第196話 予言の終わり
ベッドの上でギルドメンバーたちに押しつぶされていると、入り口から友人の姿が見えた。
「やあやあ、フリード君。その様子だと無事のようだね。まあ、僕自らが魔法を使ったんだから当然か、あっはっは!」
いきなり性格の悪そうな発言をしながら、王都一の医者ブランディーニが高笑いする。
つまりはここは彼の病院内という事だな。入院したことが無かったので今更気付いたが。
「……そうか、紹介状を使ったのか」
「あと数分遅かったら、確実に死んでいたよ。流石の僕でも死体は復活できないからね」
「でも、御無事で本当に良かったです……!」
「わかったから、皆どいてくれないか? せっかく生き延びたのに今度は圧殺されてしまう」
オレがそう言うと、いそいそとベッドの上から退き、やっと呼吸が楽になった。
こいつの魔法のおかげですっかり元気だ。オレもベッドから出て立ち上がると、手足をぶんぶん動かして違和感が無いかを確認する。
「僕の魔法は時間を巻き戻すからね。君の体は一週間前の状態だと思っていい」
「そうか、素晴らしい魔法だ。……それで、亡者の群れはどうなった?」
「セシリア様とセルジューク様、そして竜の討伐で勢いづいた各ギルドの皆さんが奮起したようです」
「……もうオレの出番はないという事か」
まさか、オレのいないところで全て決着がついているとは。何とも締まらない結果だな。
「いえ、私は御主人様のおかげでこの勝利があったと思っています!」
ともかく、無事に終わったなら良しとするしかないな。健康体が病室を占領するのも邪魔なだけだ、退散するとしようか。
改めてブランディーニに礼を言うと、ギルドホームへと帰ることにした。
「御主人様、今日はお祝いしましょう! いつも以上に腕を振るいますね!」
「それはいいが、もう少し落ち着いてからの方が良くないか? 竜を討伐したばかりだし、後処理もあるだろう」
「もうあれから5日経ってますよ? 御主人様、その間ずっと目が覚めなかったんですから」
「な、なんだと……!」
5日という事は、相当アルコールが体から抜け出ているに違いない。これは一大事だ。
待てよ、そう言えば体も一週間巻き戻ったと言っていたな。つまりその分のアルコールも再補給しなくてはイケないではないか!
「くそ、早く帰るぞ! 酒だ酒、遅れを取り戻さなくては!」
「もう、何の遅れですか!」
「待ってください、お兄様ー!」
ちんたら歩いている場合ではない。オレは健康な体でギルドホームを全速力で目指す。
「まったく、死にかけたというのに相変わらずだな」
「まあ、ヴァレリー様らしいと言えばらしいですが」
「ホント、私より子供っぽいし……」
「でも、やっぱりフリード様が元気な方が良いですわ」
「そうだね、やっぱりフリードさんがいないとうちのギルドは成り立たないよ」
後ろから口々に呆れたような言葉が聞こえるが関係ない。オレは振り返らず、前に進み続けた。
*
後日、オレは竜の死骸の解体に付き合っていた。
残念ながらバーベキューをしようという訳ではなく、再びバラバラにして各国に封印し直す予定らしい。
わざわざオレがいなくても良いと思うが、死骸といえども鱗に歯が通らないらしく、ミスリルのナイフを生み出すために呼ばれたという訳だ。
「済みません勇者様。何から何まで」
「もう前金は貰っているからな。こんなことならシャオフーから金をぼったくらなければ良かった」
たった3000万でこれは大損だな。まあ、そんなこともあるだろう。
「同盟を組んだ矢先に各国に恩を売れるとは運が良いな。これでハレミアの発言力も強くなる」
「……そうかもしれませんが、今はそんな政治的な話よりも平和が戻ったことを喜びたいと思います」
「私もその気持ち、わかりますよ」
後ろからオレたちの会話に割り込んでくる声が聞こえる。振り返ると、ウイスクの聖女様が立っていた。
「これはこれは、なぜこんなところに?」
「同盟を組む仲間として、傷ついた者たちを救うべく参りました。セルジュークばかりに苦労をかけるわけにはいきませんからね」
なるほど、以前言っていたことは嘘ではなく、自ら助けに来てくれたという訳か。
「じゃあオレは戻るとしよう。オレにも酒という名の救いが必要だからな」
竜の解体もあと少しといった様子だ。あとは別に眺めている必要もないだろう。
お偉いさんたちに後を任せ、帰ることにする。
「あ……。ありがとうございました、勇者様」
「落ち着いたら、またセルジュークとお礼を言いに行きますね」
2人に手だけで答えると、ギルドホームの方へと歩き始めた。
*
それから更に一週間後。
復興も少しずつ進み、街も落ち着きを取り戻し始めた頃、セシリアに呼び出されたオレは王城の中へと足を踏み入れていた。
「勇者様、こちらです」
「こっちは地下か? 初めて入るな」
セシリアに招かれ、地下の方へと進んでいく。
どうやらここは地下牢のようだ。ついにオレも焼きが回ったか。
「……この女の子が、亡者を操っていた少女です。生きている者に対しては特に効果が無いようで、生け捕りにしました」
奥にある牢の前で立ち止まると、中を指し示す。そこにはどこかで見覚えのある少女が座り込んでいた。
顔は俯いており、この天才が来たというのに顔をあげるそぶりも見せない。
「あの老人の、孫か」
「……!? 彼女のことを御存じなのですか?」
「いや、あいつにに寄生されたとき、記憶が流れ込んできた」
オレの中には、間違いなく老人――アーカインの記憶がある。恐らく奴の魔法の影響だろう。
娘を失ったこと、娘を助けてくれなかった周囲への恨み憎しみ、同じく闇を抱えるもの同士で集まり竜の復活を目論んだこと……。
知りたいことではあったが、もはや取るに足らないことだな。知ろうが知るまいが全てオレが蹴りをつけた後だ。
「アリス、という名前らしいな。言葉は通じるんだろう?」
「……!」
オレは、牢の中に向かって記憶にある名前を呼ぶ。
アリスは名前を呼ばれたことに一瞬驚いたような表情でこちらを見るが、またプイッと顔をそむけてしまう。
「死体を操る魔法、悪くない。オレも死んだ人間が生き返ってくれればどんなに嬉しいか……」
「……おじいちゃんもそう言ってた」
「そうか」
彼女はたった一言だけ言葉を返した。オレもそれ以上特に言葉はかけず、会話を打ち切ることにした。
セシリアと共に、来た道を戻る。
「彼女をどうするべきだと思いますか?」
「更生の余地はあると思うが、罪は罪だ。個人的な意見を言うなら、助けたいがな」
「そうですか。お優しいのですね」
「別に優しくない。言うなれば同情だな、彼女ではなく、老人に対してのな」
「……?」
セシリアはよくわかっていないような顔をする。
……オレの中にある老人の記憶は、おおよそ理解も共感も出来ないようなことばかりだが、1つだけオレと同じ感情があった。
「やっぱり子供は可愛いという事だな」
「……人様の好みに口を出すつもりはありませんが、そのような趣味をお持ちなのですね」
何を勘違いしたのか、セシリアは柔和な口調ながらも、理解も共感も出来ないといった表情をオレに向けてきたのだった。