第192話 予言
下流地区の惨状を見たオレは、夕食後に作戦会議を行うことにした。
「よーし、たまには一流ギルドらしく全員で作戦会議するぞ」
「作戦会議が一流ギルドの条件なんですか?」
「どうだろうな。オレが一流なのは周知の事実だが」
「お兄様、格好いいです!」
くだらない会話から始まった会議の目的は、もちろん地震に関することだ。
大規模な被害に対する解決策は、とにかく人手をかけることだ。今回は戦闘ではないので、全員役目があるだろう。
「まずは被害規模だが、家屋の倒壊とそれに伴って怪我人が多くなっている。エミリアの助けが必要だ」
「はい、わかりました」
「フリードさん、建材も全然足りないよ。僕は金属専門だからセメントの貯えが無いし」
フラウが金属専門とは初耳だが、言っていることはわかる。急な需要に供給も間に合わないだろう。
「まあ、買うしかないだろうな。2000万までは使っていいから、金で解決しよう」
「そんなに……!」
フラウは目を輝かせているが、余ったお金で何か買うつもりじゃないだろうな。それは横領ですぞ。
「フリード、私は何をすればいい?」
「うーむ、そうだな。今回は殺しの仕事は無いからデットの出番はなさそうだな」
「……私は殺し専門ではないが」
結局、デットも治療班に回すことにした。残りのメンバーも独断と偏見で振り分けて、作戦会議は無事終了だな。
明日も引き続き復興に尽力するとしよう。
*
その夜。
「……! また地震か?」
オレがベッドの上で微睡んでいると、どんっと一回だけ、揺れを感じた。
余震かとも思ったが、昨日の大地ごと揺れるような感覚ではなく、何か大きなものを落としたような揺れだった。
……まあ、地面を揺らすほど大きなものなどそうそうないと思うがな。
「お兄様……」
ベッドの中で考えを巡らせていると、部屋の扉の開く音が聞こえてきた。暗くて姿が見えないが、ステラが来たようだ。
「なんだ、こんな遅くに。早く寝ないと明日の朝起きられないぞ」
「その、地震が……。今日は一緒に寝ちゃダメですか?」
どうやら地震にビビッてオレの部屋に来たようだ。やれやれ、何かあるとすぐに兄を頼る奴だな。
「……ベッドは1つしかないぞ」
「邪魔にならないようにしますから……」
「仕方のない奴だな」
オレがそう言って布団を開けると、その中にボフッと飛び込んできた。邪魔にならないようにといいつつも体を密着させてくる。
「はあ。オレの妹ともあろうものが、地震に怯えているようでは困るな」
「だって、地震なんてめったに無いから……。お兄様は怖くないのですか?」
「ふん。天才は地面が揺れようとも自分の心が揺れ動いてはいけないのだ」
「お兄様、やっぱり格好いいです!」
ステラは背中を向けたオレに、更に体を密着させてくる。
その夜は寝返りを打つことも出来ず、余り疲れの取れない夜になってしまったのだった。
*
翌朝、オレは気合を入れるためにワインを飲んでいた。
こいつで気分をスッキリさせて、過酷な労働へ向かうとしよう。
「御主人様、昨日の夜も地震がありましたね」
「ああ。あんまり地震といった感じの揺れではなかったが」
「もしかしたら、魔法かもしれないですね」
「その可能性もあるが、今は何とも言えないな」
当然魔法の可能性も考慮はしているが、今は結論が出ない。第1ギルドが震源地を調査しているらしいので、続報待ちだな。
「勇者様っ!」
「うおっ! ……げほっ、げほ!」
グラスに入ったワインを飲み干そうとしたとき、突然セシリアが目の前に瞬間移動してきた。
あまりにも急だったので、つい咽てしまう。
「げほ……はあ、第1ギルドは不法侵入が特技なのか? まったく、常識が……」
「竜です!」
「あ?」
セシリアは不法侵入のみならず、発言中断の罪も重ねてくる。これはもはや許されないぞ。
「竜が現れました! ……先代の予言した、竜が!」
「な、何だと……?」
セシリアは必至の表情でまくし立てる。その焦りの表情は嘘を言っているようには見えない。
……まさか、昨晩の地震も竜と関係があるのか?
「話は後です! まずは、北へ!」
「ああ、わかった。すぐ行こう」
「あっ、御主人様!」
かつて絶滅したと言われる、竜。当然オレも見たことは無いが、体は山より大きく腕の一振りで100人の人間を屠ったという。
事実だとすれば脅威なのは間違いない。オレはセシリアと共に、ギルドホームを飛び出した。
*
「なんだ、あれは……」
王都を囲む城壁の上で、オレは驚きの光景を目にしていた。
遠くにかすかに見える山。そして、その山の上には、それと同じ大きさのものが飛行している。
初めての光景に思わず間抜けな言葉が口をついてしまったが、子供でも一目でそれが何かわかるだろう。
ただ単に、それを信じられないが故に出た言葉だ。
「はあ、はあ……! あれは、竜だニャ……! ここから北にある村は、全て全滅してたニャ」
オレの横にはいつの間にかシャオフーが来ていた。肩で息をしており、だいぶ疲れているようだ。
しかし、何故竜が……? 奴はこちらへと飛んできているが、偶然か?
疑問は尽きないが、まずはこの脅威に対処しなければ。ここに到着すると、被害は地震の比ではない。
「くそ、ミスリルの鎧を持ってくるべきだったか」
「勇者様、私が時間稼ぎをします! ですがいつまで持つかわかりません、出来るだけ早く!」
「ああ、わかった!」
オレの返事を聞いた瞬間、セシリアはその場から消失していた。竜の側に接近したに違いない。
そのわずか数秒後、遠くの空が輝き、そのまま竜に向かって巨大な光線が降り注いだ。
その光はこちらまで届き、眩しくて竜の姿が見えないほどだ。
「な……! あれはっ!?」
「あれはセシリア様の最終奥義、太陽柱だニャ! 地上全てを焼き尽くす、神の怒りにも等しい灼熱の光線だニャ!」
恐ろしいほどの威力だ。はるか遠くの出来事だというのに、熱がこちらまで伝わってくる。
……時間稼ぎといいつつ、もはやオレは不要なのではないだろうか。
「……!? 見るニャ、竜が……!」
「効いてない、のか?」
光が収まり、オレとシャオフーは竜のいた場所を確認する。
……だが、そこには悠然と空を飛び続ける竜の姿が見えた。遠くて見えないが、何も変わったところは無いように見える。
「おい、何をやってるニャ! セシリア様が時間稼ぎしてくれているのに!」
「はっ、しまった!」
圧倒的火力に、もはや仕事は無いかと思ってしまった。
竜は魔法がほとんど効かず、ミスリルでしかダメージを与えられなかったという。やはり伝承は事実だったらしい。
とにかくまずはミスリルだ。生み出すよりかは、まだホームに取りに帰った方が早そうだ。
「御主人様!」
「っ!? エミリア、どうしてここに!」
オレが一度帰ろうとしたとき、名を呼ぶ声が聞こえた。見ると、エミリアだけでなく他のメンバーも揃っている。
「フリードさん、これを忘れちゃダメでしょ!」
「これは、鎧か!」
フラウがバッグをオレに投げてよこす。中身はオレ愛用の、ミスリルの鎧だ。
「あれが、竜……!」
「おい、何故ここに来た! 危険だ、早く非難しろ!」
セシリアでも止められない竜の姿を見ていたオレは、つい声を荒げてしまう。
「話している暇は無いニャ、早く!」
「くっ……。すぐに皆でここを離れろよ」
シャオフーの言う通り、時間がない。そもそも竜が王都まで到着すれば、避難など間に合わないだろう。
オレが、必ず竜を止めなくては。ミスリルの鎧を着こむと、オレも城壁を飛び出した。