を出して泣いていた。
*
オレは、ステラの肩に上着を被せる。
「その恰好じゃ歩けないな。オレの背中に乗れ」
「はい、お兄様……」
やっと泣き止んだステラは、屈んだオレの背中に体重を預ける。
「御主人様!」
やっと追いついたらしいエミリアたちがこっちに駆け寄ってきた。
周囲の状況を見てある程度察したのか、特に何も聞いてこない。
「もう終わった。ホームに帰ろう」
「……はい、御主人様」
太陽はほとんど見えなくなり、空はやや暗くなっていた。
誰も言葉を発することなく、ホームの方へ歩いていく。
だが、途中でエミリアが大きな声を出す。
「あっ!?」
「どうした?」
「御主人様、済みません……。ドタバタしてて、今日は夕食の準備ができていませんでした」
「……仕方ないな、今日は外食にするか」
「外食と言っても、当てはあるのか?」
「それなら私、『レストラン・ポー』へ行きたいですわ!」
レストラン・ポーといえば、貴族に人気の高級レストランだ。
高い金額に見合った食事を提供してくれる。
「悪くないな。家族が増えたし豪勢にお祝いするとしよう」
「家族……」
ステラがオレを掴む腕にぎゅっと力を入れてくる。
「おい、歩きにくいぞ」
「えへへ、ごめんなさい」
口では謝るが力は入ったままだ。
やれやれ、妹というのはとにかく手がかかるものらしい。
ふと横を見ると、エミリアが微笑んでいる。
「……どうした?」
「ふふふっ、何でもありません」
なんなんだ、全く。
……まあ、元気ならいいか。
オレは背中にぬくもりを感じながら、そう考えることにした。