第193話 防衛線
オレはミスリルの鎧を着こみ、竜の下へと向かっていた。
竜は相変わらず悠然と王都の方角へ飛行している。そんなに素早く動いているようには見えないが、図体が大きいせいか、存外に早く近づいているように感じる。
「勇者様!」
大分近づいてきたところで、セシリアが目の前に瞬間移動してきた。傷を負っているようには見えないが、大技を使った後のせいか息が少し荒れている。
「どうだ、状況は? 強い光が見えたが」
「やはり、竜に魔法はまともに通用しないようです」
セシリアは沈んだ顔で状況を話す。魔法を弾く強靭な鱗、やはりミスリルでの攻撃しか通用しない様だ。
「魔法が効かないという事は、伝承は本当だったようだな。これほどの図体、よくぞ今まで隠してきたものだ」
「……恐らくこれは魔法です。竜の額の場所に、同化した人間の姿がありました」
どんな魔法かは現状わかっていないが、竜を操っているのは魔法で間違いなさそうだ。
そして、どうやら頭に本体がくっついているらしい。弱点丸出しとは飛んだ間抜けだな。
「よし、ならばその人間を狙うとしよう。オレをあの竜の上に連れて行ってくれ」
「それは、難しいです。勇者様はミスリルの鎧を装着していますから」
……これは予想していなかったな。自力で上に行くしかないが、時間がかかりそうだ。
「もう少し時間稼ぎを頼む。何とかしてオレも竜の下に行くから、お前は頭上に注意をそらしてくれ」
「わかりました」
彼女はそう返事すると、再び瞬間移動する。さあ、オレも始めるとしようか。
*
「……! 始めたか」
オレがしばらく待機していると、再び竜の真上から光が落ちてきた。
今度は巨大な光の柱ではなく、細かく降り注ぐ雨のような光弾だ。頼んだ通り、陽動の為に攻撃してくれているようだ。
竜はそれを気にする様子もなく、依然飛び続けている。うるさい羽虫だと思っているのかもしれないが、本命が下にいることには気付いているのか?
オレは空中に向けて鎖を発射する。天高く放たれた鎖は丁度頭上を通過しようとした竜まで到達し、足に巻き付いた。これを使ってオレも上に行くとしよう。
高さは王城よりやや高いぐらいだが、自力で上るわけでは無い。鎖を操り、自分の体を引き揚げさせるのだ。
鎖はオレの意思に従い、じゃらじゃらと音をたてながらオレの体を持ち上げ始めた。
*
「くっ、風が強いな……!」
何とかたどり着いたオレはそのまま体をよじ登り、ちょうど背中の中心程に到着した。
光は降り注ぎ続けているが、背中側には特に外傷は見えていない。
まずは、ミスリルが通用するか確かめてみよう。オレは手元にゆっくりと小さなナイフを作り出すと、そのまま足元に突き立てた。
「……! よし、通用するな」
小さなナイフは、オレの力をそのまま鱗に伝え、その短い刀身を深く体へと沈み込ませた。
あれだけ光が降り注いで傷1つなかった鱗も、ミスリルの刃の前ではトカゲの皮膚でしかない。
「勇者様、どうですか」
「セシリアか。見ろ、ミスリルなら通用する。このまま攪乱を続けてくれ、オレはまずこの竜を地面に落とす!」
「地面に……! わかりました、勇者様!」
金槌1本で城を解体するバカはいないように、この竜をナイフ1本で殺せるとは思えない。まずは羽の根元を攻撃し、王都に到着する前に移動速度を奪う。
この速さだと、もう30分ほどで王都に到着するだろう。あまり時間がないな。
「よし、こいつを切り落とせばいいな」
巨大な竜は羽の太さも尋常ではなく、大木の幹を思わせるほどの太さだ。ナイフでは不安だが、ミスリルをさらに生み出しつつ、並行してこの羽を切り落とすとしよう。
刃を突き立て、羽の周りを一周する。当然羽も動いているため、周囲に風を巻き起こしオレを吹き飛ばそうとする。
「くそ、この太さでは時間がかかるな」
片方だけでも飛行に影響が出るはずだが、鱗の表面をはがす程度では全く変化は見られない。
斧のように形状を変化させて、木を切り落とすように対応した方が良いか……?
「ギャオオオオオッ!」
「っ!? 何だっ!」
オレが少し思案していると、突然竜が雄たけびをあげ体をよじり始めた。オレも体勢を崩すが、鎖を命綱のように巻き付け落ちないようにする。
「傷口に、光が?」
オレが再度羽を確認すると、鱗の裂け目からぶすぶすと煙が出ていた。やや焦げ臭い嫌な臭いもする。
……これは、どうやら魔法を弾くのは表面の鱗だけで、肉体まで魔法は弾かないという事か。
セシリアの光魔法が偶然傷口に命中し、体を焼いたに違いない。
ならばあとはセシリアの力で……。
「うおっ!」
セシリアに合図をだそうと手をあげた時、それと同時に竜がきりもみ回転を始めた。
背中にいるオレの存在についに気付き、振り落とそうとしているに違いない。
「ぐううぅっ!」
オレは背中にへばりつくが、遠心力で体が吹き飛ばされそうだ。
傷つけた竜の体に、鉄の楔を打ち込む。だが、そのくさびごと遠心力で吹き飛ばされ、鉄の鎖を引きちぎるほどの勢いでオレは竜の背中から弾き飛ばされた。
この勢いは、まずい! スプリングで全て吸収しきれるような勢いではないが、とにかく体から鉄を生み出す。
そうしているうちに、地面は一瞬で近づいてきた。
*
「ぐっ、思ったより勢いがなかったな……!? おい、セシリア!」
「う……勇者様……」
オレは地面に激突したように思えたが、死んでもおかしくないほどの勢いだったはずなのに骨折すらしていない。
だが、うめき声に気付き横を見ると、セシリアが頭から血を流して倒れていた。
「おい、オレを庇ったのか!」
「済みません……!」
彼女はそう言うと、気絶してしまった。くそ、あとはセシリアだけでもなんとかなるレベルだったのに、まさかオレを庇うとは。
胸に耳を当て心音を確認するが、どうやら死ぬほどではなさそうだ。
「……感傷に浸っている場合ではないな、再び上に行かなくては……」
オレは空を見上げるが、竜は再び王都へと向かって飛行している。
そして、その目的地はもう目の前だ。もし破壊が目的なら、息を吐くだけで吹き飛んでしまうだろう。
王都は、もう城壁の上に人がいることまで見えている。何故避難していないのだ、このままでは……!
オレは再び空中に向け、鎖を放つ。だが、竜は一瞬停止すると、そのか細い鎖を腕で振り払った。
もうオレの存在を認識されているようだ。
「くそっ!」
もう時間がない、今度は城壁の高さを利用して再度上に乗るしかない。被害はもはや免れないが、何が何でもオレが止めなければ。
そう考えた時。
「グオオオオオッ!」
「……!」
突如、爆音とともに竜の頭上に巨大な雷が落ちた。当然空は雷雲などない。
上手く皮膚の弱い所に命中したのだろう、片方の羽がちぎれ飛ぶのが見え、竜がバランスを崩し高度を失うのが見て取れた。
……やれやれ、真面目に仕事をした価値があったというものだな。
「オレより目立つとは失礼だな、セルジューク」
竜はついに墜落した。地を這う奴なら、もはやオレから逃れられないぞ。
「う……」
「おっと、しまった。まずはこいつを王都に連れて行かないとな」
オレはセシリアを担ぐと、竜と王都の方角へと駆けだした。