第31話 趣味:人助け
オレはエミリアの母親を助け出すため、燃え盛るアパートに入っていた。
一階は完全に火が回っていた。壁も天井も火が付き、いつ建物全体が崩れてもおかしくない。
オレは、『錬金術』で腕から鉄の壁を生み出しながら進んでいく。
「くそっ、熱いな……」
火の手は鉄で防げても、熱は防げない。全方向から熱せられ、まるで窯の中のパンの気分だ。
突入時点ですでに煙が立ち込めていたため、息が苦しくなる。
「くっ……」
鉄に触れていないと操れない為、熱が伝わり直接腕を焦がす。
オレは耐えきれなくなり、いったん鉄から体を離す。鉄に触れていた部分は、完全に火傷していた。
鉄を生み出す部位を変え、歩みを再開する。
*
同時刻。
エルデットとルイーズは怪しい男を追っていた。男は路地を曲がりながら逃げ、弓矢の狙いを定ませないようにしている。
「はあ、はあ。……ま、待ってくださいな」
運動の苦手なルイーズはだんだんと距離を離されていく。
「このままじゃ埒があかないな。だが、少しでも足止めできれば……」
走りながら狙いをつけるのは至難の技だが、放つだけならなんとか出来る。
逃走する男を狙った矢は足元に落ちるが、逃げる方向を変えることに成功する。
「くそっ、あぶねえ!」
男は路地を曲がるのを止め、真っ直ぐに逃げ始めた。
だが、途中で突然右手で自身を目隠しするように顔を覆う。
「な、何だ!? 急に手が!」
「はぁ、はぁ。姿さえ見えれば、こちらのものですわ」
ルイーズが男を視界にとらえ、魔法を発動する。
弓矢の威嚇で路地を曲がらせず、時間を稼いだのが功を奏したようだ。
「よくやった、ルイーズ!」
エルデットはしっかり狙いを定め、矢を放った。視界を急に奪われた男は避けることすらできず、そのまま脇腹に直撃を食らう。
「ぐあぁっ!」
男はその場に倒れこむ。エルデットは近づくと、うめく男を縛り始めた。
「やりましたわね、エルデットさん」
ルイーズも男に近づく。まだ少し息は荒い。
「ああ、やったな」
エルデットはルイーズに掌を向ける。
ルイーズは一瞬躊躇するが、エルデットの掌に手を合わせハイタッチする。
「……フリードとエミリアが心配だ。さっきのとこに戻ろう」
「ええ。……でも少し休憩させてくださいませ」
*
オレはやっとアパートの二階にたどり着いた。
熱によってオレの右手は表面積の半分ぐらい火傷していた。少しずつ鉄を生み出す位置をかえ、広く浅く火傷させる作戦だ。
熱を受けること自体は避けられない以上、これが最善と判断した。
「よし、あと少しだな」
三階への階段は当然二階までの階段の横にある。幸い、出火元は下だったようで、二階は思ったほど燃え広がっていない。
これ以上の火傷は無くて済みそうだ。
「このまますぐに三階に……?」
その時、どこからか泣き声が聞こえてきた。まさか、このフロアにも逃げ遅れた奴がいるのか?
「ああ、全く……!」
オレは声のする方向に走り出す。
声が聞こえてきた部屋の扉をドンと蹴破る。中では、幼い少女が恐怖に怯えて震えていた。
「何をやっている! 助けに来たぞ!」
「きゃぁ! おじちゃん、誰……?」
「おじちゃんじゃない、天才錬金術師だ。……人助けが趣味のな」
オレは少女を抱きかかえると、部屋を出る。腕に力を入れると、火傷がじんわりと痛む。
「くっ! もうここまできたか……」
あまり時間を使ったつもりはなかったが、火の手は二階を十分に侵食していた。
オレは再び鉄の壁を作りながら進んでいく。火傷の面積が少しずつ広がっていく。
*
「助けに来たぞっ!」
やっと三階の一番奥の部屋までたどり着いた。腕は既に両方とも火傷だらけだ。
扉を無理やり開けて中に入ると、立ち込める煙で苦しむ女性がいた。エミリアの母親だろう。ベッドの上で小さくなっている。
「おい、大丈夫か! 動けるか?」
「ゴホッゴホッ……。ごめんなさい、動けません。私のことはいいから、早く脱出を……」
「悪いが指図を受けるつもりはない」
オレはさっき拾った少女を背中に移動させる。空いた両手で母親を抱きかかえた。
「よっと……。背中にしっかり掴まっていろよ」
二人を確保し、部屋の入り口を見ると、ここまで火が昇ってきていた。
この分だと歩いて脱出は不可能だろう。手から鎖を生み出し、窓を壁ごと吹き飛ばす。
壁にあけた穴から下を見ると、エミリアと野次馬たちが見えた。
「フリード君! ……お母さん!」
「エミリア!」
「……親子の感動の再開はもっと近くでやるべきだな。野次馬ども、場所を開けろ!」
「……え?」
オレはアパートの床を蹴り、外へ跳び出した。
「いやああぁぁ!」
誰が発したかもわからない悲鳴が耳に届く。
地面がものすごい勢いで近づいてくる。
オレは、足に鉄を生み出し、それをばねの形に変えていく。姿勢を意識し、ばねのクッションで衝撃を受けられるように構える。
「ぐおっ!」
衝撃が無になるわけでは無い為、足に負荷がかかる。
ばねが完全に潰され、反発力でオレを押し返し始めたところで鉄を解除する。オレは衝撃と重さでその場に尻餅をつく。
「お母さん!」
「エミリア……!」
エミリアがこちらに駆け寄ってきた。目の前で親子の感動の対面が繰り広げられている。
もう一人の助けた少女は、母親らしき女性のもとに走り寄り、足に抱き着いている。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「わかった、わかった」
女性は何度も頭を下げ、オレにお礼の言葉をかけてくる。
「御主人様!」
「ぐぉぉっ! エミリア、腕を火傷しているから、優しく……」
「あっ。す、すみません!」
エミリアに力強く抱きしめられ、腕が痛む。
気分が落ち着いたのか、呼び方が戻っていた。
エミリアはオレの腕の火傷を見ると、直接舌を這わし始めた。
「ちょ、エミリア……。まだ、野次馬が見てる」
「もう……。心配しますから、こんな無茶なことはおやめください」
「悪かったから、勘弁してくれ……」
エミリアは周りが見えていないようだ。
いつの間にか戻ってきていたルイーズとデットは顔を赤くしてこちらを視ている。
オレはしばらくの間、衆人環視プレイに晒される羽目になってしまった。
*
後日、オレはエミリアから直接話を聞いた。
母親の事、病気の事、放火魔のことを知って心配だった事・・・。
「御主人様、本当に済みませんでした。迷惑をかけないようにしようと思ったのに、また助けられてしまいました……」
「オレたちは同じギルドメンバーなんだ。互いに迷惑をかけて、互いに助け合うのは何もおかしいことじゃない」
「でも、あんなに大火傷を負ったのに……」
「エミリアが治療してくれただろう。ほら、オレだって助けられているんだ」
「はい。ありがとうございます」
エミリアはまだ自責の念に囚われているようだが、オレの中ではもう終わったことだ。
「そうだ、エミリアに特別ボーナスがある」
オレは自室から一枚の紙を持ってくる。
「これは……?」
「Bランクギルド、『ブランディーニ総合病院』の紹介状だ。これがあればタダで治療が受けられる」
『ブランディーニ総合病院』は、病院でありながら医療系のギルドも兼ねている。
過去に注射針やメスを作ったことがあり、縁があった。
心臓病も簡単に治せるような魔法使いもいる。
「こんなの受け取れません! だって、1億ベルの価値があるものではないですか!」
「オレにとっては無価値だ。いつもお前が怪我を治してくれるからな」
「御主人様……。これ以上の恩は、返しきれません……」
「何もただで渡すわけでは無い。この紙切れ1枚を押し付けてこれから何でも言うことを聞いてもらうつもりだ。食事の準備、片付け、ホームの掃除。他にもあるぞ、覚悟しておくがいい」
「……ふふふっ、わかりました、御主人様。これからもどうか、よろしくお願いします」
事件から俯いてばかりだったが、やっと笑顔を見せてくれた。
「じゃあ早速お願いを聞いてもらうとするか。今夜は美味いものが食べたい。希望はボリュームのある肉料理とかだ。スープも飲みたい、野菜たっぷりで頼む」
「はい、御主人様!」




