第22話 フリード・ヴァレリーは鉄臭い
一人静かに酒を飲む半裸の女。
オレはそいつが狩人だとは信じられず、念のため再確認することにした。
「マスター、あそこにいるのが狩人か? どう見ても娼婦だが」
「ちょっと、御主人様! 失礼ですよ!?」
「あれを見て娼婦と思わない方が失礼だろう」
「まあ確かに……って、全然確かにじゃないですよ! ちょっと同意しかけちゃったじゃないですか、もう!」
オレは何故かノリツッコミ風の非難をされてしまう。
「はっはっは! 確かに格好はアレだが、腕は本物だ!」
格好がアレなのは満場一致らしい。だが、腕が良いというなら興味はあるな。
「フリード様、どうするつもりですの?」
「良い女がいたら声をかけるのがマナーだ」
「良い……?」
オレは席を立ち、痴女の方へ歩いていく。
「お前か? さっきから私をチラチラ見てたのは」
近くに寄ると向こうから声をかけてきた。
「ああ、悪い。マスターから凄腕の狩人と聞いてな。是非とも話を聞きたい」
「……すまないが一人で飲ませてくれ」
オレは簡単にあしらわれてしまう。半裸のくせに意外とガードが固いようだ。
「まあそんなに警戒しないでくれ。数日前から罠を仕掛けているのだが、全く成果が無い。プロフェッショナルの意見を聞きたいと思っただけだ」
痴女は、真意を探る様にオレの様子をじろじろと見る。
「……毎日朝6時から狩りをしている。ついでで良ければ見ても構わない」
「ほ、本当か!? 有難い! オレはフリード・ヴァレリーだ、よろしく頼む」
「……エルデットだ」
エルデットと名乗る女性は、オレの差し出した手を握り返してくれた。この痴女の手を借りて明日は何とか成果を出したいものだ。
*
翌朝。
あくびを堪えながら森入り口の待ち合わせ場所で待っていると、昨日と同じ露出度でエルデットが現れた。
並んで歩きたくないレベルだが、幸い早朝の為見る人はいない。
手には彼女の仕事道具らしい弓と矢筒を持っている。
「罠はどこに仕掛けたんだ? 案内してくれ」
「先に見てくれるのか?」
「罠猟は時間がかかる。先の方がいいだろう」
なんだかんだ言ってオレたちのことを優先してくれるらしい。
……なんて良い奴なんだ。よく見るとこの見た目も味があってアリな気がしてきた。
オレは、罠を仕掛けた位置までエルデットを連れてくると、茂みを掻き分け、罠を示す。
オレの罠は所謂くくり罠だ。ワイヤーで輪を作ってあり、動物が通るとその輪が締めつける。
「この辺にこんな感じでいくつか仕掛けた。場所もそんなに悪くないはずだ。罠も本を見て作ったから問題ないと思うのだが……」
エルデットはしゃがみこみ、オレの作った罠を眺める。
「……この縄は金属製か?」
「ああ。鉄を編み込んで作ったワイヤーだ。固くてしなやかだから最適だろう?」
鉄のワイヤーはオレの自信作だ。
オレの『錬金術』は合金は生み出せない為、形を工夫して強靭さを与えている。
「ダメだな、これでは」
「な、何故だ!?」
オレの自信作は一言で切り捨てられてしまった。
「金属は特有の匂いがするから野生生物に警戒されてしまう。これでは、うさぎは近づかないな」
……なんてことだ。早い話が、臭い。
女性に言われたくない言葉でトップ3に入るであろう言葉。どうやら、オレは鉄臭かったようだ。
「なあルイーズ。オレは鉄臭いか?」
「変な聞き方は止めてくださいませ!」
何故かルイーズにも拒否され、オレは落ち込んでしまう。
「金属性の道具を使うときは、臭い消しをするのがセオリーだ。土に埋めたり、川に沈めてしばらく置くといい。……罠自体は悪くないんだ。あまり気落ちするな」
オレの哀れさを見てか、励ましの言葉をかけられる。もしかして見た目以外は常識人なのかもしれない。
*
「よし、こんなもんか」
気を取り直したオレたちは今まで仕掛けた罠を回収し、教えられた通りに近くの水場に沈めておいた。
「エルデット様は見えなくなってしまいましたね」
エミリアの言う通り、エルデットはいつの間にかいなくなっていた。
まあ、教えるべきことは教えたという事だろう。
朝早く来たせいか、まだお昼にもなっていない。
しばらく新しい罠を仕掛けられそうにないし、今日は帰ってしまうか? そう思案していると、茂みからエルデットが現れた。
手には何と、うさぎを持っている。白い毛に血がついているため、弓矢で射抜いたのだろう。
「いつの間にうさぎを捕まえたのですか!?」
「慣れれば簡単だ。私はこの5年で5000は仕留めている」
……これはもう生態系の破壊者だろ。
「……すごいな。オレたちは姿さえ見ることができていないのに」
「見つけるのは魔法頼りだ。隠れていてもすぐわかる」
「魔法? 探知系の魔法使いなのか?」
探知系とはその名の通り、索敵に優れた魔法だ。優秀な探知系の魔法使いは、軍隊や王家でも重宝されている。
「私のは少し違うが……。まあ折角だし直接見せよう。私の後ろに立ってくれるか」
どうやら魔法を披露してくれるらしい。彼女の後ろに立ち、丸見えの背中を見つめる。
「ん……。じゃあ適当にポーズをとってみてくれ」
「これでいいか?」
オレはエルデットの後ろで2本指を立て、ピースサインを作る。当然、彼女からは見えない位置だ。
「んん、今2本の指を立てているだろう?」
「ああ、そうだ。周囲の様子がわかる探知魔法か?」
「いや、今のはお前の目から情報を貰ったんだ。私は自分が視られているとき、視ている者の視界を取ることができる。『深淵を覗く者』、それが私の魔法だ」
成程、つまりは逆探知のようなものらしい。
オレの視界にエルデットがいれば、エルデットはその視界を共有できる。こっそり彼女を覗いても、本人にはバレバレという事だな。
「虫のような下等生物は無理だが、うさぎや野生生物の視界も取れる。わざと音を立てれば野生生物はこっちに気付き、そうすればそいつの視界情報で場所を特定できるんだ。直接視られていなくても、匂いや音で私を認識したら発動する」
これはなかなか面白い魔法だ。単純な探知系ではなく、いろいろな使い方ができる気がするな。
……もしかして、その格好も周囲の視線を効率よく集めるためなのか?
「凄いな、この魔法は……! その露出狂みたいな姿も意味があったのだな」
「露出狂……!?」
「てっきり趣味でその恰好なのかと……。本当に失礼した」
「趣味……!?」
「ちょ、御主人様! 失礼ですよ!」
しまったと思ったがもう遅い。和やかな雰囲気でつい本音が漏れてしまった。
エルデットは絶句してしまっている。
「……」
空気が一変し、沈黙が流れる。
嗚呼、口は災いの元だな。
*
夕方。
結局、その後はろくに会話もなく、ディアレンツで解散という形になった。
エルデットはオレたちの数歩先を歩いている。
「……エルデット、本当に悪かった」
オレはエルデットの後ろ姿に声をかける。
「いや、別にいいんだ……。明日は良い罠の設置場所を教える」
「え? あ、ああ」
彼女は約束を取り付けると、振り返ることなく町へと消えていった。
「もう、フリード様! あんなこと言うせいで、最悪の空気でしたわ!」
「悪い……。でも、明日も約束してくれたし、気にしてないかも……」
「そんなことないです! 明日はもっとしっかりと謝るべきです!」
「わ、わかった」
2人に勢いよく責められてしまう。だが、自分のせいなので何も言い返せない。
「臭いとも言われたし、今日は散々だな……」
2人に聞こえないほどの声で呟くと、明日の謝罪の仕方を考えながら夕食の為に町へ歩き出した。
*
フリード達と別れてから、寸刻後。エルデットは自分の家に帰ってきていた。
家に入ると、そのままベッドにどさりと倒れこむ。
(あの男、私を露出狂だと……! 趣味でこの姿をしているだと……!)
エルデットは、今日のことを思い出していた。
(何故……何故……! 何故、私の正体がばれたのだーっ!?)
エルデット・ウォーレス。
彼女は紛れもなく露出狂であった。
魔法が先か、性癖が先か。彼女は視線を感じるとともに、視線で感じる女だった。
(それにしても、あの男の目、最高だった! いやらしい下卑た目ではなく、蔑むような視線!
ああ、もっと見て欲しいっ! ……明日は更に露出を上げるか? いや、流石にこれ以上は……)
……彼女は一人身悶えながらその夜を過ごすのであった。