第33話 ちっちゃいメイド
ステラはルイーズとエミリアに連れられて、王都の中心街を歩いていた。
「ルイーズさん、美味しいです!」
「ここのシャーベットは王都でもトップクラスだと思いますわ」
「王都の事を詳しいんですね! 他にはどんなお店があるんですか?」
「え? えーと、そうですわね……」
「この近くに美味しいパン屋もありますよ。御主人様も気に入っています」
「では、そこに向かいますわ!」
3人は楽しそうに食べ歩きをしていた。
*
3人を遠くから追跡する男がいた。
その男こそ、天才錬金術師、フリード・ヴァレリー。つまりオレである。
「シャーベットの次はパンだと? 栄養バランスがなっていないな。肉や魚を食わせるべきだろう」
「……気になるなら一緒に行けば良かったじゃないか」
後ろから我が相棒であり露出狂、エルデット・ウォーレスが声をかける。
デットがあちらにつくと見ていることがばれるため、無理やり連行したのだ。
「まあそう言うな。女の子同士の方が気楽だろうという心遣いだ」
「あの子はお前に会いに来たんだろう? 一緒にいてあげるべきじゃないのか?」
相変わらず服装を犠牲に正論を吐いてくる。
答えに窮したので、無言でやり過ごす。
「……この分なら問題なさそうだな。よし、オレは仕事に向かうぞ」
「あ、おい! ……全く」
オレは踵を返し、ギルド管理局に向かうことにした。
*
夕食の時間。
オレたちはステラを含めた5人で夕食を囲む。ステラは今日の出来事を楽しそうに話していた。
その様子を眺めていると、ステラが話をかけてきた。
「あの、お兄様」
「どうした?」
「食事のあと、少し話をしたいのですが……」
「ああ、いいぞ。オレも少し聞きたいことがある」
*
オレは食事を終え、ステラの相手をすることにした。2人きりがいいようなので、オレの部屋に招待する。
家族とはいえ男の部屋は慣れないようで、落ち着かないようにきょろきょろしている。
一向に話を始めない為、先にオレの聞きたいことを問う事にした。
「ステラはいつまで王都にいる予定なんだ?」
「はい、私が話したかったこともそのことなんですが……。本当は王都に来た理由は、お兄様みたいに王都で勉強するためなんです」
「ハネス中央学園に行きたいという事か?」
「はい! 一生懸命勉強して、お兄様みたいに立派な魔法使いに……」
「オレは反対だ」
「え? ど、どうしてですか!?」
「王都は楽しいことばかりじゃない。危険なこともいっぱいある。オレはお前にずっとついているわけにもいかないからな。それに、生活はどうするんだ? オレに全て頼るつもりか?」
「それは……」
家族だが、何でも肯定するのが優しさではない。オレが目を離した隙に何かあってからでは遅いのだ。
12歳の少女には、この王都は危険すぎる。
「……」
ステラはオレに否定されたのがショックだったのだろう。無言で俯いてしまっている。
「オレの話は終わりだ。ここにいる間は面倒見てやるが、帰る予定を立てておけよ」
「はい……」
ステラは俯いたまま、オレの部屋を出ていった。
*
翌朝。
ステラは朝からずっと俯いている。
フリードは既に仕事に出かけてしまっている。エルデットもどこかに出かけたようだ。
「ステラ様、何があったのですか? お兄様と喧嘩でもしましたか」
「エミリアさん……」
沈んだ空気に耐えられず、意を決してエミリアが話しかける。
「きっと、フリード様がひどいことを言ったに違いありませんわ!」
「いえ、私がわがままを言ってしまったんです……」
エミリアとルイーズは椅子に座り、ステラの話を聞くことにした。
*
ステラの話を聞いた2人は、神妙な顔つきになっていた。
「私、まだ何もできないし、お金も稼げませんから……」
「フリード様、私たちにお金を出す余裕があるなら、妹一人ぐらい養ってあげるべきですわ!」
「お金の問題だけじゃないと思います。確かに、王都は危険なこともありますから……」
2人はステラの話を聞いて悩んでいる。
しばらくたってから、エミリアは掌をこぶしでポンと叩いた。
「私、いいことを思いつきました! 名付けて、『御主人様の役に立つことをして説得』作戦です!」
「そのまんまですわね……」
エミリアは何か考え付いたようだった。
*
「やれやれ、今日も碌な仕事が無かったな」
夕方近くになっても成果のないオレは、ギルドホームに帰ってきていた。
「おかえりなさいませ、御主人様!」
「ああ、ただいま……!?」
オレは目の前の景色に絶句した。
エミリアだけでなく、ステラまでメイド服を着ていたのだ。
「フリード様、メイドが増えましたわ! これでエミリアさんも楽になりますわ!」
「最近ギルドに人が増えて忙しかったから助かります!」
「お兄様、じゃなかった、御主人様! 私もこれから家事を手伝います」
これは、3人の謀か?
小さなメイドはオレを見上げている。
「なんだ、この真似は?」
「……え?」
「くだらない事は止めろ! ……メイドの真似事なんて恥さらしだ」
語尾に怒気が混じってしまう。
「……うぅぅ、お兄様……!」
ステラは泣き出してしまった。他の者は黙り込んでしまう。
……強く言い過ぎてしまったようだ。
オレは一旦自室に戻ることにした。
*
オレが自室に戻って数分後、エミリアとルイーズが部屋に入ってきた。
「御主人様……。ごめんなさい、あれは私が言い出したんです」
「フリード様。それにしてもあんな言い方、ひどいですわ!」
「2人とも危険な目にあったことがあるからわかるだろう。王都は楽しいことばかりじゃないんだ」
「それは……」
2人は一瞬黙ってしまう。
「でも、御主人様、12歳に対して、言い方がきつすぎです!」
「家族に追い出されるなんて、可哀想すぎますわ……」
「御主人様はステラちゃんの気持ちがわかっていません!」
「フリード様はもういいですわ! 私がステラのことを守りますわ!」
一転攻勢。怒涛の非難を浴びてしまう。
2人に責められたオレは頭を悩ませる。
「どうしたんだ、3人とも。2階に集まって」
恐らく声が聞こえたのだろう。
デットが帰ってきたようで、オレの部屋に入ってきた。
「ちょっと、ステラちゃんのことで……」
「ステラ? そういえば見なかったな。一緒にいるかと思ったが」
「えっ!?」
ステラがいない?
全員で1階に降りて探すが、どこにも見当たらない。
「御主人様、もしかしたら外に出たのかも……」
「くそっ、探してくる!」
オレはギルドホームから飛び出していた。
*
「はぁ、はぁ」
私は、王都を走っていた。
私は、さっきのことを思い出していた。
お母様は、お兄様は優しいから必ず私を助けてくれると言っていたけど、私みたいな力のない人間は邪魔でしかないんだ。
……それは、よく考えれば当然のこと。
会ったことのない妹を受け入れてくれるなんて、虫のいい話だったんだ。
でも、否定されたのが悲しくて、気が付けばホームから逃げるように飛び出してしまった。
「はぁ、はぁ。……ここ、どこだろう」
走るのが辛くなり、足を止める。
周りを見ずに走り出した為、路地裏に入ってしまったみたいだ。浮浪者のような人たちがじろじろと見ている。
私は身震いをし、大通りに出ようと歩き出した。
「おいおいお嬢ちゃん。一人で歩いてると危ないぜぇ?」
突然、数人の男が私の前に立ちはだかる。
「な、何ですか。放っておいてください!」
私はそう言うと、横をすり抜けて逃げようとする。すると、腕をがしっと掴まれた。
「まあまあ、おじちゃんたちと遊んでいこうぜぇ?」
「は、離して……!」
逃げようともがくが、力で抑えつけられ、地面に引き倒されてしまう。
男は私の上にのしかかってくる。恐ろしい顔が近づき、背筋がゾッとする。
男は、私の服を引き裂き始めた。
「嫌あぁぁぁぁっ!」
「へっへ、オレの『擦り腕』で服なんてビリビリよぉ!」
「こいつ、よく見りゃなかなか上玉だぜ!」
「一人で路地裏に来るなんていけない子だ! 教育してやんよぉ!」
男たちは倒れた私に群がり始めた。
「助けて、お母様、お父様! ……お兄様ぁ!」
私は声を振り絞って、来るはずのない家族を呼ぶ。
「ぐっほぉ!」
突然、私にのしかかっていた男が消えた。
いや、消えたんじゃなくて、吹き飛んだんだ。遠くの壁に大きい音を立てて叩き付けられていた。
「て、てめえ、何しやがる!」
「あっ!? うぅぅ、お兄様……!」
涙が、止まらない。
私の眼前には、お兄様が立っていた。